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覚醒#10

神宿の夜は永く、そして、高度の熱を帯びている。
午後十時を過ぎても、人々の喧騒は止むことを知らない。
たわわな乳房や、引き締まった生脚を餌にして、獣たちの視線をさらってゆく美女の群れ。それを侍らせ、のろまな足取りで御機嫌に歩く老いぼれ。それを罵倒し、酒瓶片手にゲラゲラ笑って暴れ回る複数の半ぐれ。それらすべてを焚きつけるように、煌々とギラつくネオンの流れ。
夜は神宿を、混沌の渦へと引き摺り込む。様々な色や形をした愚民共は、ええ邪ないか、ええ邪ないかと唄って踊って、ゲロを撒き散らし、気持ちよくなる。
誰もが羨む、醜くも美しい、楽園そのものである。

しかし、そんな楽園を前に、混沌の渦の淵で突っ立ったままでいる人間も、例外では無い。
唄うことも踊ることも、ましてやゲロを撒き散らすことも、自分がやれば周囲から侮蔑と嘲笑を喰らって怪我をしてしまうのでは無いかと思い込み、大いに躊躇う人種だ。俗に言う、弱者である。
弱者は夜が嫌いだ。弱者は夜が訪れた途端に、目抜き通りから外れて、かび臭い宿に閉じこもり、或いは、薄暗い路地裏に身を隠し、眠りにつく。あたらしい朝の訪れすらも恐れながら、眠りにつく。ちっとも面白くも無い、どうしようもなく憐れで、馬鹿馬鹿しく、愚民よりも愚民に相応わしい。
神は問う。おまえらはなにがたのしくて生きているのか。
「たのしい、って心の底から感じたことは、あんまり無い。高校生になった今でも、学校行くのは少し怖いし、行ったら行ったで、やっぱりなんか居心地悪いし、いや、いじめられてるわけじゃないんだけど、昼休みとかに一緒にご飯食べようなんて誘える人もいないし、授業と授業の間にある休み時間も、たった10分だけなのになんかすごく長く感じて、しんどくて、いつも本読んで誤魔化したり。一週間ほぼ毎日そうやって過ごしてる。けど、授業が終われば、帰りは途中で妹と合流して、あ、妹は少し離れた中学に通ってて、それで、帰りはなんとなく学校での出来事話したりしながら、たまに、鉄工場の黒煙の様子を見たりして、あ、いやそれはまあ僕らにしかわかんないことなんであれだけど、それで家帰ったらお母さんが夕ご飯作ってて、兄は、兄はちょっと働けない人だからずっと家にいる、けど家に帰れば必ず居るんだっていう、なんか安心感あるし、虫が好きで、いろいろ教えてくれたり、あ、父さんは逆に仕事で忙しくてあんまり家に居なくて、まあでも、たまに帰ってきて、家族そろった時は、なんとなく嬉しい。別に、外食とか旅行とか、出かけたりみたいなのは無いけれど、うん、でも、それでもぼくは、家族のみんなとの、そういう、日常を、大切にしたいなって、思う」
ある日の夕刻、学校の帰り道、ぽつりぽつりと問いに答えたのは、鐘田慧という学生だ。霊能力者でもある為、どこからか聞こえてきた神(実際には、見えざる何か、というだけで神であるかどうかは確かでは無い)の問いを受け、それに答えることができた。彼の性質上、自身の脳内で勝手に産み出された幻聴だという可能性もあるが、どちらにせよ周りからすれば、ぶつくさと独り言を漏らす気色の悪い陰気な学生だ。
しかし、問いへの答えから察するに、鐘田慧は、美しく温かなる想いを抱えた少年でもあるようだった。きっとこれからも鐘田慧は、料理の上手い母や仕事に励む父への感謝、優しい長男や愛らしい妹への信頼を胸に、家族との日常を愛する気持ちを守っていくのだろう。今までも、自分たちの身体に宿された不気味な力にどれだけ苦しめられようと、家族との日常を愛する気持ちは失わなかった。ある日の晩、わけもわからず凶悪な霊能力者に襲われて恐ろしい目に遭った時も、家族との日常を愛する気持ちは失わなかった。次の日の朝、可愛い可愛い妹が突然激しく狂い出して、おかしくなった時も、家族との日常を愛する気持ちは失わなかった。学校の休み時間、可愛い可愛い妹が変態教師に穢されたという話を聞かされ、自分自身も狂ってしまいそうになった時も、家族との日常を愛する気持ちは失わなかった。放課後、妹が通う中学の不良連中に絡まれ、妹の"穢れ"が火種となって酷い暴行を受けた時も、昨晩の霊能力者に再び襲われ、殺されそうになった時も、鐘田慧、それでもおまえは、家族との日常を愛する気持ちを、失わずにいられたか?
