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設立から35年。岡山の教育と文化活動の発展を支える、公益財団法人福武教育文化振興財団インタビュー

公益財団法人福武教育文化振興財団を知っていますか?

福武書店(現ベネッセホールディングス)を築いた福武哲彦氏の想いを引き継いでつくられた、岡山県内の教育、文化の振興のための活動支援や、世界で活躍する人材を育てることを目的とした財団です。

毎年、岡山県の教育と文化に携わる活動をしている方々を表彰・助成し続けて、今年(2021年)で設立35年。表彰・助成される方々は芸術から福祉の分野まで幅広く、多様な活動を下支えしています。

時代や価値観が変わっても、創設時から変わらず岡山の地で市民活動を支え続ける福武教育文化振興財団。

今回は、事務局の小川隆正(おがわ たかまさ)さんと、広報を担当する和田広子(わだ ひろこ)さんにこれまで助成をしてきた団体のエピソードや、財団で大切にされている想いを伺いました。


福武教育文化振興財団


1986年設立。「福武書店」を創業した福武哲彦氏の遺志を受け継いで、長男の福武總一郎氏が「福武教育振興財団」を設立。1996年に、財団設立10周年を記念して「福武文化振興財団」が設立。2006年、効率化と活性化を図り、2つの財団が「福武教育文化振興財団」として統合。

岡山県の教育と文化の発展に寄与する団体や個人に対し、公募型の教育文化活動助成を行う。これまでにオーストラリアや中国への若者の派遣事業、瀬戸内国際芸術祭関連事業や「犬島 海の劇場」などの事業も行う。


財団設立の経緯

——福武教育文化振興財団設立の経緯を教えてください。

小川(以下敬称略):福武教育文化振興財団は、設立されてから今年で35年目になります。福武哲彦氏は、「文化は、即座に収益面でプラスにならないかもしれないが、私は「文化」からはずれるような仕事はしたくない(略)例えば、福武文化財団の構想などは、私のビッグドリームである」との言葉を遺しました。

その遺志を引き継いで、長男の福武總一郎氏が設立したのが「財団法人福武教育振興財団」です。後に「財団法人福武文化振興財団」が誕生し、教育と文化で分かれて助成活動を行っていました。

しかし、教育と文化の両輪で事業を行うことはより効果的ですし、それらを融合させることで新たな活動も創造されます。
こういった理由から2つの事業が合併され、「福武教育文化振興財団」として2006年に再スタートしました。


——これまで助成・表彰してきた団体や個人の数を教えてください。

小川:2020年度までで、3,236件の公募助成をしてきました。
広く一般の方々に応募していただいて、審査委員会で助成する対象を選ぶものですね。

総額で約6億5500万円でした。公募以外の助成、例えば教員に対する英語研修事業や国吉康雄の作品を活用した美術鑑賞教育コンテンツの開発などを合わせると、合計15億円の助成を行ってきました。表彰は、総計で246件に上ります。

助成や表彰対象となるのは、岡山県と関わりのある方々です。
岡山県で活動されている方はもちろん、岡山出身や岡山に住んでいたことがある方々も対象です。

一例を挙げますと、作家の原田マハさんは東京都出身ですが、小学校から高校まで岡山で暮らしていました。
作品には岡山の方言や地域が度々登場しますし、映画化された「でーれーガールズ」も全て岡山で撮影されたということもあり、2015年度に福武文化賞受賞に至りました。


——岡山県出身の個人に限らず、多くの活動を助成されているのですね。

小川:はい。たくさんの多様な活動を行う団体や個人を助成しているので、毎年表彰式や成果報告会などを開き、皆さんが一同に会する場所を用意しています。
その場ではピアニストや合唱団に発表をしていただいたり、数組の助成団体にもプレゼンテーションで活動内容を共有していただいています。

いつも400名くらいが集っていたので、会場は熱気と高揚感に包まれ、一種のシンボリックな瞬間。そこで活動についての情報交換も行われ、皆さまも、財団としても有意義な時間でした。

ただ残念ながら、今年はコロナの影響で大きな集まりを開催することができませんでしたが、代わりにオンラインで開催しました。その他、地域別の助成対象者交流会もオンラインで始めました。

オンラインではあの時のようなシンボリックな高揚感は味わえませんが、参加者同士が交流しやすくなったという利点があると感じています。


芸術から福祉まで、助成金が後押しに

——これまで助成・表彰してきた中で、印象に残るエピソードはありますか?

