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「ゼミ!」ディレクターズカット版(2021/02/08)

「ゼミ!」
登場人物
佐野隼人(22)…大学四年生。
飯塚聡(24)…大学四年生。
佐野美咲(17)…隼人の妹。女子高校生。
弟(5)…隼人の弟。幼稚園の年長さん。
母(46)…隼人の母親。
父(50)…隼人の元、父親。
男(50)…父親のこと。いかつい男。
先生(50)…隼人と飯塚のゼミ講師。
東山(22)…隼人の唯一の友達。
大学生A(22)…隼人の同級生。
大学生B(22)…隼人の同級生。
サヤ(?)…カンボジアから来た東山の彼女。
舎弟(30)…東京にいる父親の舎弟。
友達…美咲の高校の同級生。2,3人。
【おこぼれエピソード】
登場人物
学長…隼人が通う大学の学長。
彼氏…美咲のカレシ。
熟女…飯塚が呼んだ中年女性。


「ゼミ!」


○教室
先生「以上、解散」
先生、教室から立ち去る。
教室のホワイトボードに紙が貼ってある。
紙を見ようと群がる生徒を押し分ける、佐野隼人(22)。
紙には卒業論文作成の詳細な内容と生徒の名前が書いてある。
隼人「ちょっとすいません、退いてください」
隼人、自分の名前を見つける。よく見ると共同作成と小さく書いてあるのに気づき、ホワイトボードに張り付いた紙を剥がして教室を出る。
○廊下
隼人「先生!待ってください、共同作成ってなんですか」
先生、振り返ると少し微笑んで、隼人から逃げる。
隼人「ちょっ!逃げないでください!」
○職員室
隼人、先生の向かいに座っている。
先生、コーヒーに髭を浸しながら味を楽しんでいる。
隼人「いや、味わってないで。これはどういうことなんですか」
先生、目をそらし、口笛を吹く。
隼人「とぼけないでください。卒業論文を共同作成でやることは全然いいんです。よりによってなんで一度も話したことない人なんですか。ゼミの研究では東山と組んでいたんだから、東山にしてください」
先生「東山くんは他の子と既に共同作成することが決まっててね……」
東山、カンボジア顔の彼女を連れて職員室のドアから覗き込む。
東山「佐野じゃん。チース。あ、俺、ボランティア留学で出会ったヤサと共同研究することにしたから」
隼人、思わず立ち上がり、青ざめる。
東山、彼女と楽しげに会話しながら去る。
先生「東山くんは他の大学と共同研究する価値があると、学校全体で推しているんだ。卒論のテーマを聞く限り、佐野くんは優秀だし、東山くんがいなくても大丈夫だよ。むしろ、一人助手が増えるんだからラッキーと思おうじゃないか」
隼人「……」
隼人、涙を堪え切れなず、職員室から逃げ出す。
先生、ドアから顔を出し、隼人に向かって叫ぶ。
先生「ちゃんと飯塚くんと共同作成してよね〜!卒論間に合わなかったら卒業できないからね〜!!!」
周囲の教師に睨まれることに気づく、先生。
先生、頭を掻いて引きっつた笑顔のまま、乾いた笑いをする。
○佐野家・階段
階段ですすり泣く、隼人
母、隼人を通り過ぎてリビングに入る。
○同・リビング
美咲「何アレ」
母「知らないわ、昨日からあんな調子なのよ。洗濯物を入れる時あそこ邪魔なのよね」
リビングのドアガラス越しに階段にいる隼人を覗き込む、佐野美咲(17)。
美咲「えー、キモ」
弟、美咲の足に引っ付く。
弟「お母さんの邪魔をしちゃだめなのです、め!僕が注意してくるのです!」
美咲「いいよ、ほっといて。あからさまに僕を心配して〜って言ってるみたいで嫌だ」
弟「(敬礼をして)お美咲さま、了解であります!僕は今からお風呂に入るのであります!」
弟、リビングのドアを開けて洗面所へ向かう。
美咲「何あのキャラ」
母「知らない、マイブームなんじゃない?」
美咲「へー、キモ」
母「何でもかんでもキモっていうのやめなさい、早く夕飯の準備しちゃって」
美咲「はーい。おにい、ご飯だって」
隼人「……いらない」
隼人、二階へ上がる。
○同・隼人の部屋
画面に文字「一路平安」
隼人、ベッドの上でくしゃくしゃな卒論の紙を広げ、飯塚 聡の文字を見つめる。
隼人「どうやって連絡取ればいいんだよ。つーかまず誰だよ」
紙に印刷された飯塚 聡の文字を弾く。
布団にくるまって、すすり泣く、隼人。
美咲、隼人の部屋のドアをノックする。
美咲「おにい。ご飯持ってきた」
隼人、空返事をする。
美咲、勢いよく足でドアを開け、部屋に入る。
隼人、飛び起きる。
隼人「何何、何入って来てるの!」
美咲、隼人の胸ぐらをつかみメンチを切る。
隼人「(引きつった笑顔で美咲をなだめる)いや、その、ここ賃貸だからさ。あんまり勢いよくドア開けると壊れちゃうからさ」
美咲、隼人の胸ぐらを離す。
美咲「どうせ男子高校生みたいなしょうもない悩みなんでしょ」
美咲、隼人のベットに腰をかける。
隼人、出ていってほしい顔をする。
隼人「えっと、なに……しに来たの?」
美咲、隼人を睨む。
○キャバレークラブ・玄関前
隼人、店の入口前に突っ立てる。
隼人「なんでこんなことしなきゃいけねんだよ」
美咲、柱の後ろに隠れて様子を見ている。
美咲「飯塚って男、ここで私に話しかけてきたんだって。見る感じ常連ぽかったし」
隼人「は?おまえこんな趣味悪そうな店の前で、何してたんだよ」
美咲「うっさい、兄貴面すんじゃねーよ」
美咲にスネを蹴られ、うずくまる隼人。
隼人が痛がっている間、悪酔いした飯塚聡(24)がキャバ嬢と肩を組んで店から出てくる。
美咲「あ、あいつだ」
美咲、スマホと比較する。
隼人、顔を上げ、飯塚を探す。
隼人「うあ、最悪」
○回想・佐野家・隼人の部屋
隼人、嗚咽混じりに泣きじゃくる。
隼人「つまり、僕が決めたテーマを東山が他大学の女と結果を出すってことですか。つまり、僕より東山の方が優秀だから捨てられたってことですか。つまり、東山は一年のときからオタク同士一緒につるんでいたはずなのに、彼女がいたってことですか!つまり、僕はモテないし、卒業目前で唯一の友達も失ったんですか!結局そういう役回りなんですよ、僕の人生は!うあああああん!しかも、なんで日本人じゃないんだよ!カンボジア人のヤサって誰なんだよ、名前聞いてもわかんねーよ!うえええええん!」
美咲、机に置いてある隼人のスマホを勝手にいじる。
隼人「(スマホに気づいて)ちょっ!何してんの、それ俺の携帯」
美咲、インスタグラムのフォロワーリストをスライドしている。
美咲「飯塚聡…飯塚聡……、いた」
隼人「え、嘘」
美咲「はい、どーん」
美咲、隼人にスマホ画面を見せつける。大学公式アカウントのフォロワー欄に飯塚聡のアカウントが表示されている。
隼人「こいつが、飯塚聡」
隼人、飯塚聡の投稿を見る。
美咲「(得意げに髪を靡かせ)JKSNS駆使能力舐めんなよ」
美咲、ふと隼人のスマホの画面を覗き込むと、苦い顔をする。
隼人「え、見覚えあんの?まさか知り合い?」
美咲、全力で否定する。
○キャバレークラブ・玄関前
美咲「あいつ、あいつ。良かったね、見つかって。じゃあ帰ろう」
美咲、そそくさと帰ろうとする。
隼人「飯塚聡、ほんとにあいつ?間違ってたりしないの?俺、やだよ。いい歳してキャバ嬢小脇に抱えてるへべれけおじさんと仲良く卒論作成なんて」
