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歩き地蔵のお江戸面白地蔵物語VOL.101 DNA?台東区三ノ輪橋目黄不動尊

101回に入りました。今日もありがとうございます。

書いていて、立派なお堂に入っているお不動さんは地蔵さんと言っていいものか?と、ふと悩みましたが、歩き地蔵特別認定で、いいことにしました。

すみません。学術的にお地蔵さんを調べている方からしたら、この物語はお地蔵さんを面白おかしく描いちゃうし、神仏をなんとけしからん!!と思われるのでは?とも思いますが、個人的趣味で身近な仏さんであってほしいとの願いで、おしゃべりに神仏さんにお付き合いいただいております点もご了承ください~。

ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。

さて、今回も楽しくおしゃべりできたらいいな~と書きました。

まず、簡単マップから~

あこがれの東武亀戸線に乗る!実はこれが一番の目的であって、その周辺にお地蔵さんがないか探しました。

あ~憧れレトロチック。みんな面白い~。こういうの好きな昭和生まれの方が結構いらっしゃるでしょ。

私は東京の江戸・明治・大正・昭和風文字や古めかしいフォントを目にするだけで、好奇心がむくむくしてきます。

今日はオレンジ色でなかったのが、かなり残念でしたが、おしゃれ青いストライプの電車に乗る。

どこんどこん

って言う~~~。

かわいい~~。

終点の曳地駅でおり、歩く。

地蔵坂通り・・・・近いかも、くんくん。

と歩く。

坂と言えるのか、ゆるい坂道を上りきると、お地蔵さんの一角に出た。

小さなお地蔵さんもたくさんいらっしゃった。

そしてお堂にむかって参拝する。

しっかり参拝して、お堂の奥見つめるとお地蔵さんがチラッとでも望めるか考察してみたが、見る術はないと判断。もし、描かせていただく場合はお堂の絵を描かせていただきますね~と、心で伝えて、その場を去った。

この辺りは、旧墨堤の道と呼ばれている。

旧墨堤の道
所在地 墨田区東向島三丁目・堤通一丁目境
 墨田川 の自然堤防沿いに桜の木が植えられたのは寛文年間(1661~73)。徳川将軍家の休息所であった墨田川御殿(現堤通二丁目、都立東白髭公園辺り)から白髭神社の北側辺りまででした。江戸時代中期には八代将軍徳川吉宗が護岸強化と憩いの場づくりのために堤と並木の南端を言問橋の架かる辺り(現向島二丁目、言問通り)まで延ばして人々に地固めをさせました。以来、堤は多くの江戸市民でにぎわう花見の名所、憩いの場所へとなっていきました。道幅は広く、道の両側には、見事な桜の並木が続いていました。
 白髭神社 脇から地蔵堂へと続く湾曲した道は、今は姿を消してしまった、旧墨堤の名残りです。春は花見、正月は七福神めぐりの人々で、特ににぎわいました。
 関東大震災や東京大空襲などの復興事業を契機に墨堤通りは湾曲した道から直線道路へ、土の道から舗装道路へと整備されました。現在、旧墨堤の面影を見ることができるのは、この場所と「墨堤植桜之碑」(向島五丁目四番先)近くの湾曲部の二ヶ所だけとなっています。
平成二十一年三月
墨田区教育委員会

徳川幕府の香りがぷんぷん。

また道路挟んで向かい側には

向島停艇村と言われたエリアの案内掲示が立っていた。今は公園だったり道路だったりで、船もレガッタたちもいないけれども、一瞬、各大学の若者たちが、丁寧に船を片付け、または、動かそうと意気揚々としている姿が頭に浮かんだ。
歴史を掲示で残すこと。
すごく大事なことだと私は思う。

そして、来る時は
電車ばかりに乗ってて、リハビリになってないことに気がついた。
それで
歩けるだけ歩こうと決めた。

なにやらお祭りの準備をしているような雰囲気の白髭神社を参拝し、再び歩く。

すると

白髭橋に出た。

「在原業平の言門(とこはむ)の句にちなんだ橋は言門橋だと思ってたけど、調べると・・・

「言問」という名称は在原業平の詠んだ、
名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
という歌に因むが、実際にこの業平の故事があったとされている場所は現在の白鬚橋付近にあった「橋場の渡し」でのことであり、言問橋近辺には地名としては存在していたわけではないため、多くの説がある。
有力な説としては、1871年(明治4年)の創業でこの地に現在もある言問団子の主人(もとは植木職人の外山佐吉(1817年~1886年)という人物)が団子を売り出すにあたって、隅田川にちなむ在原業平をもちだして「言問団子」と名づけ、人気の店となったことからこの近辺が俗に「言問ケ岡」と呼ばれるようになり、それにあわせて業平を祀ったことに由来するというものがある。 (ウキペデ参考)

