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生き抜くこと、とは

・1ヶ月休職して、今は週3で午前中(4.5時間)働くようになった。

職場に行っても楽な仕事しかできない。していない。治療の準備だったり、なるべく座ってできる雑用だったり、在庫を2階から下ろしてきたり、トイレに逃げ込んだり、時々割り振られている担当患者さんのお口の中のお掃除をする。

・患者さんと向き合ってる時間(だいたい1人30分〜1時間)は好きだ。馬鹿な話ばっかりしてる。鬱でしんどい自分が、違う自分かのようにペラペラと明るい口調で雑談をしてる。鬱を忘れられている気がして楽。終わった後は自分の世界に戻ってきて、ドッと疲れるけど。

・うまく患者さんと仲良くなれて、相手の口の中の状態(腫れまくってて血まみれ状態)(歯周病が進んで、抜くまでに至らないけどぐらぐらしてる歯)(何度も虫歯を繰り返す)を、長期的に少しずつ改善させていく、この仕事はとても好きだ。やりがいもある。楽しい。

・なのに、近頃は仕事どころか、外出するのがひどく怖い。人がたくさんいるところも怖いし、電車も怖いし、人がいないような近所でも「体調が悪くなるかも」という予期不安が強くてしんどい。外が暗くなるまで待って、買い物に行く毎日。

・頑張って仕事や遊びに行って、外から受けるストレスをびしびし受けて家に帰ってくると、死んだように寝てしまう。起きたら、外はもう暗いし、お腹は空いてないけど、ご飯の時間だし、鬱々した気持ちでいっぱいになって、レキソタンを飲む。最近レキソタンを飲む量も増えてきたような気がする。

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・先日、愛鳥のピーちゃんが亡くなった。下半身付随の病気で、闘病生活は4ヶ月近く続いた。あんな小さな体でよく頑張ったと思う。

そんなときに彼がくれた「ペットを亡くして悲しんでる人間向けへの絵本」を読んだ。そこには「ペットたちは虹の橋の向こうで待ってるから、生きて生きて生き抜いてね。迎えにいくから」そんなことを書いてあった。

生き抜くって何だろう。寿命を全うすること?病気と戦って死んでいくこと?やりたいこともう全部やった!という達成感と共に死んでいくこと?私は鬱で毎日死にたさと生きたさと戦っている。

正直、今は生きている選択に主体性はない。恋人や友達や、実家に預けてるもう1匹の愛鳥や猫、推し、姪甥、おばあちゃん、みんなにまた会いたいから生きてる。この社会性がなければ、私はとっくに死んでる。

でも今は私が自殺したとして、それは病で倒れた人間が死ぬことと何がちがうのか。自殺はいつだって「もったいない」「無駄死に」とか言われがちだけど、こんな生き地獄生で、このまま年金受給するような年齢まで生きていける気がしない。

やりたいことがあるのに、体力も精神力もないので、まともに出来ない。行きたいところがあっても、体調を崩して思うように楽しめない。

何が楽しくて生きているのかわからない。


・ただ一つ今わかることと言えば、休息を必要としてるし、敏感に感じとるストレスから身を守るベールのようなものがひどく弱っていると言うこと。

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今日も午前中だけ仕事だけど、濃い化粧をしてCHANELの香水をきつめにつけて、肌馴染みのいいネイルを塗って、武装をする。

意味がないってわかっていても、素の自分でいるよりはよっぽど強くいられる気がする。

・今日も頑張れないし、きっと明日も頑張れない。けど職場に行くだけで100点だし、早退しなかったら200点満点だ、と言い聞かせて、自分勝手に今日も1日なんとか生きていく。

・どうやら、人間はなんとしてでも生きていかなきゃいけないらしいから。



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