よく考えろ、おまえが今苦しいのは何故だ?
変態教師、否、蟲を扱うあの霊能力者が、おまえらへの仕返しに目覚めたのは何故だ?
あいつは厄介だ。おまえら一家全員、ひとりずつ、惨めに憐れに殺してやるまで、この地獄は続くぞ。
なあ、鐘田慧。こうなったのは誰のせいだ。蟲野郎、三島禍逗夫だけか?本当にそう言い切れるのか?
なあ、鐘田慧。おまえは今でも、家族全員を愛しているか?誰一人、憎んではいないか?
もう一度聞くぞ。こうなったのは、誰のせいだ。

三月十二日、午後十時二十一分、神宿三丁目、路地裏、目抜き通りからわずかに差し込む光を浴びながら、ビルとビルの狭間に見えるドス黒い空を茫然と仰いでいた鐘田慧は、あの高さから飛び降りれば一瞬で気持ちよくなれるのだろうかと、思い耽けていた。降ろしてくれ、混沌の渦から、負の螺旋から、いい加減僕を降ろしてくれよ!もう嫌だ!もう限界だ!だれか!だれか!
鐘田慧の心の叫びが届いたのか、周囲に数体程転がっていた兵士の屍がひとつ、ぴくりと動いた。腸がはみ出た腹部の痛みに、呻き声を漏らす。鐘田慧はそれに反応して我に帰り、屍と思われていたはずのそれに目を向けた。
「まだ、生きてたんですね」
「いや、じきに死ぬ。不思議なものだな。自分の死期というのは、こうも手に取るようにわかるのか」
それだけ深く腹をえぐられていれば、誰だって死を悟るに決まってる、と、鐘田慧は眉一つ動かさずに心の中で指摘した。
「学生、きみは、無事なのか」
「ええ、まあ」
「そうか、よかった。あの、蟷螂の化け物は」
「とっくにいなくなりましたよ。あなたたちが追っていた、あの大男へ仕返しをしてやるんでしょう」
「大男…ああ」
「あれはなんなんですか」
「クスリで暴走状態に陥った、もろはの輩だ。それで、仕返し、というのは」
「…大男は、この路地裏を通り抜けざまに、三島を、蟷螂の化け物を殴り飛ばしたんです。おかげで、僕は助かりましたが、あいつは、執念深いやつです。大男を殺しに向かったはずです」
兵士は、視界が霞む中で、学生の話を黙って聞いていた。
「あなたが着けている無線機、勝手に使いました。別働隊の人たちも危ないと思って、警告をしておきました。あいつはあなたたちJBG執行班のうちの一人に擬態をしている、危険だ、逃げろと。けどたぶん、無意味に終わりました」
「擬態…?」
「僕の目の前で、あいつはたちまち姿を変えて、そこで死んでいる兵士の人に擬態したんです。あれも、あいつの術なんだ。蟲を扱う霊能力とは、そういうことでもあるんだ。再生、そして、擬態」
もはや独り言のようにぶつくさと呟き出した学生に、兵士は苦笑いを浮かべた。
「話が、見えないな。だがそういうオカルトチックなのは嫌いじゃない。冥土の土産に面白いものが聞けたよ、ありがとう」
折角、冗談を言ってやった兵士に対し、学生は、畜生!という怒号を返した。兵士は思わず、眉をしかめる。
「僕だって戦えたんだ、僕にだって力はあるんだ、畜生、畜生」
癇癪をあげて、自分の頭や脚を何度も叩き始めた学生の、その突発的な奇行に兵士は驚き、呆れた声を出す。
「なにを、馬鹿なことを言うんだ。きみはまだ子供じゃないか。あんな化け物と戦おうなんてしなくていい。さあ、早く家へ帰りなさい。家族が心配してるはずだ」
学生にそう告げると、兵士は、思い出したように、震える手で胸ポケットから一枚の写真を取り出した。写真に写っていたのは、兵士を含む家族のたのしげな姿であった。
「茂夫、久美香…百合子。すまない」
