天才ディラック(24歳)の1926年論文を解読するのだ・その8
⇩ の続きです。
「どこまで話したのだったかなワトソンくん」
前回は論文の第三節まで説明してもらったから、今回は第四節だ。
「ああ、これは理想気体分子について論じたものだ。前回説明した第三節は、電子の相互関係についてだったが、同じ関係が気体分子についても当てはまるんじゃないかと思って、少しばかり計算してみたんだ」
電子と気体分子ではスケールからして違いすぎないかホーム…いやディラックくん?
「酸素分子 $${O_2}$$ の質量は約 $${5.32×10^{26}}$$ で、電子の質量はその十万分の一だ。スケールが違いすぎるという指摘はもっともだ」
それをどうして電子のアナロジーで語ろうというのだね?
「この論文ではあまり触れなかったのだが、アインシュタインは光を粒子と見なす説を1905年に提唱して、その当時は誰にも理解されなかったが、後にこの説でノーベル物理学賞を授けられているね。いわゆる光量子説だ。さらには1924年に、インドのボースが、どの光子も互いに交換可能とする論文を彼に送りつけて、アルに激賞されている⇩」
ああ、あれか。
「あれだよ。実はくだんの論文でそこまで言語化はされていなかったのだが、アルは彼の導き出した数式を一目見て、そのことに気づいた。色分けされたボールの並べ方は $${4!}$$ 通りだが、色分けされていないボールであれば並び方は1通りしかない。 光子は後者なのだと」
ふむ。しかしそれが気体分子とどう絡んでくる?
「光は波であることは、確定事実とされていたところに、若き日のアルは否を突き付けた。波ではあるが、同時に粒子でもあると。この信念を支えたのは、気体分子と光の類似性だ。当時すでに形になっていた、光についての数式が、気体分子運動論のものと酷似していることに、彼はただひとり気づいていた」
プランクの1900年の研究に目を通して、アインシュタインはそのことに気づいたのだったね ⇩
「後にボースの論文に衝撃を受けたアルは、光子が色分けされていないボールなのだとしたら、気体分子についてもそうなのではないか、と想像した」
ああ論文を書いているねアインシュタイン。"Quantentheorie des einatomigen idealen Gases" (単原子理想気体の量子理論)。1924年。
「この論文については後日語ることもあるだろうから、今は深入りしない。とにかくアルは、光子と気体分子の性質の類似性に、若い頃から関心を寄せていた」
ふむ。
「ぼくはぼくで、彼のそうした関心に関心を寄せてきた。今回の論文の第三節で、電子と電子が反対称的、つまりペアになっていることを論証した。光子が対称的であることは、アインシュタインもいうようにボースの論文にある数式から容易に読み取れる。そして、気体分子が光子といろいろ類似点があるのだとしたら…」
対称性があるのではないか、と?
「そんな風に想像してみるのも、そう飛躍した推理とは言えないだろうと思ってね、それで少しばかり計算してみた」
$${({p_x}^2+{p_y}^2+{p_z}^2-W^2/c^2+m^{2}c^{2})ψ=0}$$
$${\left( \frac{\partial^2}{\partial x^2} + \frac{\partial^2}{\partial y^2} + \frac{\partial^2}{\partial z^2} \right) \psi - \frac{W^2}{c^2} \psi + m^2 c^2 \psi = 0}$$
何だねこの数式は?
「自由空間で運動する質量 $${m}$$ の単一分子に対する波動方程式だよ」
どうやってこれが導出できる?
「時間に依存するシュレディンガー方程式を使えば簡単だよ。あれはもともと、波動をはらむように作られた方程式だから、気体分子の波動についても使える」
ちょっと待ってくれホーム…いやディラックくん、気体分子が波打つとどうして断定できるんだ?
「おいおいワトソンくん、アルがすでにそこのところを論証しているよ。先ほど紹介したと思うが」
ああごめんごめん、きちんと読んでいないので。
「後日説明するしかないか。それは置いといて、くだんの運動方程式の解はこんな風になる」
$${ψ_{α_1α_2α_3}=exp.i(α_1x+α_2y+α_3z-Et)/h}$$
「ここで $${α_1}$$, $${α_2}$$, $${α_3}$$ と 𝐸 は定数であり、次の条件を満たす」
$${{α_1}^2 + {α_2}^2 + {α_3}^2 - \frac{E^2}{c^2} + m^2 c^2 = 0}$$
どうやってこれが導出できるんだねホーム…ではなくてディラックくん?
「ラプラス演算子を使った平面波解を使うことだ。計算は少々長くなるのでこの論文では省かせていただいた」
あなたにとっては自明でも、読む側にすれば置いてきぼりだよ。毎回そうだ。
「学生向けの練習問題として残しておこうってところさ、ふふ」
「続くよワトソン君」
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