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第12節 勝手気儘な自己貫決

 
 ――特に何も起こらなかった。
「……。」
 少年から貰った怪しげな機器と接続を試みた直輝だったが、特にこれといった変化は感じられなかった。
 全身に力がみなぎったり、耐えがたい苦痛に襲われたり、そんなことは微塵もなかったのだ。
 しかし、直輝は間もなく気づく。機器の画面にあった接続数という項目に、1という数字が表示されていることに。
「……。」
 直輝は素早く機器をポケットにしまうと、こぉーと音を立てて強く息を吐き出しながら、目の前に迫るゴーレムを見据えた。
 空っぽになった肺に勢いよく新しい空気が満ちる。
 ゴーレムは、いったん動きをとめて“硬化”。
「……ふっ!」
 そこに直輝は勢いよく右手の平を打ち出し、ゴーレムの胸部を突く。
 ――平手打ち!
「……」
 ゴーレムは全く声をあげない、が直輝はすぐに切り替えずゴーレムの頭を打ち抜き、ダメージを与えようとこころみる。頑丈な身体のゴーレムは崩れないが、しかし直輝の攻撃が当たるとぴたりとその動きは止まり、かすかにひるんだ。
「……」
 ゴーレムの首は打たれた方向に曲がっている。直輝の攻撃は、どれくらいかはわからないが効いているように見えた。
「木村さん……!?」
「マシュさん! どれくらいかはわかりませんが、俺も今から戦えます。」
 直輝はそう言うと、男たちの攻撃を平たい背中で受け止めながら、目の前のゴーレムに手の平を突き出し、打ち出し、返す鋭利な肘を当てる。
「ふっ! ふっ! すぅー……、ふっ!」
 青白く細い腕を懸命にふるい、頑丈で重い体のゴーレムに立ち向かう。守りたい者からの攻撃を受けながら、受け止めながら。確かに痛みを感じながら。
「……」
 そして、何十発目かの平手打ちがゴーレムを突いた時、ついにその頑丈な身体は消滅した。まるで邪悪な霧のように、HPが0になったゲームのエネミーのように。
「はぁーっ、はぁーっ、」
 やっと一体、目の前のエネミーを倒し、刹那の祈りを捧げた直輝の息は上がっていた。
 しかし、まだ終わってはいない。目の前にはまだ数体のエネミーが残っており、ゴーレムとワイバーンドレッドがちょうど一体ずつ直輝に向かってくる。
 勢いよく息を吐き深呼吸をした直輝の鼓膜を、マシュの声が揺さぶった。
「木村さん! サーヴァントが来ました!」
 マシュの声を受け、直輝は園内に視線を走らせる。
「あら、ちょっともったいなかったかしら。まあ、いいわ。代わりはいくらでもいるんですもの」
 胸元の大きなリボンが印象的なセーラー服姿の少女、ステンノが三十人ほどの男を引き連れて公園内に入ってきた。
「木村さん! あのサーヴァントは……?」
「エウリュアレ、か、ステンノの姿をしています。いや、服装はロボと同じでFGOの格好とは違いますが、顔がエウリュアレかステンノです。」
「エウリュアレかステンノ……」

 ――ステンノ、エウリュアレ、メドゥーサ。
 彼女たちはギリシャ神話に登場するゴルゴーン三姉妹であり、美しい美少女の姿は、蛇の髪と石化の魔眼を持つ怪物にされてしまう前の姿だった。
 れは男の憧れの具現、完成した偶像アイドル、理想の女性として生まれ落ちた女神。
 『Fate/Grand Order』において、不死身で歳をとらない長女ステンノと次女エウリュアレは同じ容貌をしており、顔かたちだけで見分けることはまず不可能である。