その言葉を最後に、兵士は息絶えた。テレビでよく目にするような、様式的な死を見届けた鐘田慧は、アリキタリで馬鹿馬鹿しいな、と思った。けど、この人はこれで幸せだったんだろう、とも思った。羨ましい、とまでは思わなかった。いつの間にやら、混乱状態から落ち着きを取り戻していた鐘田慧は、気怠げに、ポケットから電子端末を取り出し、ソーシャルメディアを覗いてみる。神宿の住民らしき人物たちによる、複数の書き込みが目立ち、そのどれもが、数時間前に神宿駅が粛清機関JBGによって封鎖された、という旨の内容であった。封鎖理由は未だ市民に開示されていないらしい。我が国は昔から隠蔽を得意とする。分かり切ったことではあれど、当然、市民のほとんどが納得をしている様子ではなかった。そんな世間のざわつきを気にも留めず、鐘田慧は、神宿駅の封鎖が三島禍逗夫の仕業によるものだということを察知した。同時に、事実も知らずにつまらない噂を流すノータリンな愚民に、少し苛立ちを覚えた。
直後、書き込みだらけの画面が一瞬凍りつき、無機質な着信画面に切り替わった。映し出された番号が、自宅、すなわち鐘田一家の固定電話のものであることに、次男坊・慧は動揺する。母からだろうか、珍しいな、さすがにこれだけ帰りが遅ければ連絡も寄越してくるか、嗚呼、叱られるんだろうな、なんて言おうか、どこから話そうか、様々な考えを張り巡らせ、整理を終える頃には、呼出音が五回目に到達しようとしていた。慧は、応答の二文字を指で叩き、耳に端末を当てた。
「もしもし」
返事は無い。微かに、吐息が聴こえてくる。その吐息だけで、慧は、電話の相手が誰なのかが分かった。
「俊彦兄さん?」
変わらず返事は無い。しかし慧は、長男坊・俊彦の言葉をじっと待ってやる。不測の事態が起きたかもしれない。慧は密かに身構える。しばらくして、俊彦がようやく口を開く。
「桜が、いなくなった」
嗚呼、畜生め、この世のなにもかもが、僕らをどこまでも苦しめるんだ。慧はいよいよ喚き散らしたくなったが、ぐっと堪える。下腹部に痛みを覚え、えずく。弟が苦しんでいるのに気付いてやれない俊彦は、依然として狼狽えるばかりだ。受話器を抱え込むようにしてうずくまっている俊彦の姿が、慧の目には容易に浮かぶ。
「夕方くらいに、突然叫びながら、家を飛び出して、お母さんが追って行った、けど、でも、全然帰ってこないんだ、どうしよう、どうしよう」
「兄さん」
「桜、虫の死骸を、吐いてた、墓場に埋めてたはずの虫の死骸を、あの、昨日の夜、カマキリに殺されたカブトと、コガネの死骸、で、だからそれ見ておれ、わかったんだ、あいつだ、あいつの仕業だ、三島はまだ生きてる、三島はまだ生きてる」俊彦はそう繰り返し、突然、激しい奇声をあげた。「殺されちゃうのかなぁ?桜あいつに殺されちゃうのかなぁ?」俊彦の、嗚咽混じりの叫びに共鳴し、慧の、下腹部の痛みが悪化してゆく。しかし今は、痛みに屈してなどいられない。
「兄さん、大丈夫だよ。大丈夫」
慧の言葉に、俊彦は咽びながらも耳を傾け始めた。
「僕も今から桜を探す。必ず連れて帰る。だから兄さんは、いつもと同じように僕らの帰りを待ってて。お願いだよ」
咽ぶばかりで、俊彦から返ってくる言葉は無かったが、衣擦れかなにかの音が聴こえ、小さく二回、頷いたということが慧にはわかった。
「それじゃあ、切るね。なにかあれば連絡する」
そう言って慧は端末を耳から離し、遮断の二文字を指で叩こうとすると、電話口から、ごめんよ、と掠れた声がした。慧は躊躇い、何も返せぬまま、通話を遮断した。
俊彦の、ごめん、という言葉は正直、慧自身、聴き馴れたものだった。俊彦が常日頃から背負う妙な罪悪感には、家族みんなが疲弊していた。が、だれもそれを突き放すことだけはしなかった。その罪悪感を背負って生きてゆくということが、俊彦の、兄の、戦い方だったからだ。兄さんは戦っている。僕も戦わなくちゃ。慧は、端末をポケットに押し込むと同時に、己に潜む弱い虫をねじ伏せた。
「神宿駅か」
そう呟き、慧は立ち上がる。三島からの攻撃は受けておらず、外傷はほとんど無しとはいえ、精神的苦痛により内臓は壊れかけだ。なんとか壁を伝って、転がる兵士たちの屍を越えてゆく。そして路地裏を出て、目抜き通りへ、足を踏み入れた。
