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第17節 【ハンティングクエスト】#2 アイアンラッシュ!【■■■敵太郎】

「嘘……」
 嘘のような静けさばかり残して、爆発と共に男は消えてしまった。
 女性はあまりにも突然の出来事に、ただ呆然と立ち尽くす。
 目の前には金棒を思わせる剣を持ったゴブリンが、後ろには弱そうなスケルトンが静かに立っている。
 ガシャン! と突然、音がした。
「ぃやあっ!」
 短い悲鳴を上げ、女性が音のした方を、後ろを振り返る。すると、スケルトンが地面に倒れていた。
「大丈夫!? ――?」
 スケルトンに駆け寄った女性は、倒れているスケルトンの側に、何かの種のようなものが落ちているのに気づいて視線をとめる。
「なんだろう、これ……。あっ! もしや、山形けん秘技、さくらんぼ種飛ばし!?」
「ちゃうわ!」
 突然の声にびっくりして女性が振り返ると、そこには先ほどとは別の見知らぬ男が立っていた。
「――なんや、山形秘技、さくらんぼ種飛ばして。そんなふざけた秘技あってたまるか」
 その手にはどこで買ってきたのか、ピコピコハンマーが握られている。
「あ、あの……」
「ああ、ああ、そういうのはええから。あれやろ? 貴方は誰ですか? とか、何でこんなことを? とか聞きたいんやろ? ええ、ええ。そういうメンドイのはゴメンです。自分の胸に手ぇ当てて、よぉ考えてみてください」
 男はそう言うと女性の方へと歩み寄って来て、ゴブリンの前まで来たかと思うと立ち止まり、両手でしっかり握ったピコピコハンマーを後ろに引いて――。
「種の呼吸――」
 スイングした。
「嘔吐打ち」
 ゴブリンの腹に思い切りピコピコハンマーがぶち当たり、ピコッという音がしてゴブリンが尻もちをつく。
「……お前もかぁ!」
「何がや。いきなり叫ばんといてぇ。びっくりするやん」
「はぁ……、また鬼滅パクってそういう感じ? また、呼吸の名前と技名全然関係ないし。てか、なんでピコピコハンマーなんだよぉ!」
「なんでもくそもありません。てかなんや、おばはん。あんた、ゴブリン使って悪さするだけじゃ飽き足らんくて、鬼滅の刃アンチまでしとるん? それはあきまへんわぁ……」
「おばっ……、えっ。私もうそんな歳に見える……? いや、今はそこじゃない。
 いや、全然アンチとかじゃないですよ。もちろん私なんかがファンとか自称するのはおこがましいようなにわかですけど、面白いですよねー『鬼滅の刃』。『鬼滅の刃』って兄弟の話多くないですか? 私どれも好きなんですけど、特にあのー……遊郭で出」
「それはあきまへんわぁ……」
「え?」
「にわかはあきまへんわぁ……。僕はね、鬼滅の刃はアニメ化する前からずーっと好きだったんです。だぁーれも注目してへん頃から、毎週楽しみにしとって、コミックスも全部初版の新品で三冊ずつ揃えてるんです。それが流行り出した途端、なんなん? どいつもこいつも鬼滅鬼滅鬼滅鬼滅、もううんざりなんだがァ!」
「……そうくるかぁ……。いや、気持ちはわからなくもないですけど。いったん、落ち着きましょう。排他的なのはよくないですって。結局、新規ファンが増えなくなって衰退しちゃいますよ、そっちの気持ちに寄っちゃうと。ね。だからちょっと落ち着きましょ」
「うるせぇ! うあぁ!」
 突如、静観していたゴブリンが剣を振るい男を黙らせた。
「よくやったゴブリン! ……いや、よくやったのか? 力で黙らせるんでいいのか? それで本当に――」
「くそォ! いてぇなぁ。皆殺しだァ! 新規鬼滅の刃ファンは皆殺しだァ!!!」
「よーし、ゴブリン、やっていいぞ。あいつはもう手遅れだ。あっ、でも殺しちゃだめだからね!? 死なない程度にぶっ殺せー!」
「……」
 ゴブリンは無言で男に向かっていく。
「種の呼吸! 嘔吐打ちィ!」
 ピコッと音を立て男のハンマーとゴブリンの剣が激しくぶつかる。魔力で強化されているのか、ピコピコハンマーはトゲトゲの剣と打ち合っても傷一つつかない。
「……なんか今回のはデコピンと比べて技っぽいな。待てよ。布……デコピン……、種……嘔吐打ち……、鬼滅……まあいいや。こっちもなんか技が欲しいよね、ゴブリン」
「……」
 ゴブリンは肯定しない。うなづかないし、微笑みもしない。
「よぉし! ゴブリンと言えば。ゴブリンと言えば……? ゴブリン、ゴブリン……」
 もじょもじょと口ごもる女性をよそに、男がさらなる攻撃を繰り出す。
「種の呼吸! 嘔吐打ちィ!」
「必・殺!! アイアン ファイア!!」
「……」
