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第14節 招き蕩う独擅劇場


 
「木村さん! もう少しで交戦地点に到着です!」
「はぁっ、はぁっ、はい!」
 ステンノが消滅した後――。
 直輝は急いでコンビニに行き、すぐ近くの公園に何人もの男性が倒れていると伝え通報をお願いし、自分は様子を見るため公園に戻ると告げて退店。公園で男たちの応急手当をしていたマシュと合流し、ブーディカたちを探すためその場を後にした。
「もうすぐですが、大丈夫ですか?」
「はぁっ、はい! はぁっ、はぁっ……。」
 息を切らせて走る直輝を心配したマシュだったが、目的地の方から聞こえてくる男の絶叫が大きくなり前を向く。
「木村さん! そこのかどを曲がればすぐです! 急ぎましょう!」

     *

「ネロぉー!」
 ズボっと鳩尾みぞおち付近から槍が抜かれ、ネロはそのまま地面に倒れた。
「ネロぉー! ネロぉー! 大丈夫だよなぁ!? 大丈夫だよなぁ!!?」
「……」
 地に伏したまま、ネロは動かない。
「まだ消えない、か。しぶといな……」
 そう言ってブーディカが槍を突き立てようと、くるりと操って持ち替えた時、ネロの身体がピクリと動いた。
「……待て、ブーディカよ」
「!?」
 地面に伏したまま弱々しく上がる手に、ブーディカは驚くもすぐに槍を打ち出す。
「! 待て待て待て! 待てと言っただろう、貴様。この状況で待てと言う余にとどめを刺そうとするとは、貴様は悪魔か!?」
 素早い寝返りで天を仰いだネロはそう言うと、よろよろと立ち上がった。
「……狂化が、けた?」
「うむ。そもそもはバーサーカーではないからな。あれは令呪を使われての不本意な配役であったが、どうだ? あれはあれで名演だったであろう?」
「……令呪って、そんなこと」
「余はなんでもできる万能の天才職業家タレントである故、セイバーもバーサーカーもなんでもありなのだ――」

 ――“皇帝特権”。
 それはサーヴァントとして現界した彼女の保有スキルであり、今回バーサーカーとして現界したわけではない彼女が、本来バーサーカーのクラススキルであるはずの“狂化”を獲得することのできた要因である。
 これは本来持ちえないスキルであっても短期間だけ獲得できるというチートスキルであり、ランクA以上ともなれば神性のような肉体面のスキルさえも獲得できる。
 今回は令呪により強制的に狂化させられていたネロだったが、暴君と呼ばれていた彼女には元々適性があった可能性もあり、なんだかんだノリノリな面も多少はあったため、令呪の効力は命令の強制のみならずスキルのブーストにまで及んでいた。