目抜き通りでは相も変わらず、ええ邪ないか、ええ邪ないかと、御祭り騒ぎが起きている。ソーシャルメディアの中で、神宿駅封鎖という事件に振り回されていた多くの市民たちも、所詮は世間のごく一部であり、そんなものは御構い無しに普段通りに振る舞う阿呆も存在するのだ。慧はそれを目の当たりにすると、なんだか不思議と力が抜けた。それも束の間、慧は息を吸い、混沌の渦へ飛び込んだ。愚民の流れに逆らって、神宿駅へといざ向かう。
慧のいた位置から駅までは約三百メートル程の距離だったが、元来運動を苦手とし、かつ内臓に負傷を抱えた慧にとっては、辛く険しい道程であった。それでも、家族との日常を取り戻す為ならばと、混沌の渦をがむしゃらに泳ぎ抜き、見事、神宿駅に到達した。その場に倒れ込みそうになるのを踏ん張り堪えて、駅を取り囲む群衆を目で捉える。どこだ、三島はどこだ、桜はいるのか、桜は無事なのか。ぜぇはぁと息を切らして周りを見回す。不審げな行動をする慧に、嫌な視線を向ける市民もいた。しかしそんなもの、慧は何度も学校で喰らってきた。傷は浅い。人の苦しみを想像できないノータリンなおまえらなんて何も怖くはないぞ。僕が今、克服しなければならない恐怖は、他にある!
「どこだ、三島。出てこい。おまえは今ここで、倒さなくちゃならない」
愛する妹に、近づけさせはしない。
「うぎぎ」
呻き声。慧は、聴覚を研ぎ澄まし、出元を探る。群衆の合間から、うずくまる男の姿が覗く。慧は凝視する。見覚えのあるチノパンに安っぽい運動靴。さらに凝視する。チノパンの中に押し込まれた白いポロシャツ。そこから見える、骨張った手脚。そして、最も記憶にある、あの醜い顔。
「見つけたぞ…」
ブチ殺してやる。殺意に突き動かされた慧はすぐさま三島に向けて手をかざし、念を放つ。これを喰らえばひとたまりも無いぞ。脳も内臓もぐちゃぐちゃになってしまえ。
「ぐ、あ、ああ、が」
慧の念を受けてか、三島の呻き声が荒くなる。苦しむ三島を見て、慧は違和感を覚える。感触が無い。本来ならば、念を放てば、相手の内臓に衝撃を与えた際の、感触が身体に伝わってくるはずだというのに、それが無いのだ。けど三島は目の前で苦しみもがいてるではないか。いや、自身が念を放つ前からこいつの様子はおかしかった。何故だ。何が起きている。慧は、三島の身体を蝕むナニカの正体を探ろうと、第六感を研ぎ澄ます。瞬間、幽かに、妙な雑音が脳内をよぎった。慧はそれを掴んでやろうと、もう一度第六感を研ぎ澄ましてみる。雑音が、先程よりも長く、かつ少しだけ輪郭を帯びて、脳内へ伝わってきた。逃さないぞ。慧はさらに鋭く、第六感を研ぎ澄ました。

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まずい、脳を犯された。四方で、不揃いな声が、低く唸るように唱えているそれは、聴いたことがない、この世のものではない、おぞましい言葉の羅列。慧はおそるおそる眼球だけを動かす。視界の端に映る、否、視界を埋め尽くす群衆の全てが、掌を合わせ、頭を垂れる、白装束姿の集団に姿を変えていた。羅列を唱えているのはこいつらか。声量が徐々に増幅してゆく。脳が痺れる。手が震える。これ以上ここにいてはいけない。動け、頼む、動いてくれ、動け、動け、動け。
「足掻くな。受け入れろ、罰を」
羅列の中から、老婆らしき声が脳に届いた。罰だと、冗談じゃない、僕が何をしたというんだ、どうして僕ばかり、どうして僕ばかり。慧は怒りに震え、声のした方を睨み付ける。空間の奥、そこにいたのは、やはり老婆であり、黄ばんだ白髪を長く蓄え、どれだけ着古されているかわからぬ着物を二重、三重と羽織り、根を張るように座敷に腰を下ろし、あぐらをかいている。
「神宿駅での一件で、国が動き始めている…三島ぁ、おまえの身勝手な行為が、我々の存在を危険に曝したのだ、この害虫め。内側からひとぉつずつ身体を壊してやるから、じっくり地獄へ堕ちてゆけ。亡骸は糞と一緒に便所へ流しといてやる」