「大きいお友達のみなさん。露払い、ご苦労様。でも、もういいわ。あなたたちでは敵わないもの。私が一瞬でお掃除してあげるから、下がって見ていてくださいな」
 ステンノがそう口にしただけで、それまで勝ち目のないエネミーに立ち向かっていたのが嘘のように、男たちは全速力でエネミーから離れた。
 残されたゴーレムとワイバーンドレッドは、逃げる男たちにもすぐそばの直輝たちにも目もくれず、ステンノに襲いかかろうと動き出す。
「あら、いやだわ。人気者って、本当に大変……」
 ステンノは言葉とは裏腹に微笑みを浮かべて、手にしたステッキ“パープルセレーネスティック”を夜空に掲げる。
「――木村さん!」
「はい!」
 ステンノの動作に危険を感じた直輝とマシュは、視線と意見を合わせその場を離れようとする。
 そんな二人にはお構いなしに、ステンノがパープルセレーネスティックの先端を勢いよくエネミーたちに向けて叫んだ。
「パープル シュガー・ハート アタッック!!」
 すると、あら不思議。パープルセレーネスティックの先端から、いくつもの淡い菫色すみれいろをしたハートが飛び出して、エネミーたちに向かっていった。
 ハートに当たったエネミーたちは、次々に消滅して一掃される。
「……ああ、だめ。私を支えてくださいな」
 ステンノはそう言うなりふらりと可憐に倒れ、取り巻きの男たちがそれを支えた。
「やっぱり、マスターがいないとだめね。トリック・オア・トリート」
 一斉に差し出される手の一つを取って、ステンノは血をすすった。一人では足りず、二人、三人。血を吸われた男たちは次々と倒れていくが、ステンノはお構いなく魔力を供給する。
「あれは……! 吸血行為で魔力を供給しているのでしょうか? 新宿での体調不良の原因はさっきの少年だったのでは……。なんにせよ止めないと!」
「はい!」
 駆ける直輝とマシュを、立ち直ったステンノが笑顔で迎える。
「あらあら。そんな怖い顔をしないでちょうだい。あなただって、マスターから魔力を貰っているでしょう?」
「それは、そうですが。その方たちは明らかに様子がおかしいです! 貴方の仕業ですよね? 魔術で自由を奪い、意識がなくなるまで魔力源として酷使するだなんて、間違っています!」
「でも、仕方がないじゃない。私のマスターは、死んでしまったんですもの」
「――!?」
「マスターがいなくなってしまったら、サーヴァントはたちまち消えてしまうわ。でも、私、まだ消えたくないの。もっと、楽しみたいのよ。だから、こうするほかにないの」
「それは……。それでも……」
 上手く反論を口に出来ず、言いよどんでしまったマシュと入れ替わるように、直輝が口を開いた。
「あの。よかったら、何があったのか聴かせて頂けませんか。既にあれだけ被害を出している貴方の力になれるかはわかりませんが。それでも、場合によっては、力になれるかもしれません。」
「あら、あなたは優しいのね。……あら? あなた。その右手、ずいぶん綺麗だけれど。ひょっとして、その子マスターさん、ってわけではないのかしら?」
「はい。色色あって、私はサーヴァントとは契約してません。そもそも、聖杯戦争に選ばれたマスターでもないので。彼女とは協力してますが、私のサーヴァントではありません。」
「そう。それはちょうどよかったわ。ねえ、あなた。私と契約してくださらないかしら?」
「……契約、ですか。」
「ええ。さっきも言ったでしょう? 私、マスターを殺されてしまって、今はマスターがいないの。だから、新しいマスターを探しているのよ。
 私の魅力とスキルがあれば、魔力には困らないのだけれど。サーヴァントって、やっぱりそれだけではだめみたい。現界するためのくさびになってくれるマスターがいないと、こんなに体が重たいだなんて……。さっき初めて戦って見て、思い知ったわ。
 でも、人間って脆いでしょう? あんなにあっけなく死んでしまうんですもの……」
 ステンノの目が、どこか遠くへ向けられる。所在のない場所を見つめているような、そんな目だったが、視線はすぐに直輝のところへ戻って来た。
「――だからね。どうせ契約するのなら、少しでも丈夫な勇者様と契約したいの。少しだけだけど、見ていたわ。あなた、怪物と戦っていたわね。あなたなら、私と契約するのにふさわしいわ」
「……。」
「木村さん! 早まらないでください。彼女の目的がわかっていませんし、そもそも」
「ごめんなさい、マシュさん。大丈夫です。ありがとうございます。――あの、何もわからないのに貴方と契約は、申し訳ありません。まずは、貴方の目的を教えて頂けないでしょうか。」
「はぁ……。私、今はそういう回りくどいやり取りを楽しんでいる気分じゃないのだけれど。手間のかかる勇者様ね。本当に、仕方がないんだから……」
 そう言うと、ステンノは直輝の方へ数歩あゆみ出て、真っ直ぐに目を見つめて微笑んだ。
「ねえ、あなた。私のマスターになって?」

 ――その微笑みは、女神の微笑み。
 男の理想の具現である彼女の微笑みは、どんな男をも魅了する女神のわざ
 近代ハロウィンの仮装のような一昔前の女児向けアニメみたいな霊基になろうとも、その本質は失われていない。彼女の魔力を帯びた微笑みを受ければ、よほどの魔力抵抗を有する男性でないかぎり、例えサーヴァントであろうと魅了され洗脳状態に陥ってしまう。

