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不安定小説|ミシシッピアカミミガメ

地中から激しく飛び出した俺は、そのまま大気圏を突き抜けて宇宙空間へと出た。多少苦しいものの、なんとか窒息せずにすんでいる。

地球はこんなにも青いのか、と使い古された言葉が、酸素を奪って口から漏れた。大気圏を飛び出した際に、体中に帯びた熱が徐々に冷めていく。途端に、体がブルブルっと震えて俺は大気圏へと再突入を開始した。なんとなく後ろを向くと、東京ドーム3個分の、もしくは、ピンポン玉のような未確認飛行物体が追ってくる。

あ、と思った瞬間、俺は自宅のベッドの上にいた。いや、ここは太平洋のど真ん中だった。扉を開けると、ダイオウイカとカブトムシが取っ組み合いの喧嘩をしている。

「お前だろ」
「いや、お前だろ」
「なにこの、それはお前だろ」
「だから、それこそがお前だろ」

どちらかがお前なのかということで揉めている。俺は居ても立っても居られなくなり、「いやいや、それは俺だろ」と割り込んだ。

するとみるみるうちに、ダイオウイカは1000人分のたこ焼きへと変貌し、カブトムシは昆虫ゼリーとなって世界中に四散した。このことがニュースで報道されたとき、地上から13メートル上空で将棋を打つ爺は王手をかけ、けたたましい音を鳴らして雲の隙間を縫うように落ちてしまった。

「お粥だろうか」近所に住む親父がそう言った。

びっくりして飛び起きた俺は、昨日途中で投げ出したキャベツの千切りを再び開始した。いち、に、さんと切ったが、果たしてそれは包丁ではなく刃物のように鋭く光る彼女の視線だった。あまりの鋭さに俺は後ずさりをして、高台から足を滑らせた。

真っ逆さまに落ちる俺と、キャベツとレタス。数十メートルほど落ちたところで、全身に激しい衝撃が走った。

いっせいにスタートを切った俺達は、まずは第1コーナーに差し掛かる。体の重心を左に傾けながら、右にかかる遠心力を相殺する。頭は左に背後に光るコズミックオーラを前方に向けて、両手足をバタバタと動かした。しかし、最後のカーブを曲がる手前で、3本目の右足と6本目の後ろ手が交差してしまい、もんどり打って転倒してしまった。

店頭にはたくさんのバラ。その中に一本だけ黄色い花があった。花の名前は分からない。ただそれは、学生時代に好きだったあの娘がいつもノートに挟んでいたものと同じだった。

「すみません、その黄色い花の名前は何というのですか」俺は気がつくと、下膨れた髭面の店主に話しかけていた。

「これはね、鮭フレークの花だよ。ホカホカのご飯に乗せて食べるのさ」
「じゃあ、それください」

帰り道、花の香りを吸い込むと頭の中に放課後の教室が広がった。このデコ助野郎。オレンジ色を帯びた黒板に、今日の記憶がこびりついている。牛乳をふいた雑巾が乾いて異臭がする。教室の後ろにはまだ、文化祭の残滓が漂っている。

廊下に出ると、違和感に気づいた。数メートル先も見えないほど校内が真っ暗になっている。廊下の奥が見えないほどに、濃い闇が広がっているのだ。そんなはずはない、思って振り返るが、ドアの向こうは黒く静まり返っていた。冷静になって考えているはずが、激しい鼓動に邪魔されて集中できない。

ウフフ……。と、小さな笑いが聞こえた。

俺は、一緒になってワハハと笑う。するとどこに隠れていたのか、教室のドアからムササビが飛び出して笑った。トイレから本わさびが出てきて、辛味のある笑みをこぼした。廊下を突き破って、小型の地球が出てきた。

中を覗くと世界中の人々が笑っていた。俺はますます楽しい気分になり、ワッハッハと大声で笑った。そして斧を手に取ると、地球を真っ二つにパカッと分割した。

中心から流れ出るマントルから、ミシシッピアカミミガメが顔を覗かせている。

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