逸脱と調和:龍一の「ライオット・イン・ラゴス」が紡ぐ東洋音階の魅力
「ライオット・イン・ラゴス」はヒップホップの先駆けとも称えられる曲です。YMO時代の龍一が、日本でのYMOフィーヴァーにむしろ神経を参らせて、その反動でYMOの楽曲とは正反対の方向性のものを彼のソロアルバム「B2 UNIT」で追及したなかで、とりわけ際立っていたのがこの曲でした。YMOの方向性に否を突き付けるために作り上げたこの曲を、誰よりも高く評価したのがYMOのリーダー・細野だったというのは非常に興味深いことでした。
ところでこの曲のピアノ演奏版が2004年の彼のアルバム「04」に収録されています。本人監修のこれのピアノ楽譜があって、彼の解説コメントも付随しています。先日それを再読して、面白いことに気づきました。この曲は旋律に対して四度下に完全に同じ形の副旋律があります。たとえば旋律フレーズが「ラドレファソレミドラ」のとき、これの四度下に「ミソラドレラシソラ」という副旋律が付いてくるように設計されていて、もしこの設計でないとこの曲の魅力が半減してしまうのですが、作曲者によるとこの設計は計算されたものではなく作曲中に半ば偶然生まれたもの(らしい)のです。
プロフェット5(PROPHET-5)というシンセサイザーを当時彼は好んで使っていました。このシンセは、いくつものつまみを操作すると、たとえば「c」の音を弾くとそれと同時に違う高さの音を鳴らすことができました。彼は「ライオット・イン・ラオス」をこのシンセで作曲中、この設定をオフにしないまま音を出していました。4度下の音がいっしょに鳴るような設定で鍵盤を鳴らしているうちに、この曲の旋律ができあがったようです。
この曲の主旋律は「ラドレファソレミドラ」、つまり東洋音階「ラドレミソ」よりひとつだけ逸脱した音が混じっています。この音階を好んで使っていた彼が、この曲に関してはどういうわけかここから逸脱した音を使って旋律を組み立てたのです。そのことを本人もこの楽譜に付けられた解説コメントのなかで不思議がっていました。
彼は終生気づかなかったようですが、4度下に同じ音型の旋律をサブで(偶然)つけたことで、東洋音階「ラドレミソ」からの逸脱をこの曲は巧みに防いでいるのです。主旋律の「ラドレファソレミドラ」には「ファ」という逸脱音があるけれど、この音が鳴るとき副旋律では「ド」が鳴るので、こっちは東洋音階から逸脱しないのです。
また、副旋律で「シ」という、東洋音階から逸脱した音が混じるときは主旋律では「ミ」が鳴っていて、これは同音階より逸脱していないわけです。
このように、主旋律と副旋律のペアが、どちらかが東洋音階よりはみ出してももう一方が東洋音階に留まるため、全体としては同音階が保持されるよう、この曲はできているのです。
龍一の楽曲の特徴のひとつに、旋律と和声進行がそれぞれ異なる調に属しているというものがあります。彼がこの作曲技法について語ったものが見つからないということは、彼はこの技を終生気づかないで使っていたことをうかがわせます。「ライオット・イン・ラゴス」にいたっては和声進行が存在しない、すなわちワンコードの曲でありながらも、旋律と副旋律が完全に平行しつつ異なる調に属するゆえに、龍一のこの作曲技法をむしろフルに生かしたものとなったのです。これがアフリカのポリリズムを強く意識したビートにのったとき、この曲は前代未聞の斬新な音楽となったのです。アメリカの黒人ミュージシャンたちがYMOメンバーによる楽曲のなかでとりわけこの曲に刺激されたのもうなづけますね。
[英語版もあるでよ]
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