美咲「あなたもいい歳なんだから、この期に及んで駄々こねないで!」
喧嘩する二人。
美咲と隼人に気づく飯塚。キャバ嬢をその場に置いてふらふらとこちらに向かってくる。
美咲、飯塚に気づき、隼人の背中に隠れる。
隼人、焦って美咲を守ろうとする。
飯塚「(美咲に近寄って)あれ?あー!やっぱミサぴょんだあ!やっぱそうだよね。どっかから声が聞こえるなと思ってさあ。私服のみさぴょんもかわいいなー。ってあれ……?(隼人と目があう)」
飯塚、隼人の肩に手を置き、急に顔を歪める。
隼人「(腹話術のように)…美咲、この人とはどういうお知り合いなのかな?」
飯塚、口を一瞬おさえると、隼人の肩を支えにし、隼人の足元に嘔吐する。
隼人「(棒立ちのまま)……」
隼人、白目を向く。
○一軒家外観・五階
ドアに『佐野』の表札。
隼人、飯塚を背負う姿。
隼人「重い、はやく鍵……」
美咲「(鞄を漁りながら)待って、待って!てか、なんでソイツ道場に置いてこなかったの」
隼人「え、お前の知り合いなんじゃねーの?」
飯塚が嗚咽し、焦る二人。
○佐野家・玄関
薄暗い階段を母親にばれないように飯塚を運ぶ二人。
母の声「こんな時間に何してたの?」
母が玄関に向かう足音。
○同・隼人の部屋の前
美咲、飯塚を隼人の部屋に押し込む。
気がつくと母が奮闘した二人の姿を不思議そうに見ている。
二人、ドアの前で満面の笑みで誤魔化す。
○同・隼人の部屋
画面に文字「合縁奇縁」
隼人「(飯塚を見て)拾ってきた猫、みたいだね」
美咲「なーんで家に持って帰ってきちゃうかなあ!」
隼人「ちゃんと会話できる相手だといいな……」
美咲、気持ちよさそうに寝ている飯塚を往復ビンタする。
隼人「ちょっと!何してんの‼」
飯塚、目をカッ開くも再び眠りにつく。
隼人、安堵して美咲と顔を合わせる。
○大学構内・回想
隼人、卒論の紙を眺めて歩いている。
大学生A、後ろから浸しげに隼人に話しかける。
大学生A「お前、飯塚と卒論やるくせえじゃん」
隼人「飯塚聡、知ってんの?どんなやつだか教えて」
大学生A「(嫌な顔をして)え、まじで言ってんの?」
隼人「お願い、なんでもいいから。いつもいる場所とか、なんでもいい」
大学生A「強いて言えば……、運動神経が良い。まぁ、要領も良かったんだよ。地元では優秀って有名だったらしい」
隼人「過去形……?」
大学生A「歩くだけで女の子にワーキャーいわれたりしててさ。(周りの仲間に)なあ?」
○同・隼人の部屋(朝)
隼人、心地よさそうに寝ている。鳥の声で目を覚ます。ドアの近くに寝ていたはずの飯塚の姿がないことに気づくと、飛び起きる。
飯塚、ベランダでタバコを吸いながら、登校中の学生に手をふる。
隼人、ふと自分の財布を確認すると、札がなくなっていることに気づく。物音で飯塚がベランダに居ることに気づき、少し開いたカーテンを開く。
飯塚、振り返ると鬼の形相で睨む隼人と目が合う。
飯塚「やべ」
隼人「こら待て!泥棒!」
飯塚、焦ってベランダから飛び降りる。
隼人、ベランダのほうきがストッパーになって窓が開かない。
○道路
飯塚、その場でしばらく悶える。
学生、心配そうに飯塚の周りに集まる。
飯塚、隼人のベランダの方へ振り返り、タバコを口に咥えながら走る。
よそ見していた飯塚を待ち伏せし、アッパーカットをする制服の美咲。
飯塚、投げ飛ばされる。
(バットを振り下ろすでも可。最悪、飯塚を気絶できたら何でもいい)
画面に文字「K.O.」
美咲、拳を擦る。
弟、気絶した飯塚の顔を少し覗いてから、軽く蹴る。(生存確認)
美咲「(弟に)じゃあ、私達は幼稚園に向かいましょうね」
弟「(宣誓ポーズで)アイアイサァ!!」
美咲、弟を幼稚園バスに乗り込ませ、見送る。
○喫茶店
飯塚、ケロっとした顔で店員さんと話している。
飯塚「この店で一番高いやつ。(店員さんに進められて)ん?じゃあ、そのエスプレッソアフォガードフラペチーノで」
隼人「飯塚さん、卒論の件、大学から話聞いてますよね」
飯塚「えっと、何だっけ。卒論のテーマ?」
隼人「僕と合同作成することになったんですよ!」
飯塚「あー、そっちね。聞いてる聞いてる。任せてよ。こう見えて俺、ベテラン大学生だから」
隼人「僕一人で大丈夫ですから、お気になさらず」
飯塚「はぁ?なんだよそれ」
隼人「最初は一緒に研究しようとおもいましたが、気が変わりました」
飯塚「ふざけんなよ。………折角友だちができると思ったのに」
隼人「友達?」
×   ×   ×
(フラッシュ)
○職員室
東山「佐野じゃん。チース。あ、俺、ボランティア留学で出会ったヤサと共同研究することにしたから」
隼人、思わず立ち上がり、青ざめる。
隼人の声「つまり、僕はモテないし、卒業目前で唯一の友達も失ったんですか!」
×   ×   ×
隼人、不表情のまま涙を流す。
美咲「(隼人を見て)……キモ」
飯塚「おい、そこまで俺のこと思ってくれてたのかよ。久々の日中、清々しい太陽の匂い、みさぴょんの横で吸う空気。今は気分がいい、ここは俺のおごりな」
隼人「え?」
飯塚「気にすんな、俺たちもう友達なんだから」
飯塚、席から離れ、レジで盗んだ札を出す。
隼人「(立ち上がって)いや、それ僕のお金!!!(半泣きで)……せめてお釣りは返してくださいっ!!!」
○道路
画面に文字「和衷協同」
隼人、ニマニマしながら飯塚を家の前までエスコートする。
飯塚、おらついた歩きで隼人の後に付いて行く。ちなみに足元はベランダのスリッパ。
美咲、スマホをいじりながら飯塚についていく。
美咲「ごめんね。うちのお兄、ちょっと馬鹿なの」
飯塚「(真面目な顔で)みさぴょんの兄なら、どんなやつでも愛せるぜ」
美咲、飯塚に目潰しする。
飯塚、叫びながら悶える。
○佐野家・玄関
隼人「改めて、ここが佐野家です!じゃ~ん!」
飯塚「おおお、知ってますね。(ベランダを指差して)朝、あそこから飛び降りましたね」
美咲「(頭の後ろで手を組んで)なんでシラフのヤツに、改めて個人情報開示するかなあ」
○同・隼人の部屋
飯塚、卒論の概要を書いた紙に目を通す。
隼人、参考書を運ぶ。
飯塚、資料に付箋を付けては、パソコンに文字を打っている。
隼人M「良かった。はじめは物騒な人と思ったけど、卒論のテーマの飲み込みも早い。成績優秀という話も伊達じゃない。話せばちゃんと会話できる相手だし、しっかり役割を分担すれば順調に卒論書き終わるんじゃないかな」
隼人、飯塚を見て微笑む。隼人の顔のアップで映像が切り替わる。
○職員室
隼人の顔のアップで映像が始まる。
隼人、さっきまでの笑顔が消え、無表情になっている。
先生、隼人と向かい合っている。
先生「えっと、つまり途中経過報告としてまとめると順調に進んでるってことでいいのかな?」
隼人「だからぁ!」
隼人、先生の膝に泣きつく。
○回想・隼人の部屋
隼人、トイレから部屋に戻る。
飯塚、隼人と目があう。手には部屋に隠しておいたエロ本と最新のゲームソフトを持っている。
隼人「え?」
飯塚「…え?」
隼人「いやいやいや。それ俺の所有物だから」
飯塚「(隼人に馴れ馴れしく肩を組んで)いやいやいや、隼人ちゃ~ん。俺たち親友でしょ?」
