彼は「戦メリ」をどうやって作曲したのか?(その8)
その7からの続きです。
前回「ファ」の和音について説明しました。
正しくはサブドミナント和音といいます。「ファ・ラ・レ」の和音。
この和音が鳴ると、続く和音はたいてい「ソ」の和音です。たいていです。そうでない場合もよくありますが「ソ」の和音に続いていきます。「ソ・シ・レ・ファ」の和音のことです。
どうしてそうなるかというと…検索すればわかるので検索してみてください。ちゃちゃっと説明すると、英文法で「主語」→「動詞」→「目的語」→「補語」という風に文の基本形ができていると習ったのを思い出してください。ああいうのが音楽理論にもあります。「サブドミ和音」→「ドミナント和音」→「トニック和音」のスタイルも、そのひとつです。
譜面にすると、こんな風。
実際に聴いてみましょう。
三つ目の和音「ド・ミ・ソ」で着地する感じがします。これがトニック和音です。着地!って感じの和音。
この和声進行に「メリークリスマスミスターローレンス」の主旋律を、のっけてみます。
どうでしょう皆さま? 「微妙に違う」と思ってくださったでしょうか。
どこが微妙に変なのかというと、三つ目の和音です。(緑で括った小節)
どうか三つ目の小節によーく耳を傾けて再度聴いてみてください。
曲が着地してしまうのです。これでおしまい、めでたしめでたしといわんばかりに。
3小節目でめでたしめでたしになってしまっては、曲が続きません。何か違う和音に取り換えないといけませんね。
こういうときは「ラ・ド・ミ」の和音に取り換えるという手があります。
聴いてみましょう。
微妙に良くなっている気がします。着地しそうでしない感じ。
ただ音が急にずーんと低くなってしまうので、各音の縦の並びを以下のように入れ替えてみます。
どうでしょう、先ほどのものより和音の流れがスムーズになってきました。
こういう和声進行を「Ⅳ→Ⅴ7→Ⅵ 」とローマ数字を使って示すことがあります。ファが四度の音、ソが五度の音、ラが六度の音なので、それぞれローマ数字でⅣ、Ⅴ、Ⅵ。(ちなみに「7」とあるのは短七度の音も付いてるよーという印です)
最初に紹介した和声進行が「Ⅳ→Ⅴ7→Ⅰ」でした。この「Ⅰ」を「Ⅵ」に取り換えることで、着地感(めでたしめでたし感覚)をうまく消して、ここからもっと曲は続くよーと印象付けるのです。
どうして「Ⅰ」を「Ⅵ」に取り換えると、こんなにニュアンスが変わるのかというと…簡単にいうと後者は「ラ・ド・ミ」和音つまりマイナー和音だからです。マイナーだからどこか陰影があります。めでたしめでたし感ではなくて。
「Ⅴ7」つまり「ソ・シ・レ・ファ」和音から、「Ⅵ」つまり「ラ・ド・ミ」和音に続けると、そこに「ファ↘ミ」の半音下降が生まれます。この半音下降線があると、一見唐突なつなぎに思える和声進行でも、スムーズに聞こえてしまうという面白い現象があります。それを使って「Ⅴ7→Ⅵ」の進行を成り立たせています。
実はもうひとつ「V7→Ⅲ」という進行が、これと同じ技によって成り立ちます。「メリークリスマスミスターローレンス」でも使われているのですが、どこだと思います?
ここです!(緑で括ったところが「Ⅲ」)
この3小節ぶん、和声進行は「Ⅳ→Ⅴ7→Ⅲ」です。主旋律冒頭と同じく「Ⅳ→Ⅴ7」と進んで、しかしこの後「→Ⅵ」ではなく「→Ⅲ」に進むのです。
Ⅴ7は「ソ・シ・レ・ファ」で、Ⅲは「ミ・ソ・シ」ですので、Ⅴ7→Ⅲの進行には「ファ ↘ ミ」の半音下降線がみられます。これのおかげで Ⅴ7→Ⅲ の進行がスムーズに成り立つのです。
「Ⅴ7→Ⅵ」も「Ⅴ7→Ⅲ」も、要は「Ⅴ7→Ⅰ」を避けるための裏技です。「→Ⅰ」に進むと、そこでめでたしめでたしになってしまうので、そうならないよう「→Ⅳ」や「→Ⅲ」に進ませているのです。
どうしてそこまで「→Ⅰ」を嫌がるのかというと…前回説明したように、この曲は浮遊感を強く意識しています。東洋でも西洋でもない nowhere land の音楽を、作曲者は目指しました。そこに「→Ⅰ」を使うと着地感が生じてしてしまうのです。
「メリークリスマスミスターローレンス」は浮遊感で一貫した曲です。着地しそうでしない、するかと思わせて、しかしよく見ると着陸脚は出ていなくて、再び空に舞い上がっていく、そんな繰り返しの曲です。「→Ⅰ」は着陸の進行なので、それは避けて「→Ⅵ」や「→Ⅲ」を使って滑走路ぎりぎりから再び空に上がる…
いいですか皆さん「メリークリスマスミスターローレンス」は、滑走路に着地しそうでしない、そういう反復運動をしながら、やがて夢現のかなたに消えていく、そういう風にデザインされた楽曲です。
このことをどうかしっかり頭に入れておいてください。
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