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彼は「戦メリ」をどうやって作曲したのか?(その26 - イントロについて)

25からの続きです。

これまでプロフェッサー・サカモトの楽曲をいろいろ分析してきましたが、現在続けている「メリークリスマス・ミスターローレンス」については、それまでとは違うやり方で分析を行っています。

完成した曲(すなわち完成した楽譜)を ♪ に分解していく、リヴァースエンジニアリング的なやり方を、今年(2023年)元旦より「ラストエンペラーのテーマ」を皮切りに行ってきました。

しかし「戦メリ」については、完成品を分解していくというよりは、作曲者がどういう風にこの曲を組み立てていったのかを、追体験していくような語りを心掛けてきました。

ざっとおさらいすると、

① サブドミナント和音を母胎にした響きをひとつ最初に用意して、
② それを「ミ↘レ」と「レ↗ミ」の二パターンにして、
③ 前者をイントロ(Ⓐ)、後者を主旋律(Ⓑ)にして、
④ この二つが交代で現れ、消えてはまた現れるようにする…
 

喩えるならば双子(性別違い)が交代でステージに現れて、着ている服やメイクや髪型が、この二人が交代で現れるたびに少しずつ変化している、そんなモダンダンス。

Ⓐ  Ⓑ  Ⓐ' Ⓑ'  Ⓐ'' Ⓑ''  Ⓐ'''


主旋律セクション(Ⓑ)についてはすでに解説したとおりです。一方でイントロ・セクション(Ⓐ)については、これまで腰を据えては説明してこなかったように思うので、これより語ってみようと思います。


恒例のドレミ入れ、いきます。

小節順に名付けていくと…

「ファ・ラ・ド・ミ」和音→「ソ・シ・レ・ファ」和音→「ミ・ソ・シ・ド」→「ラ・ド・ミ・ソ」和音

三つ目の「ミ・ソ・シ・ド」和音については「ラストエンペラーのテーマ」分析よりこれまで何度か取り上げてきたとおりです。要は「ド・ミ・ソ」とも「ミ・ソ・シ」ともとれるので、後者の解釈を取ってこの後四度上に進行(これって王道の進行ですねオードー)すれば「ラ・ド・ミ・ソ」和音を置けます。

一小節目の和音は、主旋律(Ⓑ)の最初の和音と同じ。二小節目についてもそう。しかし三小節目と四小節目についてはⒶとⒷは和音の前後が違う。Ⓑでは4小節目で航空機がわざと急降下して機内をいっとき無重力状態にする技が使われているのに対し、このⒶさんはというと、そういう大技を使わない、オーソドックスな進行をしています。王道の4度進行。

さらにその後「ラ ↘ ソ」進行して…

冒頭の「ファ」に戻ってくる…


ああそれからこの四小節、旋律の基本線は「ミ」「レ」「ド」の下降なのですが…


動画再生してみると、「ド」は肝心の4小節目後半(下の緑で括った部分)の旋律内では鳴っていない、それにもかかわらず「ド」が聞こえてきます。脳裏というか鼓膜の内側に。


どうしてか、わかりますか? 「ラ・ド・ミ・ソ」和音を並べなおして「ソ・ラ・ド・ミ」にした…と同時に「ド・ミ・ソ・シ」和音も兼ねているのです。トニック和音をメジャーセヴンス化した和音です。これは安心感と切なさが同居した和音ですので、とりわけマイナー和音の後にこれが来ると、ほっとした感じがでます。ほっ。

その作用で、私たちの耳が「ド」を脳裏で補うのです。「ド・ミ・ソ・シ」和音の香りがすると、ルート音「ド」が実際にはボトムにはなくても耳が「ド」を意識して、旋律のなかに「ド」を聴き取ってしまう、すなわち言いかえれば「ド」を旋律中に挿んでくるのです。


以下の動画をご覧ください。1990年暮れ、ニューヨーク・ハレム街にあるアポロ劇場での、龍一教授そのひとによる「戦メリ」イントロ演奏。「ミ」「レ」「ド」がそれぞれ痙攣しながら繋がっていく、この順に下降していく。ミミミミミミ、ミミミミミミ、レレレレレレ、ドドドドド。


前回分析した、第二間奏部で「ミミミミ」「レレレレ」「ドドドド」と旋律が全音下降していく様と重なりますね。


ふう。今回までで、この名曲中の名曲「戦場のメリーさんの羊」を形作る骨々を、ひととおり提示し、説明しました。大腿骨、頭蓋骨、肋骨など。

これらのパーツでボーンでセグメントなシーケンスをセクションなコンポーネントとして、作曲者はどうやってひとつの曲に完成させていったのでしょう。

次回よりいよいよ、完成品つまり楽譜を頭から順に分解しながら、彼の設計思想を探っていきます。


"O Deus, te rogo, ignosce mihi pro peccato meo conatus peccatorum ad hoc opus sublimitatis ultimae mente analytica accedere, nunc pars hereditatis humanitatis. Da mihi veniam temporariam et aeternam tuam protectionem..."

つづくよ





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