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断片 栄養剤を使おう!

 疲れますよね、日々。日々日常のあれやこれや。どんな人でも疲れてんだよたぶん。そうして疲れが限界に来たときに病気になったり死んだりする。あまり疲れてはいけないのだ。そこで何かしらの回復法を取り入れるといいもので、人によってそれぞれやっているものはあるでしょう。アロマオイルだったりとか音楽を聴くだとか、布団に凝るだとかうまいコーヒーを淹れるだとか。そうして各人がそれぞれやっているところへ私は栄養剤を飲んだりしている。これがしっくり来る。キューピーコーワなんですけど。これには漢方の生薬が使われてるもんで、生来私は漢方がよく効く体質なのでぴったり。バリバリ健康ナンバーワンというか、がんばってます。

 夜中というのは静かなもんで、こういうときに静けさを楽しむのか、聴きやすいといって音楽をかけるのかと。音についてはまあその二択があるか。静かというのなら時計の秒針の音まで聞こえるんだし、音楽だというのならもうそれは心地よく聴けるというもの。騒音などの邪魔が入らないのが夜ですなあ。そうしておいてこの断片なども書いているような夜。先ほど手書きのものも二日分やってた。ぐったりガッツリ休んでからの執筆なので捗った。まあだんだん疲れてくるんですけど。そこでキューピーコーワなんですな。話が戻ってるけど。疲れてる方、周りで誰か飲んでる人がいたら一錠もらって飲んでみてください。断言はしないが効くかもしれないから。

 二月の一週目が終わる。なんということだ。人生短いわ。生の短さについてだわ。セネカだわ。聖賢、時間はただ使い方次第だっつってたね。時間の浪費をするからいかんと。時間を奪われてはならぬと。人生を生きていくというのは時間と共に行くことなので、マイナスになることは極力避けていきたいものです。たぶん人間にとってこの世界のたいていのことはどうでもいいんですよ。だからどうでもよくないこと、自分にとって大事なことに注力しましょうと。そうしたらプラスだらけの人生にもなろうというもの。いい人生だった、といって死ねるというもの。

 ボカロとラウタヴァーラを聴いている。この両者は遠いように見えてなかなか近い。何が近いのか。現代性においてである。現代に作られましたよ、とまあ、驚くべきことにそれだけの話をわざわざいうのだった。あとは音楽としてポップの流れなのかクラシックの流れなのか、そこの位置づけもありますし、両者を並べて語ることの難しさをまさにいまひしひしと感じております。ここで、どっちも音楽ってことでいいじゃん、みたいにすると何かを見落とす。そりゃ音楽よ。詳細に見てみましょうの話よ、いまこれは。まあポップミュージックもクラシックもそれぞれにファンがいて、構造も用語も聴き方もそれぞれにあるのであってみれば、つまり文化圏が違うんだったらもうやっぱ「それぞれ」といって深入りはしないのがよいか。この小文では扱いきれなかったようだ。力不足。

 読書。読書はちょいと置いといてる。書くほうに集中しちゃって読めてない。書くと読めない。なぜか。疲れ果てるからである。余力がないのである。困りましたな。書くと読めないけど、書かなくても読めないみたいなことすらあるこの読書というもの、営為、さてどのようにやっていくか。読みたいものはたくさんある。どうにかして休憩をとって、回復してから読みにかかればいいか。回復といえばキューピーコーワが効くのであるが、キューピーコーワの話は今回もうこれで三回目なんで、さすがにね、もういい加減うぜえでしょ金井。キューピーコーワは悪くないんだけど。



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