一階から物音がする。
隼人、飯塚から一瞬目を離す。
飯塚、パソコンを小脇にベランダから飛び降りる。
飯塚「さらばじゃ」
隼人「はっ!(ベランダから飯塚を見下ろす)いい加減その退場やめて!玄関あるんだから玄関から帰って!」
母の声「隼人?二階に誰か居るの?最近、ベランダのスリッパの消費が激しいけど」
隼人「なんでもないよ!!!」
○回想・道路(夕)
飯塚、帰り道パラパラとエロ本をめくる。
飯塚「ちっ。洋物かよ」
飯塚、近くのゴミ出し場に後ろへ放り投げる。
○回想・隼人の部屋
隼人、ソフトだけでなくゲーム機も盗まれたことに気づく。
隼人「アッ、ゲーム機もねえ!」
母「あ〜ラジオもねぇ!」
部屋の前で吉幾三風の格好をした母親が立っている。
母「これ、ゲットだぜ」
母、吉幾三モノマネコンテストのトロフィーを手に持っている。
隼人、開いた口が塞がらない。
母、そのまま歌い続ける。
隼人の声「俺の宝物盗むぬんですよ」
○回想・道路(朝)
バックで、母が歌う「俺ら東京さ行くだ」が流れている。
隼人、通学路を歩いていると、見覚えのあるエロ本が道端に雨ざらしになっている。
隼人「!!?!?」
隼人、周りを見渡すと、高校生や小学生が通り過ぎる。鞄で顔を隠し、安全を確かめると足でページをめくる。
隼人、発狂。
隼人の声「大学に行く途中で俺の宝物を拾うこともあったし」
曲「俺ら東京さ行くだ」がフェードアウトしていく。
○回想・隼人の部屋
隼人の声「かと思えば……」
画面が切り替わり、二人ともパソコンで卒論の作業をすすめている。
隼人「そうだ(思い出したかのように手を叩く)今更だけどルームツアーでもしよう!この部屋は僕の部屋!自由に使っていいからね。もう友達なんだから(飯塚に肩パンする)」
飯塚、隼人をがん付けるが、隼人は作業に夢中で気づかない。
飯塚、隼人の胸ぐらをつかむ。
隼人「ひいっ……!」
飯塚「タメ口?」
○職員室
隼人「彼、(飯塚のマネをして)俺は23だ!テメ誰にタメ口聞いてんだ?100年はえーよ!っていうんですよ」
先生「親友とか言いながらタメ口になったら切れるとか面白すぎるでしょ」
隼人「笑い事じゃないんですよ」
先生「特に卒論の方は問題なさそうで良かったよ」
隼人「(立ち上がって)全然良くないですっ!」
○大学構内・中庭(夕方)
隼人、俯きながら歩いている。
他の学生の声が聞こえる。
大学生B「やべ、卒論どれくらい終わった?」
大学生C「400字しか書いてねーよ」
大学生B「終わったな。先生になんて言われた?俺、質問される時、拷問の時間かと思ったよ」
×   ×   ×
(フラッシュ)
○職員室
先生「でも、佐野くんが思ってたよりもなかなかやるだろ、飯塚。あいつの飲み込むスピードは当時から桁違いだった。いつからか学校にも来なくなって、留年組になっちまったけど。佐野、飯塚を任せた。出席も今の所ギリセーフだし、卒論を提出すれば卒業できるはずだ」
×   ×   ×
隼人「任せたって、何だよそれ」
隼人、口元が緩む。家に向かって駆け出す。
○蓮根畑
『からし蓮根』の文字が書いてある白いワゴンが道路際に止まっている。
電話を取る男。
男「おお、どうした?熊本恋しなったか?」
舎弟「兄貴!」
男「なにい?」
○佐野家・キッチン
画面に文字「一触即発」
飯塚、リビングで何かを探してる。
弟「め!強盗はアッチ行けです!」
弟、飯塚のふくらはぎをおもちゃの剣で滅多刺しにしている。
飯塚「おう?何だこいつ」
○ファミリーレストン
美咲、友達と駄弁っている。携帯に母からのメールに気づき、チェックする。
画面に文字「今日は早く帰るから夕食楽しみにしててね★」
美咲「(立ち上がって)はぁ!?」
友達、美咲に注目する。
美咲「(外を向いて)弟…」
美咲、携帯を握りしめる。
○佐野家・キッチン
弟と飯塚、意気投合している。
弟「母上の隠し酒は、ここにあるです!」
飯塚「おお、すげえ高いウイスキーやんけ。キャバクラなら一本…」
弟、澄んだ目で飯塚を見ている。
飯塚「(弟の頭を撫でて)ごめんごめん、すぐキャバクラ換算しちまうのは俺の悪い癖だ。何の話だかわかんないよな」
飯塚、ウイスキーのキャップをコップ代わりに飲む。
弟「あなたは、母上の男ですか?」
飯塚、ウイスキーを口から吹き出す。
○道路
ファミリーレストランから駆け出し、電話を掛ける美咲。
美咲「今どこ!」
隼人の声「どこって、大学だよ。これでもお兄ちゃんは立派な大学生なんだから」
美咲「弟は?」
隼人の声「え、今日美咲が御守り担当でしょ」
美咲「飯塚、家に入ってないよね」
隼人の声「あいつに頼んだのか」
美咲「違う!あーもう。飯塚居るならいいのか?いや、そうじゃなくて。今日うちの母親がはやく帰ってくるって」
隼人の声「まじか!じゃあ、飯塚とうちの親が対面したら……」
美咲「うちの親が警察呼ぶ前にどうにかして!」
隼人の声「わかった、今から家に向かう」
美咲「(携帯を耳から離してスピーカーに直接)理解が遅い!」
○佐野家・リビング
弟と飯塚、横並びになっている。
飯塚、テーブルの上で酒を飲んでいる。
飯塚「そうか、父ちゃんいねえのか」
弟「うちには漢がいましぇん」
飯塚「兄ちゃんいるだろ」
弟「あれは、大人じゃないです。すぐ階段で泣くし、はやく大人になりたいのにあんなのじゃ参考になりません」
飯塚「お前いくつだ?」
弟、飯塚に目いっぱいに手を広げてみせる。
飯塚「そうか。かわいそうに。留守番も一人でさせられて、一人はやっぱ寂しいよな。俺がとっておきの大人の遊びを教えてやるよ」
飯塚、ポケットから何かを取り出し、携帯で電話を掛ける。
テーブルに熟女デリヘルの電話番号が書いた紙が置いてある。
弟、それを不思議そうに見つめる。
飯塚「こういうのはたまにしかしないよ。俺だって、本当はみさぴょんみたいな子がサンタコスしてほしいぜ。まあ、待ってろって。今日を忘れられない特別な日にしてやるよ」
ピンポーン、とチャイムの音。
飯塚「お、もう来たの?さっき電話したばっかだけどな」
飯塚、玄関まで行く。
○佐野家・玄関
飯塚、母親と対面する。
飯塚「うーん。(すこし悩んでから)……チェンジ!(決めポーズ付き)」
母親、口を抑えて絶叫する。手に持つ買い物袋をその場に落とす。
弟「ママー!」
飯塚、理解が追いつかない顔。
○同・リビング
美咲と隼人、急ぎ足でリビングのドアを開ける。
母親と飯塚がほろ酔いで意気投合している。
母「あんたも苦労したんだね」
飯塚「そおっすよ、だから今日は誰かといないと気が狂いそうになるくらい寂しいんすよ」
母「お、男泣きか?飲め飲め!飲んでスッキリしちまいな!(飯塚の肩をバシバシ叩く)」
美咲「どゆこと」
隼人「……分からん」
母「聡くんも幼少期から父親居なくて寂しかったって話よ。そんで最近聡くんの母親が亡くなって、今私が死んだら弟にどんな思いさせちゃうかなって」
隼人、深刻にうつむく。
美咲「なんだ、お涙ちょちょぎれ話かよ」
隼人「そんな言い方ねーだろ」
美咲「心配して損した」
美咲、自分の部屋へ行く。
弟、美咲を追いかける。
飯塚「じゃあ、この流れで風呂借ります」
隼人「流れで人の家の風呂使うな!母ちゃんもガツンと言ってやってよ」