「ま、待て、待ってくれ」地面をのた打ち回っていた三島が、潰された喉で必死に叫ぶ。「罰を受けるべきはッ…俺だけじゃないはずだ」
老婆は何も返さない。三島は続けて訴える。
「鐘田桜を知ってるか」
老婆の瞼がぴくりと動いた。
「あいつは教育指導者であるこの俺に敵意を向け、術をかけやがった。その日から俺は人間では無くなった。力を覚醒させたのは、鐘田桜だ。どうだ、その行為にこそ、罰を下すべきだろ、なあそうだろう」
慧は、三島の発言に混乱する。妹が、桜が悪いというのか。桜が三島に敵意を向け、術をかけたのには、絶対に理由があるはずなのに。こいつ、一体何を言ってるんだ。なんなんだよ、畜生。ただでさえ羅列に犯され麻痺しかけている慧の脳は煮えたぎり、今にも焼き切れそうだ。涙が流れる。傷だらけの脳を使って、見知らぬ老婆に祈りを捧げる。殺してください、お願いです、はやくそいつを殺してください。
無論、祈りは届かない。
しばらく思案していた老婆が、決を採り、人差し指をくいっと左に振った。羅列を唱える声が一斉に止む。術が、解かれた。堰を切ったように、三島は吐瀉物を撒き散らし、小便を垂れ流した。術により、食道や尿道をきつく締め付けられていた、その反動か。哀れな醜態を見下ろして、老婆が口を開く。
「おまえの身体をもらうぞ。奴らの駆除に使ってやる。害をもって、害を制す」老婆は、黒ずんだ歯茎を剥き出した。「鐘田一家は害悪だ。誰から殺してしまおうかぁ」
慧は血の気が引いた。殺意の切っ先が、自身の眉間に向けられた。不安、焦燥、絶望。不安、焦燥、絶望。不安、焦燥、絶望。不安、焦燥、絶望。
「ぁああああぁあぁぁあああああああああ」
叫んだ。とにかく叫んだ。衝動で身体が解放され、後ろの方へ倒れ込んだ。群衆がこちらを見てくる。白装束の姿がどこにも無い。息を荒げる慧に、何人かが心配そうに声を掛け、歩み寄ってくる。慧は怯えるばかりで何も言えずに、辺りを見回す。白装束はおろか、老婆や、三島の姿も無い。空間ごと消え失せた、と言うべきか。現実世界に引き戻された、と言うべきか。損傷した脳では思考が追いつかず、唖然としていた慧に、市民のひとりが手を差し伸べてくれた。細い指、白い皮膚、慧は吸い込まれるように、その美しい手を掴んだ。
「ミえてましたよねさっきの」
手を差し伸べてきた人間がそう言った。慧はふと見上げ、そいつの顔を確かめる。薄く平たい、男か女か分からぬ顔つきで、にっこりと微笑んでいる。
「ミえてましたよねさっきの」
全く同じ口調で全く同じ言葉を繰り返してきたそいつに、慧はすこしだけ身震いがした。
「答えてくれなきゃかなしいよお」
別の方から声がした。振り向くと、髪や服装は違えど、全く同じ顔つきをした人間が立っている。よく見れば、ひとりやふたりでは無い。先程、自分を心配して寄ってきた九名の男女が皆、全く同じ顔つきで、にこにこ微笑んで、自分を見下ろしている。お面ではないのかと、最初に手を差し伸べてきた奴の顔を凝視していると、そいつが突然、生々しく形相を変えた。
「だんまり決めやがって、ミえてたんだろうが、この場ですぐに殺してやるからな」
低い声で唸るように言い放ち、それが合図となって全員、印を結び始めた。
「ねえこいつ慧?俊彦?どっちかな?」
「どっちでもいいよ、どーせみんな死ぬし」
「とっととやっちゃおう、おばあちゃまに叱られちゃう」
「おしりペンペン」
「のうてんゲンコツ」
「ひい〜」
「きゃははははははは」
仲睦まじい会話を弾ませながら、九つ子は、あっという間に慧を取り囲んでいく。慧は気付く。これは、三島に罰を下していた時の陣形に、よく似ている。
「せーのっ」
