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アクセル・ワールド(川原礫)を読みました

これは、ライトノベルを久しぶりに手に取った社会人の #読書感想文 です。心の声を恥ずかしながらお見せする、日記のようなものになっています。ネタバレを避けて、ライトに読めるように心がけました。10分くらいで読めますが、楽しんでもらえると嬉しいです。

過去の自分

ライトノベル、通称ラノベを最後に読んでから、7年が経ちました。

初めて読んだのは高校生の頃の「とある魔術の禁書目録」でした。ちょうどアニメ化されていて、興味が湧いたので本屋さんに突撃。参考書以外を買うことはめったに無かったので、レジの前ではドキドキが止まりませんでした。熱い主人公上条当麻と、可愛いけど闇の深いインデックスさんの物語を読んでいくのは楽しかったです。

アニメ化されている作品を中心に、電撃文庫さんやファミ通文庫さんの新刊をチェックして、緊張しながらアニメイトやジュンク堂に行く日々でした。ところが、受験の1-2年前になると、買ったはいいものの、家の中に積まれるようになりました。その後アメリカに留学してからは、もうすっかりご無沙汰でした。

小説を読むというのは、結構疲れます。文字を読んで、想像して、感動する。そのプロセスで脳をバリバリ使っているという感覚は、高校生の頃はありませんでした。しかし、読んだ後にポケーっとするのは、身体中のエネルギー、カロリーが持っていかれるからですね。私が小説から離れていたのは、それが疲れるものだと無意識のうちに知っていたからかもしれません。

大学で心理学と脳科学を学んだ後、さあ未来は輝いている、社会人になって、やりたいことをやれ、と言われる時が来ました。そんなこと言ったって、自分が貢献できることもよく分かりません。一人暮らし、大学、仕事と続いて、心は疲れ切っていました。そこで、両親には申し訳ないと思いつつ、しばらく実家で暮らすことにしました。やりたいゲームもありましたから。

あるとき、家の至る所に散らばっている、ラノベを一か所に整理しました。自分が買ったまま読んでいないものや、弟が読んでいたものを含めるとおそらく100冊以上あります。その時はまとめるだけで満足しましたが、半年後、どうしても何も手につかない私は、本棚に収納したラノベの1冊を手に取ることにしました。ライトノベルにしては短いカタカナのタイトル。表紙には美しい令嬢。

自己啓発本やハウツー本は世の中に星の数ほどありますし、人生のこともググれば答えが見つかるかもしれません。なのに、その勇気が無く、ラノベの中に答えを探してしまいました。可愛い女の子がいて、読みやすいというのも大きいですが、それ以上にストーリーの力のおかげかもしれません。たとえ効率は悪くても、普段考えたくないことを想像できる。怠惰や悲嘆といった自分の大罪に立ち向かう恐ろしさを、和らげてくれる、そんな気がしました。

川原礫「アクセル・ワールド」。この時なんとなく選んだ本が、その後の人生を変えた!というような、熱いストーリーを語るほど、自分はまだ変わっていないと思います。しかし、脳や心を勉強し、ゲームを遊び、不安をかかえる自分にとって、この小説はピッタリすぎました。

現在の自分

オドオドして何もできない自分を嫌い、人前で上手く話せず、ゲームで気持ちを紛らわす主人公のハルユキ君は、笑ってしまうくらい自分そっくりです。おまけに、最近年上の女の子も悪くないなと感じ始めている中で、メインヒロインの黒雪姫先輩。ナニコレ、私の理想の未来ですか、と思わずにはいられません。

アクセル・ワールドは、現実とゲームが干渉しあっている世界です。8年前、同じくゲームの世界を描いた作品「ソードアート・オンライン」通称SAOのアニメがありました。その時は、あーフルダイブ怖いなー、黒幕さん変態だなーと眺めて終わりました。そして現在、既視感を感じつつアクセル・ワールドを9巻まで読んだのですが、3巻あたりで作者が同じと分かって、えっあっ、と頭が故障した感覚は、今でも若干残っています。

小説を読むのは、修行のような感じがします。物語は前半でまず問題と絶望感を出さないといけないので、心に余裕がない時は苦しいです。現実もつらいのに、小説を読んでもつらくなるなんて。一気にたたき落とされると、精神的にきつくなって頭を抱えることもあります。

アクセル・ワールドでも実は2度ほど、つらくなって休憩を挟んでいます。でも、本になっているからには、最終的には終わりが来ます。それを、お願いします作者さん!と懇願しながら読み続ける自分がいました。