母「……ガツン!」
母と飯塚「アヒャヒャヒャヒャ」
隼人「ダメだ、うちの親は頼りにならねぇ!」
○同・美咲の部屋
弟「おねえたん……」
美咲「……」
弟、美咲の足に抱きつく。
美咲、弟が手に持っている紙に気づく。
紙に文字「大人気熟女系デリバリーヘルス電話番号はこちら……」趣味の悪い色の広告。
美咲、紙をくしゃくしゃに握り締める。
○同・隼人の部屋
飯塚と隼人、正座している。
美咲「信じらんないッ!」
美咲、二人に丸まった紙を投げつける。
隼人、転がった丸まった紙を広げる。目に飛び込む趣味の悪い色の広告。
隼人「弟にどんなこと教えようとしてたんですか?非常識だ!」
飯塚「非常識?なんだその言い方は。俺は、弟が寂しそうだったから」
隼人「他責ですか」
飯塚「は?お前らが弟の寂しさに気づけないのが悪いんじゃないか。俺は、忘れらんねークリスマスにしようと思って、みさぴょんが働いてるケーキ屋さんのデリバリー頼んだんだよ。わかったよ、余計なお世話だったってわけか」
飯塚、苛ついてタバコを吸い始める。
隼人「クリスマス…?」
飯塚「何だその初めて聞いたみたいなリアクション。クリスマスくらい知ってるだろ。今日は12月24日だから」
壁に張っているカレンダーのアップ。
隼人「はっ!」
美咲「うちは25日に祝うんです」
隼人「美咲と飯塚さんの関係って」
美咲「そっち!?(頭を抑えて)飯塚はただのバイト先に来るよく喋る常連さん」
飯塚「(ふざけて)ワタスがよく喋る彼氏です」
隼人「(食い気味に)ただの客なら話は別だ!君とは絶交だ!出てけ!」
隼人、飯塚の胸ぐらを掴む。
飯塚「タメ口か?」
隼人「まだその話してんのかよ!」
隼人と飯塚、もみ合う。タバコが卒論の資料の上に落ちるが、誰も気づかない。
隼人「今まで盗んだ宝物はちゃんと返して貰いますからね」
美咲「宝物って何?」
飯塚「論文で軟禁生活だから、ご褒美もらっただけだよ。みさぴょんの電話番号とか」
隼人「辛いのはあなただけじゃないでしょう。皆一人で卒論書いてるんですから!」
美咲「おにい、まさか私を売ったの?」
飯塚「隼人、知ってるからな。知恵袋ヘルプに俺のこと相談してただろ」
隼人「悪いですか!“たぶん、指導教官がそのダメなやつが卒業できないのもかわいそうだから、あなたに押し付けたのでしょう。御愁傷さま。牛丼とか、エサでつるといいでしょう。”って辛辣な言葉が返ってきましたよ」
飯塚「ふざけんなころすぞ!」
隼人「僕に言われても困りますよ」
飯塚「だからって直接言わなくてもいいだろ!」
美咲の拳、アップ。
部屋にだんだんと煙充満するも、3人とも気づかない。
隼人「だいたい母親が亡くなったって、大学に行かない理由にはならないでしょ!亡くなったおふくろさんのためにも直ぐ卒業したほうがいいでしょ!男らしくないっすよ……。同級生に俺はベテラン大学生なんて言うの、情けないですよ!」
美咲「黙れ…」
飯塚「だから!そんなことはてめえにいわれなくても、自分が一番分かってるんだよ!」
美咲、拳に力が入る。
美咲「ふたりとも黙れエエエ!」
美咲、飯塚と隼人をダブルパンチ。
張り倒された二人、美咲の足元を指差す。
美咲、振り向くとパソコンの炎が燃えている。
美咲「‼‼」
隼人、近くのタオルなどで消そうとする。
飯塚「どけ」
飯塚が燃えたパソコンを持って、ベランダから川に向かって投げる。
隼人「待って待って!データがッ」
美咲、消化器で部屋の火を消す。
○佐野家外観・二階の窓
三人、窓から顔を出して咳き込む。
ベランダのから見える川にパソコンが沈んでいく。
○同・隼人の部屋
隼人「論文のデータが……」
隼人、ガックリ。
母親、部屋のドアを叩いて開ける。
母「お母さん、一人飲みなんて寂しいよ。仲良く作戦会議もいいけど、食事持ってきた……」
母親、三人の疲労困憊具合を見て絶句する。
母「……夜ふかしもほどほどにね」
母親、固まった笑顔のままゆっくりとドアを締める。
三人、ため息をつく。
○同・美咲の部屋
画面に文字「閑話休題」
隼人「どうにかして」
美咲「私は22世紀から来たネコ型ロボットか」
美咲、自分のデスクトップパソコンを集中して打っている。
飯塚「スタンド・バイ・ミーみた?俺、泣いたわ」
美咲・隼人「お前は黙ってろッ」
飯塚「すいません……」
美咲「謝っちゃったよ……」
飯塚「俺とデータを共有しておかないからこんなことになるんだよ」
美咲「あんたがだらしないから、こうなってんでしょうが!(呆れて)……今、川から拾ってきたパソコンのデータを復元してるけど、ほぼ文字化けしてて読めそうにない」
飯塚「みさぴょんって何者?」
隼人「弱ったなぁ、提出日は2月1日なんだけど。これじゃゼミの先生似合わせる顔がないよ」
美咲「飯塚のパソコン貸して」
飯塚、美咲にパソコンを渡す。
隼人「俺のパソコン、サラッと死亡確定?!」
隼人、ぼろぼろになったパソコンを擦る。
飯塚「俺のパソコン6年くらい使ってるから、容量パンパンで直ぐデータ消してるぜ?」
美咲「飯塚も大学に卒論の中間発表データ、提出したんでしょ?そのデータを復元したほうが早い。研究資料は学校に送ってるんでしょ?学習支援システムをハッキングして取り出すしかない」
飯塚「なんか、変なことに巻き込まれてない?話の展開が急すぎてついていけないよ」
美咲「まあ、暫くかかるからお茶でも飲んで待っててよ」
隼人「お兄ちゃん、美咲が立派になって嬉しいよ」
飯塚「いや、ハッキングって犯罪だよね?」
美咲・隼人「ハンザイ?」
飯塚「なんで知らないんだよ!」
○街の風景
東山、カンボジア人の彼女と楽しそうにタイヤキを食べている。
大学生A、スーツ姿でインターンに参加している。
隼人N「なんとか僕たちは卒論のデータの半分を取り戻したが、気づけばお正月が過ぎ、卒論提出日まで一週間が切って……」
○同・隼人の部屋
画面に文字「絶体絶命」
隼人・飯塚「なんでこうなった!」
二人、頭を掻き上げる。
隼人「大丈夫、研究結果のグラフは出てるんだから、後は結論を書くだけ」
飯塚「そうだ。落ち着け、落ち着け。あと2日で、たった10000字書けばいいんだから」
隼人「計算では2週間前に終わってるはずだったんだけどな、おかしいな」
飯塚「48時間、1ページ一時間でかけば、余裕さ」
隼人「そう計算通りに行きませんよ」
母「あたしも手伝おうか?」
隼人・飯塚「母ちゃん!?」
飯塚と隼人の間にちょこんと座っている、母親。
飯塚「今日は徹夜でやるぞ!」
母「ガッテン!」
飯塚「3人でやればもっと早い!」
母「これで聡くんとお別れと思うと寂しいじゃない。私は論文に口出しはしないから。あ!私は美人助手っていう設定ね!」
隼人「(顔を抑えて)母ちゃん〜〜」
飯塚「気合い入れて、速攻で片付けるぞ!オーッ」
母「オー!」
隼人「……おー」
作業に入る3人。
指示を出しながらパソコンに文字を打つ隼人。
鼻歌を歌いながら卒業論文のコピーをまとめている母。
酒を飲みながらグラフの修正をしている飯塚。
順調に卒論の原稿用紙が重ねられていく。
×   ×   ×
○同・キッチン
弟と美咲、母に代わって夕飯の準備をしている。
弟、美咲に教えてもらいながら挽き肉をこねている。