和田:どれも印象に残る活動ばかりですが、最近では、「RESAS☆温羅カフェ地域データ分析研究会」は印象的でした。

RESAS(地域経済分析システム)とは、地域の産業や人口とその流れなどを地図やグラフで分かりやすく可視化するシステムのことです。

県内の商業高校の教員である川崎好美さんは、RESASを使用すれば町の動きとその仕組みが理解でき、自分の地域のことを自分で考えるツールなるのでは?と思いつき、RESASを用いて地域について考える勉強会の活動を申請されました。

それを学校教育に持ち込み、今では教育現場でRESASの活用に取り組む第一人者です。そのように活動が発展していくのを見ると、こちらもワクワクします。

以前、川崎さんは助成を申請することについて「何より完璧に計画通りできなくても、本気でやろうとしたことの失敗を認めてくれる財団だということもわかりました。ただ、成果報告として常に自分の取り組みがつまびらかにされる。この覚悟と責任を持っていれば、自分が自分に「やってみなはれ」の場を創っていけばよいと思っています。」とお話してくれました。

老いと演劇OiBokkeShi」代表の菅原直樹さんは、助成活動が評価され、表彰も受けました。

菅原さんは、東日本大震災を機に関東から和気町に移住して来ました。元々は東京の劇団で俳優として活動されていましたが、後に介護福祉士になられました。

介護と演劇はものすごく相性がいいと仕事を始めてすぐに感じたそうです。和気町に移住して、介護と演劇を結び付けて演劇活動をしたいと同じ移住者の方に話したところ、福武教育文化振興財団の助成を紹介され、申請を決めたそうです。

取り組みを開始するにあたっては自己資金が足りなかったそうですが、財団からの助成金が後押しになったと教えてくださりました。今では全国から注目されるまでになり、2019年度の福武教育文化奨励賞も受賞されました。今年の秋にはイギリスでも作品を上演されると伺っています。和気町で生まれた活動が世界へ。


一歩ずつ活動を積み重ねて、目標に到達していく。皆さんのそんな姿を見るのを楽しみにしています。

小川:私は、山地真美さんという岡山出身のピアニストの方が印象的です。

山地さんは岡山大学を卒業した後、周囲の反対を押し切って就職を辞めてピアニストの道を志しました。
上京してピアニストとして活動する姿を偶然テレビで見た時に、その姿に感動したんです。
それから、SNSでこちらから連絡し、公募助成へ応募のお誘いをしました。

表彰されて以降も、各地に設置したドローンの映像と屋外での演奏を組み合わせた作品「浮世音」を発表して地域の魅力を発信するなど、非常にユニークな活動を続けていらっしゃいます。

助成するだけでは終わらない

——財団側から応募を持ちかけることもあるのですね。

和田:「皆が財団のことを知ってくれている。こちらは待っていれば良い」という構えた姿勢でいることはありません。
財団について知らない方はまだまだ沢山いらっしゃって、必要な方にアプローチしきれていないと感じています。
本当に必要としてくださる個人の方や団体が応募してくださるように、こちら側から働きかけなくてはいけません。

小川:周知の仕方にも様々ありますが、こちらがアプローチできる範囲には限界があります。なので、受賞や助成された方々にもその体験を発信していただきたいです。
応募してくださる方々は、活動に対する想いやこれまでの苦労といったエピソードを持っています。それらは唯一無二の体験で、多くの人の励みになります。

そういったエピソードを受賞の体験と共に、周囲に発信してくれたら嬉しいですね。

そうやって口コミで財団のことが認知され、応募してくれる方が増えて地域振興につながったら良いなと思います。


——多くの人々に認知してもらうことがまず必要ですね。他にも現在抱えている課題はありますか?

小川:助成金を出すだけで終わってしまっては勿体無いと感じています。
せっかく魅力的な活動をしている方々を毎年助成しているので、もっと助成を受けた方同士が交流できる仕組みを作りたいですね。
そこからシナジーが発生して、また魅力的な取り組みが始まるかもしれません。

私たちが表彰や助成するのは教育や文化に関わる活動です。しかし、アーティストや福祉の現場で働く方々も対象としてきたように、実際には多岐にわたる分野の活動家がいらっしゃいます。自分と近い活動の方もいれば、全く異なる分野の活動を行う方もいます。

当財団を、そんな方々が繋がれるネットワークにしていきたいです。

和田:アフターフォローは課題です。事務局長が仰る通り、助成を受けられた方々のネットワークを作ったり団体をマッチングしたりして、気づきや学びももっと生んでいきたいし、活動の発展につなげていきたいです。

それと、助成された団体の課題は、私たちの課題でもあります。中でも一番に挙げられるのが、長期的な資金のやりくりですね。

多くの団体が営利団体ではないですし、私たちも永遠と資金提供するわけにもいきません。財団からの助成金を受けている間に、資金的に自走できるような仕組みを構築できるのが理想的です。

また、周りの方々が助成された活動に共感しやすくする仕組みも作りたいです。
岡山で取り組んでいる活動でも、他の地域に通じることがあります。


メディアを利用してその活動内容を発信して共感を生み、応援してくれる人たちが増えたら良いですよね。


——初期に表彰していた方々と、近年表彰している方々に違いは見受けられますか?

小川:設立当初は、既に別の賞を複数受賞しているような活動を、財団が改めて表彰することが多かったです。従来の学校教育から派生した取り組みや、これまでのやり方の半歩先を行くような教育研究が表彰されていました。

しかし、時代や価値観は変化しています。それに合わせて財団の在り方も変化しています。今は学校の枠組みを超えて地域とかかわっている方々や、新しいものを創って活動していく方々を表彰していくようになりました。

そのような活動は最初を小さなものかもしれませんが、財団が活動を発展させる後押しになればと思っています。


そういった意味では、財団も変わってきていると感じます。

地域に根ざし続ける

——30年を越える活動から見えてきた、岡山県の教育課題はありますか?