ストーリー内では、主人公であるハルユキ君に、お願いしますと思いながら。そして希望が見えたとき、どんなに道のり(ページ数)が長くても、先へ先へと読んでしまうのです。一段落するまで巻をまたぐこともありましたが、不思議と長すぎるとは思いませんでした。これは作者の技量ですね。

綺麗に解決されていると、読んだ後は気分が晴れます。もちろん、なるほどなぁ…と考え込みますが、マイナスの気分にはなりません。強いて言えば、また遅くまで起きてしまったと嘆くくらいです。そして、主人公が本当にヒーローに思えたり、ヒロインがヒロインに思えたりしてくるのです。しかもこの作品では、悪役にも同情してしまうのが、困りものです。

頭の中では

脳科学を勉強したゆえに思ったこともあります。アクセル・ワールド「加速世界」では、心臓の鼓動が思考のペースメーカーとなっており、それを機械的に増幅することで、一瞬の感覚を1000倍に引き延ばすしくみが説明されています。緊張して心臓が高鳴るとき、時間の進みを遅く感じたりするということは実際あります。しかし、心拍数と脳のスピードが比例しているというのは考えにくいです。例えば、全力疾走した直後に計算能力が上がる、ということはありません。ただ、脳の中には実はそれに似たものがあります。

脳の奥には、青斑核(せいはんかく)という、ペースメーカーが存在しています。この部分は、時計の音がカチカチと、あるいはソナー音がポーンポーンと鳴る感じで、定期的に信号を送っています。眠っているときはゆっくり、起きているときには速く、集中しているときにはさらに速くなります。睡眠や覚醒に関係しているこの部分を、首につけるデバイス、ニューロリンカーが強化したとすれば、理解できなくはありません。一歩間違えれば、危険なクスリと同じですが。

また、生身では1000倍というスピードは不可能です。50kgの人が1時間座って読書をすると60kcalくらい消費するのですが、もし加速世界で現実の1時間、つまり約40日を過ごしたとすると、60,000kcalを消費して、死に至ります。また、ニューロンの発火スピードには限界があるので、1秒間に何千回も信号を送ることはできません。

となると、ニューロリンカーが肩代わりしているはずですが、いったいどこまで処理しているのでしょうか。光や音を理解したり、言葉を紡ぐのは、意外と時間がかかるものです。1000倍のスピードにするには、視聴覚や言語処理のような、生命維持以外の脳の機能すべてを、CPUやGPUが計算しているはずです。もはや自分の意識はニューロリンカー上、あるいはゲームサーバーにあると考えて良いかもしれません。

こんな感じでついつい考察してしまうのは、アクセル・ワールドが上手に書かれているからです。高校生の頃は、ラノベと言えばラッキースケベと、設定の面白さしか見えていなかったと思います。ところが、もう一度この世界に触れてみると、いかに深い絶望感を作り出して、それを予想外のやり方で解決していくか。破綻させずに、どこまで細かく設定があるか。映像には映らないような心理描写。こんなことに感心します。

心の中では

今でこそ、苦笑するくらい主人公の内面とシンクロしていますが、高校生のころは、頭の中は空っぽでした。教科書を読んだり授業を聞くのは慣れていましたが、自分で考えたり、感じたりすることはありませんでした。そのころにもしアクセル・ワールドを読んでいたら、おそらくここまでの感動はなかったように思います。導入で触れた「とある魔術の禁書目録」も、今読むと印象が変わりそうな気がします。

この9巻で、主人公の内面は変化していきました。主人公が突然覚醒するのではなく、成り行きやイベントごとに徐々に変わっていくのは、誰かが仕組んだのかと思うくらいスムーズです。自分を変えていく強さ、人とつながることの喜びに気づいた主人公を見ると、作者の言いたいことが伝わってきます。「明日から本気出す」なんて妄想している私も、変えないといけない、そう思わせてくれます。

ライトノベルも文芸です。戦闘シーンなら、どうしようもない力の差や、揺らいでしまう心を描きます。会話シーンなら、家庭の境遇や、孤独感を映します。そこから愛や友情、ヒーロー、あるいはレベルアップによって、問題を解きます。言うのは簡単ですが、このやり方は無数にあります。なので、いかにライトでも、アートだと思うのです。

ただ、一つだけ不安なことがあります。ライトノベルというのは、絶筆や打ち切りエンドになることが多い気がします。売れ行きのような大人の事情に左右されることもあるわけです。現時点で24巻まで発売されていますが、できれば早く完結してほしい。ハルユキ君お願いします。川原礫さま、どうかよろしくお願いいたします。そして願わくば、加速世界に大団円を。

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