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#0184【繁栄と黄金のマスクの謎(エーゲ文明、BC3000年頃~BC1200年頃)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。今週は世界史通史シリーズとして古代ギリシア文明を取り上げます。

古代ギリシアにおける最古の文明 は、現ギリシア半島とトルコ西岸の間のエーゲ海一帯に栄えたエーゲ文明です。

高度な建築様式を保ち、遺跡からは豪華な調度品や黄金のマスクなどが発掘されるなど、裕福さを誇った栄華の痕跡が見つかっています。

しかし、その実態は謎に包まれています。同時期に栄えた古代エジプト文明やメソポタミア文明などは遺跡発掘以外からも多くのことが分かっています。

たとえばメソポタミア文明ではハゲの薬としてビールを頭に塗っていたり、外科手術として義指の整復術が施されたりしていたことが分かっています。

ほぼ同時期なのになぜここまで差があるのでしょうか。答えは主要文字が解読されているかどうかです。

古代エジプト文字はロゼッタストーンという古代ギリシャ文字と古代エジプト文字などの同内容が並列されている石碑が見つかり、既に解読されていた古代ギリシャ文字をベースとして解読ができました。

このロゼッタストーンはナポレオンがエジプト遠征に赴いた時に発見されたものです。解読者はシャンポリオンという人物です。

メソポタミア文明の楔形文字も石碑などに残っていた古代ペルシア文字など他の文字をベースとしながらローリンソンという人物などの手によって解読されています。

どちらも19世紀中盤頃の快挙です。

エーゲ文明の中心となったクレタ島からも文字は発見されています。これを「線文字A」と呼んでいますが、残念なことに未だに解読がされていません。

同系統である「線文字B」は解読がなされているのですが、こちらには単なる帳簿付けや人名・職業などの単純な記録しか残っておらず、書簡・論文・文学など文明の実態を表すものは残っていないのです。

そのため、遺跡に残っている痕跡以上のことを窺い知れないのです。地理的要因から交易などで栄えたのだろうと推測できます。また発掘品からどこと交易していたのかも分かります。

しかし、どのような政治体制であったのか、そもそもどんな人種が住んでいたのかも確定はできていません。

遺跡の痕跡から前期エーゲ文明では基本的に戦争もなく比較的平和な時代だったと推測されています。それは発掘された王の宮殿や都市に城壁もなく開放的な城の姿を見せているからです。

一方、後期エーゲ文明となると城塞がその特徴の1つとなっています。有名なトロイア戦争などもこの時期にあたります。
(トロイの木馬で有名、No.20「ホメロス」参照。)

栄華を誇ったエーゲ文明ですが、BC1200年頃に全てが突如として滅亡。原因は未だに解明されていません。王政の衰退なのか、北方ギリシア系ドーリア人、もしくは海の民の侵入によるものなのか。

エーゲ文明滅亡から古代ギリシアの諸ポリス(アテネやスパルタ)成立までの約400年間は記述による記録が残っておらず、不明。そのため、この400年を暗黒時代と呼びます。

むしろ、一度滅んだ文明の文字である楔形文字や古代エジプト文字が解読されていることの方が凄まじいことなのかもしれません。

以上、本日の歴史小話でした!

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発行人:李東潤(りとんゆん)
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