「――とはいえ。流石の余も、もはや立っているだけでやっとだ。ガッツ系のスキルがなければ、こうして立ってはおれんかっただろう。狂化が解けたのも、一度死にかけたが故のことだ。
 このローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウスをここまで追い込むとは。ブーディカよ。貴様の攻撃、なかなかのものであったぞ」
「……それはどうも。じゃあ、あんたも認めたこの槍で死んで貰おうか」
「待て待て待て! この流れでどうしてそうなる! 本当に悪魔なのか貴様は!? もう余は戦う気はないのだ。最後にマスターと、少しくらい話をさせてくれ」
「……」
「うむ。沈黙ということは肯定だな? 褒めてつかわす!」
「はっ?」
 マイペースなネロの眼中にはもうブーディカはおらず、それはさながら舞台の場面転換のようで、彼女の意識の上には自分と硬直している自分のマスターただ二人しかいなかった。彼に向けられたネロの目も、今しがたまでと打って変わって鋭いものに変わっている。
 ネロの自称名演は、いよいよ大詰め――。
「余を相手に随分と好き勝手してくれたなぁ、マスターよ」
「!? ネっ、ネロ……。ごめん。ごめんなさいっ……!」
 怯えた男が後ずさる。
 ネロは弱々しくも確かな足取りで、一歩一歩前進し、足元の剣を拾い上げた。
「ひぃっ!」
「ネロ、あんた!」
「まあ待て、ブーディカ。――なあ、マスターよ。貴様のお陰でなんと頭が痛かったことか。今もまだ頭痛が抜けておらぬぞ」
「ごっ、ごめんなさい。薬っ。薬っ」
「いらんわ! 水もないのにどうやって飲めというのだ」
「ごめんなさいっ……!」
「……はぁ。覚悟はできているだろうなぁ?」
「ひぃぃ! ごめんなさいぃ!」
「貴様はそれしか言えんのか!」
「ひいっ!」
 剣がアスファルトを激しく叩く音に男は悲鳴を上げ、地面にへなへなとへたり込んだ。その頬からは涙がしたたり落ちる。
「……許してくれ、ネロ。うぅぁ。僕は、僕はネロが、ネロが、あぁあぁあぁ! ネロが好きだったんだぁ! あぁー! うぅ、うぅ……。だから、だから、うぅぁぁ。怖かったんだ。ネロが、ネロが僕なんか、うぅ、嫌いだって、うっ……。僕なんか、僕なんか、あぁぁー! 僕なんか、マスダ、ぅうっぐ。マスダーとしで。マスダァどしでぇ! 認めてっ! 認めてえっぐ。認めてくれないとぉ! おぉぉー! 認めてくれないと。だから……。んっ、んぐぅ! あぁぁー……、はぁ……。だから、だから、ごめんなさい。ごめんあさいぃ! 僕は、僕はぁ! あぁー! はぁはぁあぁ……。僕は、君と、ネロと結婚。結婚ん! うっ……、うああぁぁぁ! 結婚したかった、したかったんですぅ! あっ、あぁぁ……。だから、だからぁー! 狂化、狂化させてぇ。させてぇ、勝てばぁ、勝てばぁ、勝てばぁー! あーあぁあぁあぁー! 聖杯に、聖杯に、そしてぇ。あぁ……。そしたらできるって。うぅ……。僕のこと、愛してくれる。うっ、うっ、あぁー……。僕なんか、愛してくれるって。ネロ。ネロ。ネロ。ネロがぁ。ネロがぁあぁ! ネロがぁー! あー! あぁぁぁぁ……」
「……それで終わりか?」
「うぅ、えっぐ。うぅ、ううー! あぁー! ごめっ、んう、ふー……。ごめんなさいぃ! 僕は、僕は、あー! ごめんなさいー! ネロぉぉぉー! あー、はぁはぁあぁー……!」
「……うむ」
 ネロの剣を握る手が動く。その時。
「――そこのかどを曲がればすぐです! 急ぎましょう!」
 マシュと直輝がやってきた。
「!」
「マシュ!」
 マシュはすぐに男の前に立ちはだかり、ネロから守るように盾を構えた。直輝も息を切らせながら、力を振り絞り後に続く。
「ブーディカさん! 状況は!?」
「ネロの狂化が――」
「ええい! きょうが削がれるわ! どけ! マスターの顔が全く見えんわ!」
「ネロ帝……!? ……、どきません!」
「……うむ。盾で顔がよく見えんが、いい面構えだ。何より余を前にして一歩も引かないその姿勢、褒めてつかわすぞ。だが、そこをどけ。余にはもう、貴様を退ける力も残っておらんのだ」
「……? 状況はよくわかりませんが、ネロ帝が彼を攻撃する可能性がある以上、ここをどくわけにはいきません!」
 マシュは盾の脇からネロをしっかりと見据え、はっきりと言い切った。
「……うむ。――マスター! 余から貴様への、最初で最後の命令だ! 令呪はないが、余の名をもって命ず。余のもとへ来い!」
「…………ロ……。ネ、ロ……。ネロぉ!」
「っ!?」
 男は叫んだかと思うとマシュの後ろから飛び出した。ネロに向かって、全速力で、おびえながらも、腕を引きちぎれんばかりに振って走った。よたつきながら、涙を唾を宙に飛ばしながら、愛する者の名を叫びながら走った。
「ネロっ! ネロぉー!」
「うむ、よく来た」
「ネロ。ごめん。ごめん。ネロ」
「うむ」
 ネロは満足げに頷くと、剣をしかと両手で握り、その切っ先を向け――。
「っ!」
 自らのノドを突いた。ネロが地面に倒れる。
「ネロ? ネロ? ネロぉ。ネロぉ!」
 男は目の前で首から血を流し倒れているネロを抱き起こし、激しくその名を呼んだ。
「ネロぉ! どうして! どうして!」
「……ぅっ! げほっ! これは、形はどうあれ、余を愛している貴様への罰だ……。
 余は。余は、もう嫌なのだ……。どんなに歪んだ形であろうと、どんなに相いれない立場であろうと、余を愛してくれた者を。余の愛した者を。余のローマを、この手にかけるのは……」
「ネロぉ……」

