見出し画像

#08 ドロドロ、ややこし、孝謙・称徳天皇の後継者問題

このエピソードで学ぶこと

奈良の都に大仏もできたし、世の中は少しは安定するのか。
日本史上唯一の女性皇太子から天皇となった聖武天皇の娘。
彼女が生き抜いた時代、そしてその先を見据えたことはなんだったのか。
天皇位を巡る、激動の日本について学んでいきましょう。

本編(0分55秒)

・大仏を作っても世の中は安定しない。特に天皇の後継者の問題。
・聖武天皇と光明皇后の間には娘しかいなくて、彼女は日本史上唯一の女性皇太子に。
・彼女は孝謙天皇となる。しかし、孝謙天皇は独身で子どももいない。だれを皇太子にすべきか。
・天武天皇の孫を後継者にしようとする。孝謙天皇も天武天皇の家系です。
後継者をどうするかで、橘奈良麻呂の変という事件が起きる。
・孝謙上皇は権力を握ったままで、さらに藤原仲麻呂の乱を鎮圧してもう一回称徳天皇に即位。
・しかし、結局称徳天皇の後継者問題は解決していない!ここで出てきたのが僧侶の道鏡。
・でも結局、天皇の位は皇族が受け継ぐべきだということで、天皇の系統は天智天皇の孫が受け継ぐことに。

今回のおさらい(9分21秒)

Q1:聖武天皇の娘は何回天皇になったの?
→二回。それぞれを区別するために最初の即位時は、孝謙天皇、二回目は称徳天皇と呼ばれています。
Q2:聖武天皇の娘が権力を持っていた時代におきた二つの反乱は?
→橘奈良麻呂の変、藤原仲麻呂の乱
Q3:称徳天皇が跡継ぎにしようとした僧侶の名前は?
→道鏡
Q4:結局、称徳天皇の跡を継いだのは誰だったの?
→天智天皇の孫にあたる光仁(こうにん)天皇

次回予告(10分01秒)

仏教が旺盛となった日本でトップの在り方が議論されましたが、
結局は天皇、皇族を盛り立てていくことになりました。
称徳天皇の跡を継いだのは、天智天皇の孫にあたる光仁天皇です。
奈良時代を通じて、壬申の乱の勝者である天武天皇の系統が天皇の位を保持し続けましたが、
ここにきて天智天皇の系統がトップに立ったのです。
日本は新しい転換点を迎えます。
次回、さらば奈良の大仏、なくよウグイス平安京です!

次のエピソード⇒#09_なくよウグイス平安京と桓武天皇の新しい政治

前のエピソード⇒#07_祈りよ届け!聖武天皇の大仏建立


↓↓↓ラジレキ メインチャンネルの関連エピソード↓↓↓

<0299_女性天皇と女系天皇の違いについて>


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?