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食べる#7 「食べる」と私。~管理栄養士になることを決めた小学生編~
前々回の流れでコンベニソンの話を進めようかとおもったけど予定変更…
今月に入ってから身内でいろいろあったり、高校へ職業についての話をしに行ったり、自分のこれまでを振り返ることが多かったので、わたし自身の話を挟ませてもらいます。
ちなみに、生きるカテゴリでも過去10年の振り返りをしてますので、よければご覧下さい。
わたしが「栄養士」を目指したきっかけ
小学校高学年で「管理栄養士になりたい!」と照準を定め、中学二年生で既に志望大学を決定。
青春時代はひたすらそこに向けて猪突猛進だったわたし(色気無し)
そんなわたしが「食」に興味を持ち始めたのは、たしか小学校4年生くらい。
初めて本を見て自力でお菓子(「ババロア」だったかな?)を作り、
それを家族に「美味しい」って言ってもらえたっていう、、ありがちな原体験がきっかけだったような…(うーん曖昧)
そこから料理やお菓子作りに目覚め、母親の料理本を読むようになりました。
母が読んでた「ESSE」とか「素敵な奥さん」っていう主婦雑誌を読んでたり(料理以外の主婦の人生相談のとことかもこっそり好きだったw)、
暇さえあればこの本を開いてた記憶(懐かしい!)
とにかく「自分が食べたいものを作りたい」という理由で夕ご飯を担当することが増え、献立を考える時ふと目に付いたのが、
給食の献立表
こんなふうに、
「給食では使ってない」=「おうちで食べてね」
という食品が記載されています(これは我が子の小学校の献立表)
「せっかくなら、今日の給食で補えないものを夕ご飯で食べたい!」
そこから、献立表の「家で補う食品」を使って自分が食べたいものを作るというお題ができ、給食の献立表を熟読するようになりました。
その頃、学校では自己主張が苦手で、割とおとなしいタイプだった私。
しかし人知れず学校生活で最もテンションが上がってたのが、給食の時間。
前日から献立表をチェックし、翌日の夕食までをイメトレw
当時、食べ盛りの男子がよく「からあげちょうだい」と、おとなしめの女子に人気おかず譲渡の交渉に回っていました。
(今もこういうのってあるんかな?)
普段はそこまで自己主張しない私ですが、
(みんなに平等に与えられた栄養素を他人に譲るのは絶対に嫌!!)
(なにより、からあげ大好きだし!!!)
と、断固死守。
わたしの必死の剣幕に引き気味な男子の表情、今でも忘れない…笑
まぁとにかく、「食べる」ことが大好きだったんです。
そんなとき、母親の「国家資格を持ってると仕事に困らないよ」という一言がきっかけで、図書室でなるにはブックスを読みあさり、
「栄養士になるには」を見つけ、
↑当時の装丁、懐かしい。そして高っ!
「これだ!これしかない!!」
と管理栄養士になることを決めたのでした。
しかし、この異常なまでもの「食べる」ことへの執着と視野の狭さが、わたしを思わぬ方向に向かわせることになります。
⇒中学生編へ続く(多分そのうち)
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余談ですが、もちろんわたしは毎日夕食を作ってたわけではなくて。
登校前に
「母さん、今日の給食では海藻類と芋類が補えないから、夕食で取り入れてね」
と注文つけてた小学生、
今考えたらめんどくさすぎる・・・
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