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ハルへ

このお話は全て創作です。お話の出来事や登場人物は全て架空のものです。

仕方のないことだったんだ。突然のことで、俺にはもう他に選択肢がなかったんだ。誰が悪いわけじゃない。ただ君にだけは、最後に挨拶をしたくて、ここに来たんだ。

みんなの住む場所から遥か彼方の惑星の、その中のとっても小さくて暗い小さな村が僕の住処だ。

僕らはその村をキタノ村と呼んでいる。けれど、村の外の人間は誰もその村に近づきたがらない。
何故かというと、この村に住んでいる人間は、かつて別の星で悪いことをして、その罰を受けている罪人だからだ。誰も好き好んでそんな過去を持つ人間と関わろうとはしない。僕もそのうちの一人だ。
僕たちは毎日、村の近くにある鉱山へ向かい、鉱石を採掘することを義務付けられている。けれど、肝心の別の星での記憶は僕たちから取り上げられていて、僕らは何が罪で何が罰なのかわかっていない。この寒い村では、生きていくこともやっとのことで、昔のことや未来のことに考えを巡らすことがうまくできない。ここにきてどれくらいの月日が経ったのだろう。
僕の友達で、緑のベレー帽をかぶったおじさんが几帳面に寝る前に記録を記していたそうだが、面倒になってついにそれもやめたようだ。

ある日、僕は採掘場から家に戻って手紙を書いていた。(罰ではあるが)採掘場では、サラリーが支払われ、僕はその一部を生活に充て一部を貯金し、残りは家族へ送るようにしていた。
僕は常々この贖罪を通じてサラリーを受け取ることに疑問を感じていた。もちろん生きていくためにはサラリーは必要だけれど、償いという見方から考えて僕にもらう資格はあるのだろうか。
でもそもそも、自分が犯した罪が何かも知らされず僕たちは労働をしているわけで、そういう意味では、僕にとって今していることは何もかもが説明不足で、何が正しいかなんて答えの出るような問題ではない気がしてきた。こういう難しい問題は、ベレー帽のおじさんに考えてもらえばいいや。

ーピン・ポン

突然、家のチャイムが鳴った。のろのろと扉を開けると、一人の少年が息をきらして僕の前に現れた。名前はハル。僕の友人だ。

やけに慌てているようだね。こっちに越して来たのかい?
久しぶりに見たハルの顔が面白くて、ニヤニヤしながらいった。                 ハルはムキになって「冗談よせよ。誰がこんな所。やむを得ず、飛んで来たんだ。といった。「話があるから、入れてくれ」そういって、ハルは強引に僕の家へ上がりこんだ。

しばらく僕とハルは、他愛のない話を続けていた。ハルは外の暮らしを僕に伝えてくれる唯一の人間だった。外の世界ではセラミック資源をめぐって国家間の緊張が高まっていた。以前から問題視されていた砂漠化はと進行し解決策のないまま進行し、その浸食は大国の都市にまで及んだそうだ。ひょっとしたら、外の世界とこの村も大差がなくなるのかもしれないな。いずれにせよ外の話は僕には関係のない、別の世界の話だった。

ふっと、ハルはうつむき、瞳に影ができた。
「旅に出ることにしたんだ。明日の朝発つ。もう戻ってくることはない。」心の動きに言葉がついていかなかった。僕は黙ってハルの言葉を待つことにした。

「仕方のないことだったんだ。突然のことで、俺にはもう他に選択肢がなかったんだ。誰が悪いわけじゃない。ただ君にだけは、最後に挨拶をしたくて、ここに来たんだ。」僕はしばらくなにも言えず、喉の締め付けが引くのを待っていることしかできなかった。

夜、僕は鍋を用意した。僕の頭には、言葉がバブルのようにあふれ、声に出そうとした言葉が現れては消えていった。それはハルも同じようで、僕らの会話は何度かの断絶を繰り返し、やがて二人とも何も話さなくなった。ハルとの最後の時間だというのに。 

翌朝、ハルは庭で薪を割っていた。ハルは僕の家に泊まった日の翌朝は決まって薪を割って、暖炉にくべていた。僕はその姿を見るのが好きだった。ハルの脚は力強く大地に根をはり、美しい褐色の肉体には汗が浮かび、背中からはうっすらと白い湯気が出ていた。こちらの視線に気づいたのだろう。僕とハルの目が合い、僕は慌てて自室へ戻った。おそらくハルは僕に気づいてはいただろうが、何事もなかったように視線を戻し、薪を割り続けた。


数か月後、ハルは異国の地で死んだ。あの時に見た褐色の肉体は彫刻のように僕の目に刻まれ、色あせることなく、未だに僕の瞳の奥に映し出されている。

僕は遺骨のないまま墓を作り、そこに一本の苗木を植えた。                     

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