美咲、ウイスキーでフランベに挑戦するも、火に怯える。蓋を盾にして、焦げたハンバーグをひっくり返す。
○道路
30m道路を走る白いワゴン。横には「からし蓮根」の文字。
いかつい男、運転している。
○佐野家・隼人の部屋
美咲「夕飯できたよー!」
弟、美咲の後ろで不安定そうに料理が乗った皿を両手に持っている。
母「あら!美味しそうなハンバーグ。家族団らんで夕食なんて何年ぶり?」
美咲「一人、変なの混じってるけど」
飯塚「おいおい、俺は変なの呼ばわりか」
笑いが起こる。
弟「アチ!アチ!アチチチッ」
隼人「(テーブルの原稿に気づき)待って!原稿が!」
弟、バランスを崩して皿を原稿の上に置く。
隼人、皿をどかそうとするも母の爆笑に押し倒され、皿をこぼして原稿にソースのシミを作ってしまう。隼人、絶叫。
弟、自分の手を息で冷やしている。心配する美咲。
隼人をなだめる、飯塚。
隼人、顔を抑えて、肩に乗った飯塚の手を振りほどく。
×   ×   ×
飯塚・隼人、焦げの多い不細工なハンバーグを恐る恐る口に運ぶ。
美咲「どう?」
母「美味しー‼‼‼」
飯塚「うま!なんこれ!うまいよなあ」
隼人「……」
飯塚「こいつ感動して言葉も出ねえみたいだ」
母「どこかで食べたような」
飯塚「これなんか懐かしい味っつーか、どっか馴染みのある香りつーか。でも大人の味」
美咲「そんな褒めないでよ、料理の才能あったのかな」
飯塚「才能あるよ、店出したらいいよ」
母「隠し味、何?」
美咲「えっと」
弟「(ウイスキーを掲げて)ウイースキー!」
飯塚「ナイス、じゃあ一杯頂こうかな」
母「(挙手して)アタシもー!」
飯塚、弟からウィスキーを受け取る。
隼人、箸が止まる。目頭を押さえる。
隼人「み、水。」
隼人、船を漕いだと思えば、無言で飯塚に眼を飛ばす。よく見ると目の焦点が合っていない。
飯塚「お前も飲め、お酒飲むと筆が進むんだよ。調子が出るっつーかさ。大人なら分かるだろ?お酒で効率アップ大作戦」
隼人、飯塚が持っているウィスキーを奪って一気に飲み干す。
飯塚「おいおい……、お前って意外と酒豪キャラなの?」
美咲・弟、開いた口が塞がらない。母は気づかない。
隼人、お酒を飲み干し吃逆する。直後に嘔吐しかけるが口を抑えて、千鳥足でトイレへ駆け込む。
母「あれ、ウィスキーは?」
飯塚「隼人が飲んだ」
母「(爆笑して)ま、まさか〜。あのこ、ノンアルでもへべれけになるんだから。あ、でもこのハンバーグは食べれてたみたいね。やっぱりうちの娘は奇跡を起こす天才だわ」
母、美咲を犬のように抱き撫でる。
美咲、恐怖で固まる。
○夜空
月。
隼人のとんでなく嘔吐する音が響く。
○同・隼人の部屋
時間、0時。
飯塚「後六時間。お前も飲むか?」
隼人、ウィスキーの瓶を見て、嘔吐しかける。
飯塚「嘘、ごめん」
隼人・飯塚、文字を打つ。
原稿、コピーされていく。更に一枚、原稿が重ねられる。
文字を打つ、飯塚と隼人。
×   ×   ×
画面に文字「危急存亡」
母親、飯塚の膝を枕代わりにすやすやと眠っている。
隼人、書き出しが終わったUSBを掲げる。
隼人「終わった!」
飯塚「これで学費地獄からもおさらばだ!ヤッホーイ!」
飯塚・隼人、ハイタッチをするとその場に倒れる。
時計。3時。(提出期限時間まで残り5時間を示している)
母親の携帯から電話がなる。
文字「元、父親」
隼人、電話を取る。
隼人「父ちゃん?どったの、いま母ちゃん疲れて寝てるからまた掛け直して」
父の声「そういうわけにも行かねえ。今、家の前にいる」
隼人「なに、その次はお前の後ろにいるみたいな怖い話」
隼人、ベランダのカーテンを開け、外を確かめる。
外に白いワゴンの近くに金属バットを肩に下げた父の姿。
隼人、父と目があう。
父の声「今からそっちに行くけん。最近、悪い虫がこの家に寄生しちょるって兄弟から聞いてのう。わしは心配で居ても立っても居られんくて、駆除しに来たばい」
飯塚、気持ちよさそうに寝ている。
隼人、母親を起こそうとするが起きない。
隼人「飯塚!おきろ!さすがに世渡り上手なお前でも死ぬ!」
飯塚「……はぁ?何いってんだ?徹夜で気でも狂ったか」
一階のから玄関のドアを強引に開く音。
隼人「来ちゃう来ちゃう!なんなら、もう来てる!とりあえずこれ持ってベランダから飛び降りろ!」
隼人、USBを飯塚に強引に押し付ける。
飯塚「大丈夫か、お前…。お前もお疲れなんだな、ゆっくり休め」
隼人「違うんだって!」
階段を登ってくる音が止むと、大きな音を立てて隼人の部屋のドアが壊れる。
父、膝枕されている母と飯塚を見ると、飯塚を素手で殴る。
隼人、開いた口を手で抑える。
飯塚、手に持ったUSBが吹っ飛び、父がそれを踏む。
父、USBを踏んだ事を気にせず、飯塚を殴り続ける。
隼人「AHHHHHHH!!!できたての卒論のデータッ!」
隼人、思い出したようにコピーした卒論原稿用紙を見つけ、父から遠ざけようとする。
父、卒論原稿用紙が置いてあるテーブルを押しのけ、紙が散らばる。気にせず、ベランダの窓を開けて、手すりに飯塚を押し付ける。
飯塚、もう半殺し状態で意識がない。
窓から風が入り、卒論原稿用紙がベランダの外へ散らばって行く。大半の紙が川へ浸る。
隼人、声にならない悲鳴を上げる。
母、騒がしい音で目を覚ます。壊れた部屋のドアと血まみれの飯塚に気づく。
父「これはお袋の分!これは、俺の分!(まだ飯塚を締めている)」
母「あんた!」
父「母ちゃん!助けに来とったど。こげん男より、わしとより戻さんか」
母「あんた、こげん事、いつまでやとんの!カタギに手だして!」
父「人をカタギじゃないみたいな言い方するなよ、母ちゃん」
母「あたしは、あんたの母ちゃんじゃありません!前回もここは賃貸だって言いましたよね?もう私達の暮らしを邪魔せんで!何回引っ越したと思っとるん?あんたは現抜かしてないで、実家の農業頑張りいな。もう少しで隼人は大学卒業するんやけん」
父「母ちゃん……、それってより戻してくれるちゅーこったいね?」
飯塚、夫婦喧嘩中に目を覚ます。
飯塚「(血を見て)な、なんじゃこりゃー!!!」
飯塚、勢いで父を殴る。見事命中し、父親が倒れる。
父「……大したもんや」
飯塚、初めて人を殴ったようで、パニックになって白目をむいてそのまま倒れる。
美咲・弟、手をつないで滅茶苦茶になった部屋を覗いている。
弟、眠たそうに目をこすっている。
美咲「ドッタンバッタン、うるさいなあ。何時だと思ってんの?近所迷惑、ていうか身内迷惑!」
父「母ちゃんが、わしでもの足りんのやったら、他に若い男作っても文句はいわんよ……(壁に沿って立ち上がる)」
弟、今見れで倒れた飯塚を見つける。駆け寄って上体を起こすが、飯塚は白目を向いたまま。
弟「漢の中のおてょこおおおお!!!!(叫ぶ)」
隼人「(放心状態で頭を掻きむしる)……むちゃくちゃだぁ」
母「ちなみに、その子、隼人の大学のお友達だから」
父、新喜劇のようにずっこけ、再び倒れる。
○同・リビング
母、父を手当している。
弟、母の助手。
母「(手術のように)アルコール」
弟「はい」
弟、ウイスキーを母に渡す。
母、父の拳に振りかける。
