風音

それはとても自然な自慰みたいなものです。 言葉の練習帳

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マガジン

  • わたし

  • 私のきらいな言葉

    私「この言葉」が嫌い。 私が独断と偏見で選び抜いた嫌いな言葉を、完全に斜め上からの偉そうな視点で書きます。 完全に偏見ですし、特に何も考えずに打ち込んでいるので、非難は全て受け止めます。

  • 会話

  • 洗脳

    • 3本

    二十歳を越えると急に目新しいものがなくなった。 新しい生活を迎える前のあの心地いい緊張感と興奮に20年も動いている体はもう慣れてしまった。 周りは既に自分の手垢が付いたものだらけ。 どれも愛おしいものばかりだけれど、 初めて動物園でキリンを見た日、あの時みたいな腹の底から湧き出る感動はない。 見るもの食べるもの得るものに以前ほどの感動も感傷もしなくなった私達は、 唐突に、 本当に唐突に、 作り手も読み手も予測できないものを生み出したくなりました。 これは作り手である私でさえ、この小説で生きる人間がどんな人と出会い、どのように生き抜き、また死にゆくのか、全く分かりません。          「毎回決めるのはテーマだけ。」 そこには起承転結もなく、決められた結末もない。どう転ばせて、走らせるかは全て筆者次第。 三浦雷と岸本龍人と青木まりこが織りなす繋いで紡がれるリレー形式の小説です。

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片想いは破滅への道。

突然の告白で申し訳ないのですが、私は片想いが絶望的にへたくそである。どのくらいへたくそかと言うと、22年間私は片想いを実らせたことがない。 とりわけへたくそなのが、「タイミング」と「駆け引き」だ。 無論、幼い頃に少女漫画という名の教科書を用いて、数々のカップルの始まりを見届け、彼らの一途な恋愛劇にものすごく憧憬の念を抱いたし、制服を着たら恋心が付録でついてくるもんだと思っていた。 現実は違った。 私の片想いがスタートを切ったら、ゴールテープを切る頃には、恋愛漫画の二番

    • "夜に逃げないでちゃんと私を見て。" と書かれた2020年のメモを見つけた。

      • 文字と言葉

        言葉に触れること、いつからしていなかったか。 わたしは常日頃画面に向かってたくさん文字を叩いている。 仕事で、わたしはたくさん文字を叩いている。 仕事間のやりとりはなんだかいつもつめたい。 相手の表情が見えない。分からない。 分からないことは常にこわい。 こわいと感じるのは、わたしが単純に小心者だから。 相手の気持ちを常に伺っていたいから。 それがこの長方形の枠の中に、文字として収まると一気に見えなくなってしまう。 伺えない。枠の外でヒトはどんな顔をしている。 見えなく

        • 感情は非言語 小田和正は正しい。

          久しぶりに長く書きたくなった。 いつも誰に言われているわけでもないし 誰かのために私が書いていたわけでもないけど、 久しぶりに自分のために書きたくなった。 だって暇だし、お金もないし。 感情とは葛藤して初めて生まれてくるもの。 だと私は思う。というか、そうだ。 しかもそれはすごく複雑であって、喜怒哀楽じゃ簡単に表現できない。 感情は言語化できない。 いつだっていろんなものがぐちゃぐちゃに混ざり合っているものだと思う。 だから、私は

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        片想いは破滅への道。

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        記事

          ニキビまで愛せるようになったらそれはもう私の勝ち。(言い訳)

          メイクした顔を可愛いと言われた。 そりゃそうだ。自分の顔が可愛いと思えるまで鏡の前に立ち、油絵のように塗り重ねているからそりゃ可愛いくて当たり前だ。 わたしは生まれてからずっとニキビと闘っている。 母にずっとアボカドを餌付けられ、枕カバーも定期的に洗い、中学生の頃から2000円以上もするニキビ用化粧品を浴びるように使った。 私は油が得意じゃない。カルビもポテチもフライドポテトも、胃もたれすることを恐れて自ら進んで食べない。 なのに、私はポテチが大好きな友人よりも、 洗顔

          ニキビまで愛せるようになったらそれはもう私の勝ち。(言い訳)

          会話:一番好きなものはなに。

          「この世で一番好きな食べ物なに?」 んーやっぱりウニかなぁ。 「地球滅亡最後の日でもウニ食べたい?」 んーウニかなぁ。でも地球最後って突然知らされた時、海沿いにいなかったら美味しいウニは食べられないのか。 そもそもミョウバンで処理されたウニしか食べたことがないわたしが、ウニが好きなんて軽々しく言っていいのだろうか。 「それは知らん。でも地中海のウニってめちゃくちゃ美味しいらしい。」 地球最後の日には、実家がいいなぁ。かと言ってスーパーの木箱に入ってるウニを突くのもな

          会話:一番好きなものはなに。

          夏の夜はコインランドリーへ

          6月末の気温や肌に触れる風、私が他の月より鮮明に覚えているのは、きっと誕生日が近いからである。 去年の6月より、今年の6月は圧倒的に暑い。 暑い と 熱い の区別がつかないくらいにあつい。 わたしはとにかくあついのが苦手だ。 体温の上昇を防ぐためか、体に炭水化物が上手く入らなくて蕎麦しか食べれないし、真昼間に外を歩くなんてお金くれなきゃしない。 そんなあつさに弱いわたしのマイブームは、夏の夜にコインランドリーへ出掛けることだ。 これは世界共通なのか知らないが、コインラ