「……。」
「木村さん?」
「ふふふ。どうしたのかしら? さあ、こっちにいらっしゃい。私の新しいマスター様」
 直輝はステンノの言葉を受け止め、受け入れ、真っ直ぐに歩き出した。
「木村さん? どうしたのですか!?」
 直輝はステンノまであと数歩というところで、はたと立ち止まった。
「……私は。聖杯に選ばれていない、この世界の人間が、サーヴァントと契約できるのか。どこまでFateの世界と同じように、魔力を供給したりできるのか、わかりません。でも、私は、この機械を使って、たぶんサーヴァントと契約が出来ます。
 でも、私は出来る限り被害を出さずに、今この世界で起こっている異常事態を解決したいんです。だから、積極的に被害を出そうと考えているサーヴァントとは契約する気はありません。だから、貴方の目的を教えては頂けませんか。貴方は何故、この聖杯戦争に参加しているんですか。何故、戦うんですか。」
「……どういう……ことかしら?」
 ステンノが目を見開いて問う。
「――あなた、私の微笑みが通じないの? ねえ。どういうことなのか、私に教えてちょうだい?」
 ステンノが再び直輝に微笑みかける。魔力を込めて、魅了するため、その視線を向ける。
「やっぱり、そういうことなんですね。でも、ごめんなさい。俺に魅了は効きません。いや、全く効いてないわけではないですが。貴方に微笑みかけられるたび、不思議なくらいに魅力を感じてはいますが。でも、俺の心は操れません。」
「……そう」
 ふらふらとよろめくステンノを、取り巻きの男たちが支える。
 ステンノはまたも男たちの手を取って血をすすると、不敵に微笑んだ。
「それじゃあ、契約のお話はなしね。ねえ、大きいお友達のみなさん。あの二人を殺してちょうだい」
「なっ!? なぜですか!?」
 驚くマシュに、ステンノが答える。
「私に魅了されないのに、戦えるマスターだなんて危険だわ。いいえ、私に魅了されない男がいるだなんて、なんだかとっても不愉快なの。ああ、なんでこんなに不愉快なのかしら……」
 ステンノの頭に、ある男の顔が浮かぶ。少し特殊な霊基で現界している、今のステンノのただの微笑みでは魅了されなかった男の顔が。きっと、今し方のように魔力を込めて微笑めば、簡単に魅了できたはずの男の顔が――。
「木村さん! 来ます!」
「……俺が。いや。マシュさん! この数を相手に傷つけずに引きつけられますか?」
「彼らは痛みに怯まないので難しいと思いますが。っ!」
 マシュが素手で襲いかかってくる男の攻撃をかわす。盾で受けては男の拳が壊れてしまうため、それはできない。いな、したくなかったのだ。
 すでにマシュの側まで後退していた直輝は、男たちの的になったマシュから素早く距離をとる。
「俺よりはできそうですよね? たぶん、俺には無理です。そういう経験はないです。マシュさんなら、あるいは。ごめんなさい。お願いできますか?」
「はい! ですが、木村さんは?」
「俺が倒します。できるかはわからないけど、あの女神を。一先ずやってみます。――マシュさん。無理はしないで欲しいです。ごめんなさい。お願いします。」
 そう言うなり直輝は後ろに向かって走り出した。
 迫り来る男たちは三十人強。直輝はその間を抜けて奥のサーヴァントまで辿り着くことは出来そうにないと判断し、一度大きく後退したのだ。
 残るマシュに三十人を超える男たちの群れが一斉に襲いかかる。
「……木村さん! 私から向かって右に引きつけます!」
「! はい!」
 直輝が返事をした頃には、マシュはもう背中からのエネルギー放出で急加速し、ギリギリまで引きつけ注意を引いた男たちの目の前から飛び出していた。
 男たちのほとんどは、遠くの直輝より目の前にいたマシュを追いかける。
 直輝はその隙にマシュと反対方向、公園の奥側へと大きく迂回してステンノを目指す。立ちはだかる男たちの数は六名。
 十分に距離を保って直輝は立ち止まる。
「こぉー……。」
 勢いよく音を立てて息を吐き、吸ったところへ男たちが迫りくる。タイミングは理想に対して若干早かったため、直輝は相手の初撃に合わせて不意を打つ試みを諦める。
 わずか数秒後、男の拳が直輝の顔面に撃ち込まれた。もちろん直輝はそれを、肉体への直接のダメージはゼロで受け止める。
「ふっ!」
 そして、避ける必要がない分落ち着いて手の平を打ち出し、男の顎を突いた。
「……」
 しかし、男は無言で次の攻撃を繰り出し、さらには六人全員があっという間に直輝を取り囲む。
「ふっ! ――ふっ!」
 直輝は力のこもった打撃を狙いを定めて打ち出すことに集中し、全員の猛攻を受け止めながら、自分のペースで手の平を打ち出し続けた。
 一人目を失神させるのには五発を要した。しかし、コツを掴んだようで二人目は一発。と思いきや、次は上手くいかず三発。四人目からも意識を奪うのに数発を要してしまう。
 内四名は倒れる際に頭を打たないように守ることに成功したが、残り二人は上手くやれなかったことに不安と自責の念をいだきつつも、直輝は再び走りだす。
 見れば、マシュは残り三十人ほどの男をいまだに引きつけている。
 直輝は少しでも早く決着をつけようと、力を振り絞って走った。