そんなこんなで橋一つにも歴史はあるのが面白いので、墨田川を渡る橋を全部足で渡ってみたくなった。

そして、また歩く。

泪橋という地名に出た。

今日はウキ祭りですね。今は橋はないけど、地名が残っている。泪という理由は、近場に刑場があったからだそう。

ちなみに、涙と泪ってどう意味の違いがあるのだろうとも思ってしまった。

泪の意味

調べて、ちょっと賢くなった気分。

スカイツリーがよく見えるんだね~。

だ、歩き歩き。

あ、おしゃれな黄色い自転車だ~。

と、自転車に目が留まった。上も何気に見たら、憧れていた目黄不動尊さんがいらっしゃるお寺さん。

なんと言う偶然だろう。

入っていいのかな?と、門をあけると鍵はかかってなく入れそう。

そして入った。

立派なお堂の全体像を撮影していなかったので、イラストで。階段は土足厳禁だったので、靴を脱いで階段を上り、お得意ののぞき見shibu作戦。

すると

「うわ~。いらっしゃる~。ちゃんと撮れるかな?」

「お~~~。では、この写真を元に描かせていただこう」

「こんにちは~~~」

「うわ、黄色のお不動さん、描かせていただきまして、ありがとうございます。なんだか、おしゃれさんですよね?」

「え?そうかな?」

「クってなってる感じがいいです」

「クって?え?何?」

「なんていいったら、いいか?腰のあたりにクってポイントがあるっていうか~」

「面白いこというね~」

「センスがいいって言うか」

「おいおいほめ過ぎ」

「けど、今までのお不動さんの中で一番ハンサムです」

「え、そうかな?でも、ここだけの話にしてね~」

「あ、noteっていうのにあげちゃうので、世界レベルでの発信になります。あと、お地蔵さんネットでも、100回書いたというので表彰状まで頂いてしまっているので、あっと、言う間にお地蔵さん界では広まりますね~」

「しまった~兄さんたちからいじめられる~」

「え?嫉妬ですか?」

「デスられるでしょ?」

「あ~~。変な心配しない方がいいです。デスったら、あ~おれ、やっぱ、恰好いいんだね~位にしておくといいです。デスってきた方が執着しているんですから」

「shibu強いね」

「いや、強くなんかないです。けど、心は他人に侵食されまい~で行くべしです。せっかくの恰好いいお不動さんが台無しですよ」

「あ、そうか~。代々、お不動さんは実は気が小さいんだな~~~う~ん」

「私も数々のお不動さんや、その周辺のお地蔵さんからのお話でお不動さんの立場と振舞いの違いを聞いて、正直、応援したい気持ちでいっぱいになっているんです。おかしな感じですよね。お不動さん、怖いというか、可愛いって思えるようになってきてて、、、」

「え、可愛い?僕?」

「そうですよ。可愛いし、人間の男の子みたいです」

「そうですか~。えへへ」

「で、お不動さんの顔描いてて、気がついたんです。お不動さんって目黄お不動さんっておっしゃるでしょ?でね、、、もしかしたら、親戚にパイナップルさんいませんでしたか?それかお母さんが子供の頃、よく、パイナップルを食べさせてくれたとか・・・」

「ん?あまりそんなパイナップルなんて言葉さえも聞いたことがないよ~」

「そうかな?ちょうど自宅にあったから切ってみたんですけど」

「お~こんな感じに黄色いのだね。くんくん、甘い香りもするんだね~」

「さ、どうぞ、食べてみてください~」

「いいのか?」

「はい。遠慮せずに、まず、一口どうぞ~」

「うん。パク」

「うお~~~~。これは、この世のものと思えない味~。甘くって酸っぱくって・・・初恋のような~。あ~~~ママが確かに、おやつに食べさせてくれてた味~~~DNAの味~~~」

「ね?でしょ?(^^♪」

「よくわかったね~」

「だって、顔そのものがパイナップル顔だったから~~~~」

「うお======。すごい=====shibuっておもしろい~~~~」

「でしょ~~~笑」

「愉快な方がいいな~」

「でしょでしょ~~~」

「うんうん」

「じゃ、今回もエアハグでお願いしますね~~」

「いいですぱいな=」

「ん?」

「いいですよ~とパイナップルを足してみました」

「お不動さんも最高」

「では、いいですぱいな~。えいえいエアハグ=====」

今回もめでたしめでたし。

これで地球の安全はまた一段上がったことでありましょう。

良かった良かった。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。

さ~ここから、200話までの毎日更新持久走スタートしました。

引き続き、よろしくお願い申し上げます。

誠にありがとうございます。

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