父「イタアアアアーーーッ!拳がああああああ!」
母、手に持ったウイスキーに気づく。
母「!!?!!?」
○同・川辺近くの裏庭
原稿を拾う飯塚。飯塚、頭に包帯を巻いている。
原稿についた土を払う。隼人の部屋の窓を見上げる。
飯塚「……」
○同・隼人の部屋
画面に文字「用和為貴」
時計、6時。隼人、部屋の端っこで体育座りしている。
飯塚、部屋に入る。
飯塚「集めたけど、10枚ほど足りない」
隼人「……」
飯塚「おい(隼人の顔を原稿で頬を軽く撫でながら)聞いてんのか?」
隼人「もう、いいですよ(頭を抱える)」
飯塚「いいってなんだよ……。あ、あった、この部屋にも三枚落ちてる。すこし血が付いてるけど大丈夫だ。幸い、引用のページは残っている。USBがだめでも製本原稿を提出すりゃあいいんだから。……てことは前回のデータは俺のパソコンに入ってるから、今後の課題とまとめを穴埋めで書き直せば」
隼人「もういいですって」
飯塚「なんで。まだ3時間もあんだぞ」
隼人「ここから大学まで1時間かかります。実質2時間しかありません」
飯塚「それ、電車でだろ?たった7枚、1400字。やろうぜ」
隼人「こんな状態で書けません。きっと、先生は僕を大学卒業できないように、飯塚聡を送り込んだんだ。まんまと、卒論期限切れで、さぞ喜んでるんでしょうね」
飯塚「今回はまだパソコンもある。書けるよ。こんなんで大学4年間捨てんのかよ、今まで何学んできたんだよ」
隼人「いいですよね、優秀な飯塚さんは。振り回すだけ振り回して。こっちの身にもなって下さい。結局、僕は死ぬまでこういう役回りなんですよ。もう一人にして下さい。もう、眠くて気が狂いそうです」
飯塚「言い返す気力はあるじゃねえか。お前は、昔の俺を見てるみたいで、すっごく応援したくなる。腐ってた俺を変えた、大したもんだ。認めるよ。隼人はベテラン大学生よりスペックは高いんだから、ギャフンと言わせてやろうぜ。」
隼人「……大人を?」
飯塚「(首を振る)世界を」
飯塚・隼人、うなずく。
飯塚「死ぬ気でやろう」
隼人、包帯に滲む血に目が行く。
隼人「死ぬ前に、飯塚さんからタカラモノ、返してもらいますよ」
飯塚「(すこし悩んでから)このまま死ねないってことか。……死ななかったら、連れてってやるよ。俺のおごりで」
隼人「……初めては好きなコとすると決めているのでお構いなく」
飯塚「(舌打ち)そんなんだから……」
隼人、パソコンに必死に食らいつく。
飯塚、隼人の真剣に取り組む姿を眺める。
飯塚「ふっ(吹き出す)」
隼人、飯塚を見る。
飯塚「なんでもねぇよ」
時間、6時半。
○佐野家・玄関
飯塚、モッズコートを手に階段を降りる。
飯塚「行くぞ」
隼人「けど、もう時間が」
飯塚「去年は、10時までだった」
隼人「先生からは締切は9時と連絡が」
時計、9時。
飯塚「俺は大馬鹿もんだから、早目の時間を連絡されてんだよ。組まされる奴は、とんだ災難だけどな」
隼人「ベテラン大学生!」
隼人、階段を踏み外す。
飯塚「おい、大丈夫か」
隼人「ちょっと挫いた」
隼人、びっこを引いている。
隼人「僕は大丈夫です。で、どうすんですか」
○同外観・正面
家の前の道路に、白いワゴンが止まっている。
隼人「父ちゃん!?」
父「いいから乗り込め!」
隼人・飯塚、車に乗り込むと急発進する。
飯塚「電車より、車のほうが15分はやく着く」
父「ここで父ちゃん出番ってわけだ」
隼人「いつの間に、二人仲良くなってたん!?」
父「母ちゃんが飯塚くんの生い立ち聞いたら……」
父、泣きながら自分の顔を殴り始める。
車、蛇行運転。
隼人・飯塚「ちょっと!落ち着いて!」
飯塚、後ろから父の胸ぐらを掴む。
飯塚「てめえ!ここで死ぬのは聞いてねえぞ!」
隼人、吐きそうになる。
○大学・校門
隼人、白いワゴンからヨタヨタと大学に向かって歩く。
飯塚、ダッシュ。
○大学・事務所窓口
先生「おー!きたきた」
飯塚「相変わらず、ギリギリ」
先生「今回は、ギリギリアウトじゃなくて、セーフやね」
飯塚「俺、卒業できるかな」
先生「生徒証カード持ってきた?一応、本人が来ないと駄目なんだよね」
飯塚、財布を漁る。ない。
先生、マジックを見せる。手から生徒証カードが出現する。
先生「生徒証カード、現地調達するのなんて、飯塚くんくらいだよ」
先生、笑って生徒証カードをカードリーダーにかざす。
先生「あれ、佐野くんは?」
自動ドアに這いつくばる、隼人。
飯塚「おお、そこで死ぬなよ」
隼人「飯塚さん……」
先生「佐野クーン!」
飯塚「生徒証カード必要だって」
隼人、ポケットから生徒証カードを出して、ヨタヨタとカードリーダーに向かう。
つまずいて、うつ伏せに倒れる。顔面を強打。前歯が欠ける。
以下、スローモーション。
手に持った生徒証カードが空を飛ぶ。
飯塚・先生、生徒証カードを取ろうと飛びつく。ガードを掠る。
隼人、仰向けになる。前歯が気管に入る。
隼人「ハゥッ」
隼人、息ができない。
飯塚、隼人の腹部を踏んで大きくジャンプ。
隼人「グボウッ」
隼人、前歯を吹き出す。一瞬、息を吹き返す。
先生「あッ」
先生、バランスを崩して隼人の頭に一直線に頭突き。
隼人、トドメの一撃。
飯塚、生徒証カードをキャッチして、かっこよく着地。生徒証カードをカードリーダーに翳す。
先生「(頭を抑えながら)痛タタタ」
飯塚、振り返る。
飯塚「隼人クン!(野球審判の動きで)セーフ!……オフザバッグ!なんつって☆」
隼人、気絶して泡を吹いている。
先生・飯塚、正座で隼人を拝む。
前歯が欠け、白目をむいたアホ面のアップ。
○大学・校門
校門に立てかけられた看板、「令和□年・第○回・△△大学卒業式」
スーツ・袴姿の学生と保護者、各々に入っていく。中にはグループで写真を撮っていたり、酒を飲んでいる輩がいる。
スカート。立ち止まる足、母の姿。
後から弟を連れた美咲。
美咲「はやく行こ」
弟、人混みに興奮し、犬のように先走る。引っ張られる、美咲。
ピンぼけで、追いかける父。
○同・第一体育館
大学生A、卒業生総代の答辞を読んでいる。
東山、悔しい顔。
隼人・飯塚の姿。アイコンタクトで微笑む。
隼人M「世の中は世知辛い。環境に恵まれて居るから努力は実るのだと、誰かが言う。今まで僕は、そういう役回りだと思いこんで、自分に呪いをかけていたのかもしれない」
父、ビデオカメラで隼人の姿を収めようとするが見当たらず、あたふたしている。
母、父からカメラを取り上げて隼人、飯塚を撮る。
母、微笑む。
母「(口パクで)いつでもうちへおいで」
隼人M「僕は、恵まれた環境を作だす事こそ、努力の賜物だと思う。たとえ苦しくても、寂しくても。ベストを尽くすことが、道が開くことに繋がると思うからだ」
○同・大学校門
看板の側に並んだ飯塚、隼人、美咲、弟、母の写真を撮るとカメラに抑める、父。
隼人M「それは、自分の可能性、仲間を巻き込んで。世界へ繋がる。僕たちに明けない夜はないのだ」
東山、奥の方でヤサにビンタされている。振られたらしい。
飯塚「なあ、隼人」
隼人「ん?」
飯塚「今度、熊本遊びに行くよ」
父「撮るよー!はい、チーズ!」
父、シャッターを押す。
飯塚、隼人、美咲、弟、母、満面の笑み。
隼人「―――うんっ」