和田:地域と学校、地域と企業、地域と家庭などといった結びつきがまだ上手くいっていないように感じます。ですが、地域と学校が連携した活動の申請は、年々多くなってきているので、連携が活発になれば良いですよね。

また、学校や家庭に次ぐ第3の居場所の創出を目指す申請活動も多くみられます。子どもたちには第3の居場所が必要だと言う方が数多くいらっしゃいますね。

これは幼児期や高校生といった時期を限らず、どの教育段階にも共通の課題だと思います。


——全国には数々の財団が存在しますが、福武教育文化振興財団が他の財団と異なる点はありますか?

小川:福武教育文化振興財団は、岡山の地域に根ざしています。
多くの財団が全国規模で運営されている中、当財団はずっと岡山に関わりがある団体や個人を対象としてきました。

そうすることで、私たちは助成された方々の顔が見えます。
小さなエリアに限定していると、情報や口コミが伝わりやすいですよね。
助成を受けた方同士も元々知り合いだったなどといったことも良くあり、そこの結びつきが強まることで多くのメリットがあると思っています。

以前助成させていただいた、県外から移住してこられた方に、なぜ当財団の助成金に応募したのかお話を聞いてみました。
すると、その地域に過去に助成金を受け取ったことがある方がいたそうです。
その方から財団の存在や仕組みについて聞き、応募に踏み切ったと教えてくださいました。

地域に存在する繋がりを生かし、それをより強化できるのが私たちの強みだと思っています。


——これからも地域に根ざし続ける福武教育文化振興財団ですが、岡山県の人々にとってどのような存在でありたいですか?

小川:恥ずかしながら、私自身若い頃は助成の制度や財団の設営についての知識がありませんでした。
その反省もあって、世の中には財団というものがあり、様々な角度から市民の活動を支える人たちがいることを皆さまにも知っていただきたいです。

私たちの存在がじわっと多くの方々に伝わって行って「あなたも活用してくださいね」というメッセージが届いたら良いですね。

  

和田:活動している団体の中には、社会活動をしている意識がない方もいらっしゃいます。その活動が公益になっているということをお伝えするのも、私たちの仕事かもしれません。
何かしたいと思っている方が一歩踏み出せるように、人々を支える財団でありたいですね。

私は、市民活動が活発な地域は、良い地域だと思っています。
小さな活動でも様々な分野で発生して成長していけば、地域が活性化すると信じています。

逆に、活動する人がいなくなったら地域は疲弊してしまいますよね。
当財団が岡山の教育と文化にかかわる活動、それに携わる方々と地域そのものの発展に寄与できたら良いです。

当財団があることで、教育や文化に携わる皆さんが安心して活動できるようになってくれたらと思います。

——最後に、お二人が大切にしている教育の価値観を教えてください。

小川:学校は閉じられた空間です。
先生や学生も、そこだけで一つの社会が形成されているように感じるかもしれません。

でも、一歩外に出れば面白いことが溢れています。暗記したり良い成績をとることだけでは、極端に言うと意味がありません。
それよりも自分の好きなことについて懸命に勉強して、仮説と検証を幾度も繰り返してほしいです。

失敗しても、好きだから続ける。
そうやって私たちは学びます。

私が先生だったら教科書も使わずに、そういう自由な教育ばかりしてしまうと思います(笑)

でも、このような学習方法は、既存の教育制度では難しいですよね。代わりに、それを実現してくれるような「生きた教育」をする方々を私たちは助成しています。


このような教育を増やしていき、混沌とした世の中を子どもたちに生き抜いてほしいです。

和田:子どもたちには、体験を大切にしてほしいです。五感で、全身で何かを感じることは自分にしかできないことです。

色々な経験をして、失敗や挫折も恐れないでいてほしいです。

財団が助成している方々にも、トライ&エラーを繰り返していただきたいですね。

失敗しても、何で失敗したのかと、次はどう改善できるかが分かれば助成した価値はあります。それを積極的に社会に発信していただき、皆で共有し合う。


そうやって岡山の教育や文化が発展していく一助に、当財団がなれたら良いと願っています。


インタビューを終えて

助成する側は、数多くの応募者の中から対象者を「選び」ます。それは同時に、数多くの「選ばない」方々を生み出すことでもあります。

それでも「本当に必要としている方に応募してほしい」と、財団の認知度をより一層高めることに尽力されているのが、小川さんと和田さんでした。

福武教育文化振興財団が助成したプロジェクトが、今後どんなふうに社会を変えていくのでしょうか。

問いは続きます。

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この記事は、過去のインタビューを『無花果シロ』としてnoteに移転したものです。現在と状況等変わっている場合もあるかもしれませんが、その場合はご了承ください。

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