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絵空事 -leve- 第4話「遺贈」

銀翅はまた暫く、座敷牢――もとい隠し部屋で過ごしました。なぜ牢ではなくなったかというと、玄鋼の命令で、牢の鍵は全て取り払われたからです。
銀翅は瞬く間に元気を取り戻し、誰もが寝静まった夜中、退屈だからと隠し部屋からそっと顔を出し、月を眺める夜もありました。

 勿論、玄鋼の許しは得ています。
しかし当然の事ながら、昼間は絶対に部屋に居るようにと言われました…。

銀翅は出来るだけ静かに、日々を過ごしました。
そんな折、忙しい合間をぬって、玄鋼が銀翅を訪ねてきました。

銀翅は玄鋼を、快く迎え入れました。
挨拶もそこそこに、玄鋼は銀翅に尋ねます。

「…そろそろ、日の光が恋しくなる頃か?」
「えぇ…まぁ。」――銀翅は、もう何年も日の光を見ていないようだと苦笑しました。

「…死人のような面だな。」――長い間薄暗い処に籠っていたので、銀翅の顔色はいよいよ青白いのでした。
「死人ですからねぇ。」――外には出られないのだから致し方ない、と銀翅は気にも留めない様子でした。

「…これを使え。」
飄々と笑う銀翅に、玄鋼は何かを差し出しました。
「ほう?」

それは一つの箱でした。しかし、どこかただ事ではない何かを、銀翅は感じ取ります。
何か曰くのあるものだろうかと銀翅が首をひねりつつ開けると、そこには狐の面が入っていました。

「! …これは、貴方が作ったのですか?」
「まさか。――瑠璃という女がお前にと、手渡していったものだ。」

「…成程…。」
――道理で、と納得するように、銀翅は頷きました。

「謂れは、何ですか?」
「さてな。『つけてみれば解る』と言っていたぞ。」

「…そうですか。」
銀翅はあっけらかんと頷くと、すぐに面をつけました。

しかし、傍目には何かが起こったようには見えませんでした。
「…何か変わったか?」――玄鋼は不思議そうに、銀翅を見つめました。
「…特には、感じませんが…。」――銀翅も不思議そうな声音で、辺りを見回しました…。


「…ん?」――先に違和感に気付いたのは玄鋼でした。
隠し部屋の内は薄暗いので、入り口に灯を置いていました。見れば、そこから伸びる銀翅の影が薄くなっているように見えました…。

玄鋼はよもやと目を瞠り、まじまじと銀翅の背後を見つめました。
「――お前の影が消えたぞ。」

その視線を追って後ろを見た銀翅も、その事に気付いた様子です。
「おや、本当だ。…ということは…。兄上、桶を此方に。」

「ああ。暫し待て。」
玄鋼は、銀翅の使っている水桶を、銀翅のそばに移動させました。

水鏡には、銀翅の姿が映りませんでした。
「やはり…。」――銀翅は納得したように、水面に手を伸ばしました。試しに水に触れてみると、水はぱしゃりと揺らめきました。

「…ともかく…これで、外へ出られるだろうということだな。」――玄鋼は頻りに感心しています。
「その…様ですね。」――銀翅はひどく驚いていましたが、次第に嬉しそうに言いました。

「…。私のように、力のある者には姿が見えるようだから、あまり油断するなよ。」
「ええ。」

「面をつけていると姿は消せる様だが、物にも触れられるし声も聞こえるようだ。不用意に誰かに近づこうとはするなよ。」
「肝に銘じます。」

「あとは……まぁ、好きにしろ。」
「はい。」――そう答えると、銀翅は面を外します。
ゆっくりと、水桶に姿が映りました。
――ふうん、こういう風に現れるのか。それなら…


その夜、面をつけた銀翅は山へと向かいました。
銀翅は懐かしそうに、山道を登ります。恐らくここまで来れば人は立ち入らぬだろう、という頃になって、十六夜が姿をあらわしました。

「来たか。…ようやく元気、なったな。」
――銀翅はそっと面を外し、にこやかに微笑みました。
「…きみのお陰でね。」

「…礼やったら、玄鋼に言いや。」
「…。………ああ。」

「変な意地張らんと、素直にな。」――どこか妙に楽しそうな様子で、十六夜は言いました。
「…。…楽しいのかい?」――銀翅はほんの少し、たじろぐ様子を見せました

「うん。」
――にっこりと笑って、十六夜は言います。
「せやから、手ぇ貸したんやろ。」

「まったく…君には敵わないねぇ。――気を害していないようなら、良かったけれど。」
「せっかくやしもっとおもろいとええんやけどなぁ~。」――十六夜は、今度はにやりと笑うと、困り顔をしている銀翅をじっと見つめました。

「…、また来るよ。」――その眼から必死に視線を逸らすと、銀翅は十六夜から逃げるように、背を向けました。
「うん。待ってる。…今度は兄貴と、ふたりでおいでな。」――朗らかな声でそう言うと、それに驚いた銀翅の顔を見て更ににんまりと笑います。銀翅はそれに気付くと、明らかな苦笑を浮かべるのでした。

「そうか、君は悪戯が好きなのだったね。」
「うん。」――ころころと表情を変える十六夜に銀翅は呆れたようでした。

「素直~に罠にかかってくれる子が好き。」――何の悪意もないと言わんばかりに、十六夜は微笑みました。
本気なのかからかっているだけなのか。何れにせよ楽しんでいるようだからまぁ良いか、と銀翅も微笑んで、山をくだりました。

その道すがら、尚も銀翅の後に続く十六夜に向けて、銀翅は何気なく呟きます。
「何れ、兄も挨拶にくるだろうから。――お手柔らかに、頼むよ。」
「うん。任せとき!」――その何気ない呟きに、何やら十六夜は自信満々といった様子で答えました。

「――兄はあれで小心者だから、程々にね。」
「へ〜ぇ。えぇこと聞いたな〜。」
――うきうきと楽しそうな十六夜の様子に、余計な事を言ってしまったかな、と銀翅は目を瞬きました。

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