 ――ゴブリンの普通の攻撃が、再び男の攻撃と激しくぶつかり合いピコッと音がする。
「種の呼吸! 嘔吐打ちィ!」
「略してA・F!!」
「……」
「説明しよう。アイアンファイアとは、『鬼滅の刃』と同じ年に連さ――」
「うるせェ! そんな小学生が考えたみてぇな技名、聞いたことあるかァ! 次で終いだァ! 種の呼吸――」
 男は腰を落とし、しっかりピコピコハンマーを持つ手を後ろへ引く。
「――嘔吐打ちィィ!!」
 ピコッ。男の渾身の一撃がゴブリンの一撃とぶつかり合う。打ち合うこと四度目。それは三度目の後の正直か。ゴブリンの剣を弾いた!
「――ィィィ!」
 男のスイングは強烈だった。しっかりと力の乗ったいいスイングだった。だが、しかし!
「うお……」
 その強力な一撃を打ち出した後の男は無防備そのものだった。攻撃におのが力の全てを込めることだけに全集中したため、その後の男はすぐに退くことも、守りに転じることもできなかった。
「おぉ……」
 運が悪かった。相性が悪かった。なぜならゴブリンの攻撃は、今度は通常攻撃でもなければ、一打入魂の一撃必殺でもなかったから。
「ぉ、ぉ、ぉ、ぉ、ぁ、ぁっ!」
「いけぇ! ゴブリン! 命尽きるまで続く、その美しき猛攻――」
 ――いな! ゴブリンのチャージ攻撃“めった打ち”!
「ああー!」
 男はギザギザの剣にめった打ちにされ、地面に倒れた。
「……くそっ、くそっ。新規なんかに……、にわかなんかに……、この俺がっ……。そんなっ、そんなわけっ……!」
 涙を目に滲ませる男に、ゴブリンの後ろで控えていた女性が踏み出して歩み寄る。
「またそういう……。たしかに、古参のファンがいたから連載が続いて、アニメ化とかもできたっていうのは、きっと一理はあるよね。それはまあ、ありがとう。でもさ。せっかくそうやって話題になって、素敵な作品がより多くの人の目にも止まって、多くの人から愛されてるってさ。素敵なことじゃないかなぁ?
 そりゃあ、みんながみんなしっかり読み込んでるとも限らないし、作品より盛り上がりを楽しんでるっぽい人が目にとまることも少なくないけどさ。でも、そうやって人と人との繋がりとか、そのきっかけになったりして、それぞれの人生にそれぞれの形で作品が寄り添ってるって思ったらなんかさ。それはそれで、エモくない?
 ほら、繋いでいくって『鬼滅の刃』の大きなテーマでもあると思うしさ。……あれ。私今、なんかめっちゃいいこと言ってな」
「言ってねぇよ! ゴブリン使って人殺ししまくってるような女が何言っても、聞く耳なんか持つわけねぇだろ!」
「いや、だからそれは本当にわかんないんだってば。確かにスケルトン、何度か勝手にどっか行っちゃって、スマホの発熱やばかったことあったけど。そんな悪いこと、してるなんて……」
 女性は振り返ってスケルトンを見る。
「……」
 スケルトンはいつの間にか立ち上がっていたが、相変わらず空っぽの眼孔がんこうがそこに空いているだけで、なんの表情も読み取れない。
「……ああ、ああ、今度は私は関係ないですパターンですか。いいかげんにせぇよ。アンタがゴブリンの原種にして首領、ゴ武辻無惨ごぶつじむざんだってのは、あのお方から聞いてんねん。言い逃れはできへんでぇ」
 そう言いながら、男がふらりと立ち上がる。
「あれ? 関西弁もどった? ってそんなこと言ってる場合じゃない! 誰だあのお方って! ――ゴブリン! 足だ! 足を狙え!」
「んだてめぇ! なんか文句あんのか、ァア! 俺は普段は関西弁じゃねーんだよォ!」
「えっ、どゆこと? 感情的になると標準語出ちゃうタイプ? えっ、そっちのパターンもあるの!?」
「関西べっ……、関西弁?」
 男の動きがピタリと止まった。もちろん、足を負傷したからではない。
「なんで……俺は……関西弁……」
 男がふらふらと後ずさる。
「待って。このパターン、さっきと同じ……。やだ、待って! 落ち着いて? 落ち着こう? 関西弁も標準語も」
「うるせぇ! うるせぇ……。俺は……俺は……」
 よろよろと、よろよろと、後ずさり、そしてまたも、男が爆発した。
「……もう、やだ」
 何事もなかったかのように綺麗さっぱり男の消えた公園に、彼女の弱気がはっきりと残った。
 

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 順不同にて。
 『アイアンナイト』と屋宜知宏様をはじめ、多くの皆様へ敬意を込めて――。
 『ラブラッシュ!』と山本亮平様をはじめ、多くの皆様へ敬意を込めて――。
 

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