          夏の夜はコインランドリーへ

          わたしが消滅すること。

          わたしはわたしが消滅したと思う時がたまにある。 沢山の人に囲まれている時、 映画を観ている時、 バイト先で嫌なお客さんの対応をした時。 わたしは沢山タイミングを見計らって わたしの中のわたしを完全に消滅させる。 時に誰にも気づかれず、 時に忘れ去られることを願いながら。 わたしは明日を上手に生きるために、時々わたしを消滅させる。

          わたしが消滅すること。

          四言目:〜だけが嫌い。

          4180円のお会計になります。 ごめん、2000円だけ貰ってもいい? あー、うん。 私はカフェでアルバイトをしている。 今日、お会計を担当した初対面の男女と思しき二人の会話で上記のような掛け合いがあった。 ここで思う。 「だけ」ってなんやねん。 「だけ」には、人それぞれの尺度があると私は思うのだ。 ひと口だけちょうだいという言葉がどうも信用できないように、「だけ」という言葉は明確な質量がない。 各々が勝手に決めた規格の「〜だけ」を他人に押し付けるのはどうかと思わ

          四言目:〜だけが嫌い。

          三言目:カタカナが嫌い。

          三言目にしてだいぶ広域な言葉でごめんなさい。 私はカタカナが嫌い。嫌いというか苦手。 苦手、というか紛らわしいのよね。本当に。 私はカタカナにすごく胸焼けする。 ワクワクとか、ドキドキとか、擬音語はまだ許す。本当に許す。 私が嫌いなのは、カタカナの、時々、嘘をつくところだ。 カタカナを用いて、英語を表現することがよくある。 そんな時カタカナは、これでもかと大っぴらげに嘘をつく。 英語圏でりんごのことをアップルと言ったら、何言ってんだねアッポーだよ。なんて言われてしまう。 t

          三言目:カタカナが嫌い。

          銃口に一輪の花を。

          2022年2月24日。 朝起きて、昨日の鍋の残りを食べて、顎にできたニキビと携帯をいじりながらボケっとしていた私に、ある通知が舞い込んだ。 戦争がはじまりました。 国際社会にサポートを願います。 信じられなかった。5回読み直した。初めはフェイクニュースだと思った。 思わず外を見た。東京の空は雲ひとつなくて、同じ空の下で人が殺し合っているなんて俄かに信じがたかった。本当に信じたくなかった。 私にできることはなんだろう。 私たちは学校で、戦争の痛みや無意味さばかりを教わって

          銃口に一輪の花を。

          二言目:思ってたのと違う。が嫌い。

          「思ってたのと違ったわ。笑」 私はこの言葉が嫌い。 ちなみに、笑。が肝心である。 この言葉、モノに対してならまだ良い。そして、後に続く言葉がプラスな言葉なら、ギャップを褒めてくれたという意味でとても嬉しい。 しかし世の中には、この言葉を人間に対して使う人がいる。しかも、マイナスな意味合いで。 昔恋人関係にあった人にこの言葉を発せられ、そして別れを告げられた時、私は心の底から絶望した。クーリングオフ? わたしは、貴方の想像の範囲だけで生きていないのだ。 わたしは貴方と出会う前に

          二言目:思ってたのと違う。が嫌い。

          一言目:エモいが嫌い。

          私は言葉をあまり知らない。 あんまり知らないわたしでさえ、あんまり好きじゃない言葉がある。 今日から少しずつ、私だけの感覚で、偏見を交えながら好きじゃない言葉をぽつらぽつら書いていこうと思う。 一言目:タイトル通り、エモいって言葉が嫌いだ。 英語+い の組み合わせにしたら、なんとなく言葉ばかりが若返ってしまう気がするし、エモいは、特定の対象物に対して、十人十色で抱くはずの感情をまるっと言い表しちゃう言葉であるからだ。 emotionalは、感情とか情緒という意味なのだから

          一言目:エモいが嫌い。

          note

          こんなにノートを毎日書いているのにも関わらず、下書きに全ておいやってしまうのは、その日書いた熱量のまま続きを書ききれないからなんだと思う。 私は今完全に眠る状態だし、なんなら毎日眠る状態で思考を整理しようと書いてる。でも私は毎日全然まとまらないまま眠る。人はなんやかんや完璧を求めがちだけど、意外に思考がまとまらないままのnoteもなかなかいいんじゃないかなぁとも思ってみたりする。結局のところ、私の文章は仕事でもないただの自己満なのだし、自己陶酔に似たようなもの、ではなく完全に

          未だにガラケーを使うサラリーマンのお陰で窓の外の銀杏が見れた話

          ここはバス。 私はスマホでいつものようにInstagramを開いて特に興味もない人のストーリーを流しながら、幅広いジャンルの音楽をAppleの気分任せ(シャッフル)にして聞いている。お陰で毎朝躁鬱なんですが。 私の隣にサラリーマンが座る。 するとなぜか時々私の方を見るのです。変な人が座っちゃったーなんてその時は思ったし、いっそのこと見つめ返してやろうかとも思いながら 人間の視野の限界を使って、目の端で盗み見たら 彼の視線の先は私でもなんでもなくて、私のその先の窓の外、銀杏の

          未だにガラケーを使うサラリーマンのお陰で窓の外の銀杏が見れた話

          叫びたい日

          わたしは一昨日からずっと叫びたい。 正確にいえば自覚し始めたのが一昨日からで、本当はもっと以前から叫びたかったのかもしれない。 完全に理性が備わったとき、わたしはすでにハタチを過ぎていて、いくつかの自分を失ってしまった後だった。 けれど未だにわたしは理性的に動けない方だと思う。 だからいざ、叫びたいと思うと、それがたとえ電車の中でも衝動に駆られる。 たった今、電車で駆られてしまっているから、こうして、書いてる。 叫ばないように、叫びたいことを、書いてる。 消化できる方法

          叫びたい日