【おこぼれエピソード】

作品に入りきらなかったエピソードです。面白いと思った方は、裏話・裏設定だと思って、ぜひ読んで下さい。作品と同じ時間軸の順番です。

「おこぼれエピソード#1 友達はいない」

○佐野家・隼人の部屋
隼人「飯塚聡という男を友達からの情報を総合して似顔絵を描いてみたんだ。似た顔の男を大学の校門で待ち伏せして」
隼人、盗撮した学生が登校する映像をパソコンのデスクトップに出す。
美咲「まって、これ全部おにいが撮ったってこと?」
隼人「おう、平日の7時から21時まで。講義がない時間はずっとここで」
○大学構内・石段
隼人、パソコンで校門を盗撮している。絶対に見つけてやるという目。完全に目がキマっている。
○佐野家・隼人の部屋
弟「キモっ!ていうか」
美咲「こわっ!キモい通り越して最早怖すぎるよ」
隼人「え、なにが?」
美咲・弟、隼人から遠ざかる。
美咲「普通そこまでやんないよ」
弟「人間じゃないよ」
美咲「何その執着、ストーカー?」
弟「ヘビ?道成寺の毒蛇だよ」
美咲「ヘビっていうかムカデ?人を殺す目だよ」
弟「敵に回したくねー」
美咲「友達にしたくねー」
弟「気持ち悪いね」
美咲「ほんとに怖いよ」
隼人「(遠い目)……」
隼人M(お兄ちゃん、泣いちゃうよ……?)

「おこぼれエピソード#2 この男どうにかしてくれ」

○佐野家・隼人の部屋
隼人「やる気がないなら帰ってください」
○佐野家・廊下
飯塚、部屋から追い出される。廊下で美咲と鉢合わせする。
飯塚、美咲に甘えようと近づく。
美咲、距離をとる。
美咲「お触り禁止なんで」
飯塚「プライベートも?」
美咲、ゴミを見るような目で飯塚を見る。
飯塚「じゃあ彼氏になったらいいってこと?ミサぴょんは金にがめつい女だからなあ。(ポケットを漁って)あー、ごめん。230万円しかないや」
飯塚、230円を美咲の手のひらに乗せる。
飯塚「うあー、みさぴょんの手すべすべだね、全身を擦りつけたいくらいだ」
美咲に向かって卑猥な動きをする、飯塚。
美咲、棒立ちのまま白目を向く。
飯塚の後ろから鋭い目線を飛ばす黒い影。
飯塚、視線に気づき慄きながら振り返ると、怒り狂った母の姿。
○一軒家の風景(夜)
犬の遠吠えが響き渡る。
「おこぼれエピソード#3 悪い虫」
○佐野家・廊下
美咲、鉄溶接マスクをつけて自分の部屋のドアを金属加工する。
飯塚「みさぴょん、なにしてんの」
美咲「部屋に悪い虫が入らないようにしてる(飯塚に親指を立てる)」


「おこぼれエピソード#4 いくらクズでも①」


○佐野家・隼人の部屋
美咲、隼人の洗濯物を持って部屋に入る。
飯塚、パソコンで作業をしている。
美咲、飯塚に気づいて悲鳴。
飯塚、美咲の悲鳴に悲鳴。
飯塚「なになになに」
美咲「誰!!なんでここにいんの!!」
美咲、持っていた洗濯物を飯塚に投げる。
飯塚「なんでって、痛い痛い!」
美咲「ここ、お兄の部屋だよ!ま、まさか、あんたそういうシュミ?お兄のパンツはそこのタンスにいくらでも入ってるから!好きなだけ持っていって!」
美咲、ふと手元の弟のパンツを掴み、飯塚に投げる捨てる。飯塚の顔に命中。
美咲「弟を狙ってるなら、これで勘弁して!」
飯塚「……(格好つけて)あいにく洗濯された布には興味はないよ」
美咲、悲鳴。
飯塚「うそ!うそ!ジョークだよ!」
美咲「大体、今日は!大学に行く日でしょ!うちのおにいは大学に行ったよ!」
飯塚「そりゃ、俺はおにいが大学に行ったあとにここに来たからな」
美咲「不法侵入罪!あんた、この家を乗っ取る気!?」
飯塚「違う違う!男同士は、親友にもなれば、握手の次に合鍵渡すもんなんだよ」
美咲「渡してないし、ベランダから出入りしている人に言われたくない」
飯塚「はあ?」
美咲「だって、おにいに家の鍵持ってないもん。渡してないから、合鍵作れるはずないもん」
飯塚「……」
美咲「黙っちゃったよ。そういえば、大学の単位は大丈夫なの?」
飯塚「俺?大学に行かなくても、メールをチョチョイのちょいと送れば単位ゲットよ」
美咲「……それができないから、留年したんじゃないの?」
飯塚「いくらクズでもメールくらい送れるよ!」
飯塚、ドヤ顔。
美咲「クズって、自分で認めるんだ……」

「おこぼれエピソード#5 いくらクズでも②」


○職員室
隼人「ちなみに、飯塚という男は今回の卒論中間発表会に出席していないのですが……」
先生「まあ、いくらクズでもメールくらいは送れるでしょ。単位はなんとかなるよ」
隼人「クズ!?」
学長「露骨な問題発言、逆に清々しいよ。はっはっは」
先生「(苦笑い)はっはっは」
先生、目が泳いでいる。
学長「後で、学長室に来なさい」

「おこぼれエピソード#6 鉢合わせ」


○佐野家・玄関前
彼氏、佐野家の前でウロウロしている。
彼氏「美咲ちゃーん!……おかしいな。ここで落ち合う約束してたはずなんだけど」
彼氏、インターフォンを鳴らすか、迷う。しかし鳴らさずに、駆け出す。
○ケーキ屋・入口前
彼氏、ガラスを覗き込む。客と目が合い、気まずく会釈する。
彼氏「ここにもいないな」
彼氏、メールを確認する。
画面に文字「急な頼みでごめん。母が来るまで少し時間稼ぎしてほしい。亮ちゃんなら、きっと弟も懐くと思う。詳しい話は後で話す。うちの前で待ってて。美咲」
彼氏、美咲に電話しようとする。
主張の激しいスパンコールの服を着た太めの中年女性。二の腕が太い。
熟女「お兄さん?」
太めの中年女性、彼氏に話しかける。
彼氏「……ぼく、ですか?」
熟女「デリバリー、頼みました?」
彼氏「え?あ、最近、デリバリー始めたらしいですね。美咲が言ってました」
熟女「美咲?彼女さん?」
彼氏「はい、店で働いてるんですよ」
熟女「あら、同業者?一見、大学生の純愛をしているように見えて、最近の若者の考えることはすごいわね。私をここによこすなんて」
彼氏「はい?」
熟女「何かあったの?その……、彼女さんと」
彼氏「手違いと言うか、少し間違いがあっただけです」
熟女「ああ、だから私で発散したいのね。分かった、サービスしてあげる」
彼氏「えぇ?」
熟女「私これでも学生なの」
彼氏「はあ……」
彼氏、キョロキョロあたりを見回すも、美咲の姿はない。
熟女「って言っても、聴講生なんだけど。で、どこで遊ぶ?自宅?」
彼氏「は?」
熟女「さむい~」
熟女、彼氏の腕に胸を押し付ける。
彼氏「な、何してるんですか!離して下さい!」
熟女「そういうプレイ?」
彼氏「何言ってるんですか!新手の詐欺ですか」
熟女「男のロマンス、たぎってきたでしょ?」
彼氏「ひいーッ!」
彼氏、鳥肌。一瞬で顔色が悪くなる。
熟女「なあに、ちょっともう、興味ないふりしちゃって〜。ほんとはウキウキしちゃってるクセに。このこの〜、ムッツリスケベ」
彼氏、熟女に連れて行かれる。(半ばプロレス技)
彼氏「た、たすけてー!」