 ――ネロは生前、自身の母アグリッピナをはじめ、師や伴侶、友や召使、多くの者を死に追いやっている。 *1 その理由はどうあれ、暗殺にしろ処刑にしろ自殺にしろ、その原因の中心に彼女はいた。
 自分を愛した者を、自分が愛した者を、自分を育んだ者を、自分と共にあった者を、ネロは何人も失っている。失う原因を作っている。ネロは多くの命を奪っている。
 陰謀渦巻く古代ローマ帝国の政治中枢にいて、死と無縁でいられるはずもない。皇帝が誰かの命を奪うことは、今の世よりもずっと仕方のないことだったのかもしれない。
 しかし、彼女はそれをどう感じていたのか。今、どう感じているのか。その答えは神のみぞ。いや、ネロのみぞ知る――。

「ふっ……。涙にまみれて酷い顔だが……。思ったほど、悪くもないではないか……」
 弱々しくのびるネロの手が、男の頬に微かに触れようとする。
「ネロ、ネロ。ごめん、ごめん、ごめん、ネロ……」
「これに懲りたら……、もう。歪んだ愛で、誰かを苦しめるでないぞ?」
「うん、うん。ごめん。ごめん、ごめん、ネロ。だから、だからぁ……!」
「うむ……」
 ネロは最後に血を吐くと、すーっと夜闇に溶けるように消えた。
「ネロ…………。うっ、うぅっ……、うわぁぁぁぁぁぁー! ネロぉー! あぁー! ああー! ネロぉー! ネロぉー!!!」
 男の声が、まだ暗い新宿の夜空にこだました。
 

 ―――――――――――――――――――― 
 

*1:ネロの母アグリッピナは現実世界の史実においても権勢欲の強い女として悪評が高いが、Fate世界ではネロに頭痛を起こす毒と解毒薬を与えることで支配までしており、歪んだものも含め我が子への愛情は一切ないようである。
 また、ネロの師セネカは現実世界の史実において、ネロの暗殺を企てた者として名前が挙がったことでネロ本人から自殺を命じられたとされているが、Fateの世界ではネロとのすれ違いに思い悩み自殺したようである。
 以上のことから、現実世界の史実においてはネロに殺されたとされる弟や二人の妻とその間の実子をはじめとする多くの者たちも、Fate世界では直接的に死に追いやっていない可能性がある。
 ならばこそ、間接的に死に追いやってしまったことをネロが強く悔いている可能性もまたありそうだが、その答えは神のみぞ。いや、ネロのみぞ知る――。


AiEnのマテリアルⅢ

ネロ(AiEn)

 ――AiEnのバーサーカー? 否。AiEnのセイバー? 

筋力(D),耐久(D),敏捷(A),魔力(B),幸運(A),宝具(?)
復讐者(D),忘却補正(E),自己回復(魔力)(C)


皇帝特権(EX)
 本来持ちえないスキルでも本人が主張すれば短期間獲得できるというチート能力らしい。今回は令呪のブーストを受けたこのスキルにより、長時間“狂化”していた。EXともなれば、“気配遮断”や“単独行動”などのスキルを次々と都合よく獲得可能だろうか?

頭痛持ち(B)
 生前の出自から受け継いだ呪いらしく、精神系スキルの成功率が低下するが、芸術の才能を十全に発揮できないらしい。“狂化”と合わさってすごく痛そうだった。

三度、落陽を迎えても(A)
 インウィクトゥス・スピリートゥス。彼女が自決した際の逸話がスキルと化したものらしい。『決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能』な“戦闘続行”に近いスキルだという。FGOでは、ターン制限があるものの、HPが0になっても三回までは即時復活できる状態になるという強力なスキル。