おぞましき言葉の羅列が、一斉に唱えられた。慧の目、口、鼻から、ごぼごぼっ、と、血のあぶくが吹き出した。激痛に悶え、慧は地面をのたうち回る。食道や尿道を締め付けられる苦しみがよくわかる。ゲロも吐けない、失禁も許されない、体内でぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく感覚、熱い、痒い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛いよおおおおおおおおおやめてよおおおおおおおおお。鳴り止まない、羅列は一切、鳴り止まない。それどころか、誰かが助けてくれるということも無い。どうやら周りからすれば、パニック障害を起こした少年と、その身を案じて介護しようとする心優しい者たちにしか見えないらしい。どこまでも、呆れた国だ、呆国。

だが、この国も捨てたものじゃあ無い。

同時刻、神宿駅から約五百メートル先、神宿一丁目。治安が悪いと評判のその領域で、別件の騒ぎが起きていた。古びた酒場の裏口付近で、金髪アタマの少年が、息を切らしてしゃがみこんでいる。制服をだらしなく着崩した、如何にも札付きの不良学生だ。息も整わぬうちに、胸ポケットから煙草を取り出して、一本咥える。次に取り出した、風俗店の店名が刻まれた燐寸を、手際良く発火させた、その瞬間、金属バットや鉄パイプをぶらさげた半グレらしき男が二人、金髪アタマの前に姿を現す。
「見つけたぞオラァッ」
半グレの一人が、バットを振り上げ、襲いかかる。金髪アタマは火のついた燐寸棒を指で弾き、それを見事半グレの鼻先に命中させた。アチチと悲鳴を上げて、顔に手をやる半グレの側頭部に、金髪アタマが鋭い蹴りを喰らわせ、半グレは、酒場のガラスを勢いよくぶち破った。驚きを隠せない鉄パイプの半グレが、咆哮を上げて特攻し、鉄パイプを振るい、何度も何度も、金髪アタマの身体を殴る。手応えを感じて、すっかり調子づいた半グレだが、それをあっさり砕くか如く、金髪アタマが鉄パイプを片手で掴んだ。自慢の金髪アタマから血を流して、半グレを睨み付ける。半グレは畏怖し、金髪アタマに問う。
「痛く、ねえのかよ」
金髪アタマが怒りを込めて答える。
「痛えに決まってンだろ」ミシッ…と音を立てて、鉄パイプがひん曲げられた。「良いこと教えてやる。痛みはいくらでも身体に刻んどけ。そういう奴こそ、本物の強者になれるぜ」
そう言い放ち、金髪アタマは、半グレの身体に何発も何発も拳を叩き込んだ。血飛沫を上げて地面に転がる半グレに目もくれず、金髪アタマは新しい煙草に火を点けた。
「歯ぁ折れちまったな、ごくろーさん。歯は高いからねえ」
血を拭いつつ、呑気に一服を始めたこいつの名は、式嶋 淨(シキシマ ジョー)。神宿でも名の知れた不良で、おそろしいほど強いがゆえに、フダ付きならぬ、"御札付きの不良"、と呼ばれていた。
「思ったよりも数が多いな。厄介なのに喧嘩売っちまったぜ。バイクで隣町まで逃げて、ほとぼりさめるの待ちてえとこだが、ガソリン切れちゃあどうしようも…」
ぼやく途中で、思いついたように声を上げた。口から煙が漏れてゆく。
「電車使えばいっか。神宿駅までなら、なんとかあいつら振り切れンだろ。よっしゃ決まり。いくか」
式嶋淨は、煙草を捨て、立派に磨かれた革靴で火を踏み消すと、地面を蹴り、疾走した。
しかし間抜けにも、大通りに出てしまい、半グレの本隊らしき連中にすぐに見つかった。
「あ、やべ」
武装をした連中が、血相変えて、こちらに走ってくる。
「いやがったなぁッ」「止まれオラぁッ」「ブッ殺してやるッ」
さすがの式嶋淨でも逃走を選択し、再び地面を蹴った。
「舐めンじゃねえぞ、振り切ってやる」
余裕の笑みを浮かべて、式嶋淨は、尋常じゃない速度で、街中を駆け抜けていった。
二十人相当の半グレを引き連れて、"御札付きの不良"が、恐ろしい力を持った者たちがいる神宿駅へと向かってゆく。今までとは違う、混沌の渦が生まれようとしていた。たのしいたのしい、御祭り騒ぎの予感だ。

この国も、捨てたものじゃあ無い。

ー次回継続。

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