「おこぼれエピソード#7 アルコール消毒」


○佐野家・リビング
母、父を手当している。
弟、母の助手。
母「(手術のように)アルコール」
弟「はい」
弟、ウイスキーを母に渡す。
母、父の拳に振りかける。
父「イタアアアアーーーッ!拳がああああああ!」
母、手に持ったウイスキーに気づく。
母「!!?!!?」
弟「アルコール消毒であります!」
父、痛がっている。
母・父「寝なさい!」
美咲、布団で気持ちよさそうに眠っている。

「おこぼれエピソード#8 仲良しかよ」


○佐野家・隼人の部屋
飯塚・隼人、卒論のパソコン作業をしている。
飯塚、頭に包帯を巻いている。頭をかいて、自分で嗅ぐ。少し顔をしかめて、匂いのついた手を隼人の服に擦り付ける。
隼人、気づかない。
飯塚「あのさ、」
隼人「はい?」
飯塚「まさか、お父さん。ね」
隼人「なんですか?」
飯塚「分かるだろ。その……、ヤーさん、だったんだな。俺、偏見とか持たないようにしてるから」
隼人、手が止まる。
隼人「え?」
飯塚「えぇ?だって、腕にイカツイ熊の入れ墨入ってたし、金属バット持って暴れてたし。しまいにはカタギじゃないって聞こえたし」
隼人「今は熊本で蓮根畑経営してますよ。それに入れ墨じゃなくてタトゥーです。少し前までプロレスラーだったんですよ」
飯塚「元プロレスラー!?」
隼人、パソコン作業を再開する。
隼人「はい」
飯塚「おれ、元プロレスラーに殴られたの?」
隼人「はい」
飯塚「(他人事のように)……よく生きてたな、俺」
隼人、無視。
飯塚「てことは……。俺、お前の父親に、母親のカレシと思われてたって事かよ!」
隼人「今更?!」
飯塚「まあ、知ってたよ!(遠い目で)そういう如何わしい事もしちゃったからな。疑われても仕方ねえよ。……いい女だった」
隼人、口を抑えてピュアな反応。首を振って煩悩を振り払う。
隼人「じゃあ、あれもバレてしまったってことですか」
飯塚「アレ?」
隼人「いいや、大したことじゃないですから」
隼人、自問自答するように何度か頷く。
飯塚「分かってるよ。アレな」
隼人「実際見て、どう思いました?」
飯塚「どうって」
隼人「またまた~」
飯塚「アレったって、いっぱいあるじゃねーか」
隼人「え、いっぱいあるんですか?」
飯塚「え、ないの?」
隼人「分かってるくせに。仕方ないですね」
隼人、口を“お”の形にする。
飯塚、隼人の言葉を読み取ろうと隼人の口を真似する。
隼人「(誘うように)こ?」
飯塚「(こうかな、という表情で)こぅー?」
隼人「こ!」
飯塚「(これか、という表情で)こー!」
二人、にらめっこ状態。
隼人「(口パクで)い?」
飯塚「い?!」
隼人・飯塚「(うなずきながら)い〜〜」
隼人、満足げな顔。
飯塚、理解していない顔。
母、寝言を言いながら寝返りをうつ。
飯塚、ふと母を見ると、服の隙間から背中の鯉を目撃。
飯塚「!?」
飯塚、パニック。作業に集中できない。
隼人、飯塚が母の背中の鯉を指差すも、無視。
飯塚「お前の母ちゃんって……」
隼人「さっき、母の鯉を見たって話したじゃないですか」
飯塚、これは知らなくてもいいことを知ってしまったという顔。 
飯塚「クズなりのジョークだよ!話の成り行きっつーか。クズの為せる技っつーか。ホント、母親とはなんの関係も持ってないから。勘弁してくれ!」
隼人「母と父は」
飯塚「聞きたくない!」
隼人「二人共、プロレスラーなんです」
飯塚「(耳をふさいで)あああああああ!えええええ!?」
母、寝言。
飯塚、焦って口を塞ぐ。
隼人「ちなみに現役です」
飯塚「母、現役!!?」
飯塚「はい」
飯塚「(小声で)プロレスラーって彫るのがノーマルなの?」
隼人「いや、母はその前に元トラック運転手だったそうで。そのときに彫ったそうです」
飯塚「ますます分からん」
隼人「馴れ初めは、プロレス会場で熊にまんまと鯉のハートを狩られたって話なんですけどね」
飯塚「(ここぞとばかりに)上手いこと言わんでええねん!」
隼人、無視。作業に集中。
飯塚、沈黙。
飯塚「(外を見て)なんか、今日寒いな」
部屋の窓が風で軋む。
母、いびき。

「おこぼれエピソード#9 間に合わない」

○佐野家・玄関
飯塚、モッズコートを手に階段を降りる。
飯塚「行くぞ」
隼人「けど、もう時間が」
飯塚「去年は、10時までだった」
隼人「先生からは締切は9時と連絡が」
時計、9時。
飯塚「俺は大馬鹿もんだから、早目の時間を連絡されてんだよ。組まされる奴は、とんだ災難だけどな」
隼人「ベテラン大学生!」
隼人、階段を踏み外す。
飯塚「おい、大丈夫か」
隼人「ちょっと挫いた」
隼人、びっこを引いている。
隼人「僕は大丈夫です。で、どうすんですか」
○同外観・正面
家の前の道路に、白いワゴンが止まっている。
隼人「父ちゃん!?」
父「いいから乗り込め!」
隼人・飯塚、車に乗り込むと急発進する。
飯塚「電車より、車のほうが15分はやく着く」
父「ここで父ちゃん出番ってわけだ」
隼人「いつの間に、二人仲良くなってたん!?」
父「母ちゃんが飯塚くんの生い立ち聞いたら……」
父、泣きながら自分の顔を殴り始める。
車、蛇行運転。
隼人・飯塚「ちょっと!落ち着いて!」
飯塚、後ろから父の胸ぐらを掴む。
飯塚「てめえ!ここで死ぬのは聞いてねえぞ!」
隼人、吐きそうになる。
○大学・校門
隼人、白いワゴンからヨタヨタと大学に向かって歩く。
飯塚、ダッシュ。
○大学・事務所窓口
先生「おー!きたきた」
飯塚「相変わらず、ギリギリ」
先生「今回は、ギリギリアウトじゃなくて、セーフやね」
飯塚「俺、卒業できるかな」
先生「生徒証カード持ってきた?一応、本人が来ないと駄目なんだよね」
飯塚、財布を漁る。ない。
先生、マジックを見せる。手から生徒証カードが出現する。
先生「生徒証カード、現地調達するのなんて、飯塚くんくらいだよ」
先生、笑って生徒証カードをカードリーダーにかざす。
先生「あれ、佐野くんは?」
自動ドアに這いつくばる、隼人。
飯塚「おお、そこで死ぬなよ」
隼人「飯塚さん……」
先生「佐野クーン!」
飯塚「生徒証カード必要だって」
隼人、ポケットから生徒証カードを出して、ヨタヨタとカードリーダーに向かう。
つまずいて、うつ伏せに倒れる。顔面を強打。前歯が欠ける。
以下、スローモーション。
手に持った生徒証カードが空を飛ぶ。
飯塚・先生、生徒証カードを取ろうと飛びつく。ガードを掠る。
隼人、仰向けになる。前歯が気管に入る。
隼人「ハゥッ」
隼人、息ができない。
飯塚、隼人の腹部を踏んで大きくジャンプ。
隼人「グボウッ」
隼人、前歯を吹き出す。一瞬、息を吹き返す。
先生「あッ」
先生、バランスを崩して隼人の頭に一直線に頭突き。
隼人、トドメの一撃。
飯塚、生徒証カードをキャッチして、かっこよく着地。生徒証カードをカードリーダーに翳す。
先生「(頭を抑えながら)痛タタタ」
飯塚、振り返る。
飯塚「隼人クン!(野球審判の動きで)セーフ!……オフザバッグ!なんつって☆」
隼人、気絶して泡を吹いている。
先生・飯塚、正座で隼人を拝む。
前歯が欠け、白目をむいたアホ面のアップ。
飯塚M「こうして、僕の一生は終えたのでした。親友に看取ってもらえたことが何よりの幸せものです」
隼人「(食い気味に)勝手に殺さないでくださいッ!……前歯のインプラント、結構高かったんですからね!」
飯塚、爆笑。


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