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縁結び祈願(島根県、出雲大社)




 島根県にある出雲大社には毎年十月には日本にいる神様たちが集合する。それ故周辺では神在月(神あり月)と呼ぶ。それ以外では十月のことを神無月、つまり神がいない月という。同じ国でも月の呼び名が変化する。出雲で神様たちが集まって私たち人間の縁について会議をする。あの人とこの人とを結婚させようなど……だから出雲大社は縁結びの神様と言われる。

 これを信じる人々は出雲大社に参拝する。かくいう私もそうだ。毎年十月に行く。そして今年こそ結婚できるようにと東京から夜行バスで弾丸参拝する。参拝後は昼食に出雲そばを食べ、土産物屋で島根ワインを買う。世間は紅葉狩りに浮かれているが、一緒に紅葉を見に行く相手もいない私にとって、秋の行事は出雲大社に行くこと。そんな私も早三十三歳。毎年、真剣に参拝しているのに、縁結びの効果が全くない。今年も一人旅。二十代初めのころは同性の友人と行っていたが、みな結婚している。

 私の眼尻にはしわが、頭には白髪が少し出てきた。まだ三十代なのに老化が早すぎる。お腹もでてきて、いかにもおばさん。そんなでも結婚がしたい。一緒に寝起きして一緒にご飯を食べて、手をつないで買いものや散歩に行きたい。愛したい、愛されたい。こんなに出会いがないのはなぜだろう。私は大きなしめ縄の下にたち、お賽銭を入れて柏手を四回打つ。

「早く誰かと一緒になれますように……」

 私はごった返す参拝客に交じって涙をこぼした。神様に対して愚痴というか本音が出た。

「一緒に行った友達は全員結婚した。私だけ神様に何もしてもらってない、ひどい……」

 どん!

 私は前から何かがぶつかってきて、頭を打った。

「大丈夫ですか?」

 私に後ろの方から口々に心配の声がかかった。男性もいたが、どう見ても年齢は七十歳以上だ。現実はこんなものだ。私はがっかりして立ち上がった。

「……大丈夫です。ありがとうございます」

 神楽殿を出ると結婚式をしていた。和装の花嫁さんがいる。その隣にニコニコ顔の和装の新郎がいて記念写真を撮っている。私の目にまたじんわりと涙が浮かぶ。

「……いいなあ、私もアレを着たい。お婿さんが欲しい」

 私は出雲そばを食べる気力もなく、とぼとぼと歩く。すると砂浜に出た。

「あら、ここまで来たのは初めて。出雲大社ってこんなに海が近いんだ」

 すると私のわきを白うさぎが通った。それも何羽も。海から砂浜にむかって上がっていく。

「珍しい景色ねえ……それで因幡の白うさぎっていうのね、画像撮っておこう」

 するとひときわ大きいうさぎが立ち止まって「撮影禁止」と怒鳴った。私はスマホを取り落として目を丸くする。うさぎはそのまま私を素通りしていく。構わず話しかけた。

「……ねえ、どこへ行くの?」

 すると小さな子ウサギが私に近寄って誇らしげに言い放つ。

「神様のところ」

「そう……」

 大うさぎが子うさぎに早く行けと促した。私は「待って」と声をかけた。チャンスの予感がする。

「神様の所に行くなら、縁結びでしょ? ねえ、私の事も議題にあげてよ」

 大うさぎが私の顔を見上げた。目が笑っている。

「お嬢さん、相当真剣だね」

 これを逃してなるものか、私は強気になって、大うさぎにせまる。

「やさしくて誠実な人と今すぐにでも結婚したいの」

 すると、うさぎたちは腹を抱えて笑いだした。

「お嬢さん、小指をみてごらん」

 私は自分の小指を見た。何もついてない。

「私には赤い糸がないってことなの?」

「今はそうみたいだね」

 私の目から涙が噴き出た。

「うわーん、ハタチの時から毎年参拝しているのにひどい! ここの神様はひどい!」

 子うさぎがもどってきて、私をなぐさめるように髪をなでてくれた。大うさぎがぎゃははと笑った。

「お嬢さんみたいに神頼みで何もしない人は、議題にあがらないよ。でも全く参拝に来ない人よりは縁があるはずだから、安心しなさい。じゃあ私はこれで」

「待って、今から神様に会うなら私も連れて行って。それで赤い糸を誰かとつなげてもらうわ」

 うさぎたちは目を丸くしたが私は本気だった。だが、そのあとのことは覚えていない。私は病院で目が覚めた。ベッド横にいた医師が無表情で説明する。

「賽銭箱に頭をぶつけたらしいですね。念のため検査をしましたが大丈夫です。帰っていいよ」

 私はとてもがっかりした。やっぱり現実はこんなものだ。

「夢落ちか……しょーもな……」

 だが小指を見てあっと思った。赤い糸が結んである。医師には見えてないようだ。私に小指を目に近づけるとよく見えるが、目から離すと見えなくなる。つまり私にちょっとした自分にしか見えない能力が授かったようだ。ということは夢じゃない。あの後私はうさぎについて神殿にあがったのだろうか。

 しかし赤い糸の先がわからぬ。たぐりよせようとしたが、そうすると切れそうになって怖い。だから引っ張れない。しかし前はなかった赤い糸を見つめて、近いうちに結婚相手と出会えると思った。

 私を心配してくれる両親や兄弟と一緒だとより赤い糸がはっきり見える。気のあう女友達と一緒に過ごしても見える。会社にいてもそうだ。電車に乗っているときや、買い物にいるときも赤い糸が見える。だがその先がまだ見えぬ。私はこのことを秘密にした。そしていつ誰に会ってもよいように、人とのつながりやあいさつを大事にした。すると糸が少しずつ太くなる。きっと赤い糸がどこかで結ばれた。私の相手が私の目の前に来る日は近い。私は日々を過ごすのが楽しみになってきた。きっと来年は二人で参拝できるのだろうと。

ありがとうございます。