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『東九龍絶景』 8

8 タカマのミロゴイ

 白い壁に灰色の屋根という小屋の前に立った。壁は木でできていた。ところどころ黒っぽく変色している。ドアの横に窓があったが、カーテンがかけられていて中は見えない。
 少し躊躇して、それからドアをノックした。小屋の中でがさごそという音。
 ドアが開いた。筋肉質の、短く刈った髪をした浅黒い肌の男が出てきた。
「なんだ。どうした」男はそういった。
「お墓参りに来たんですけど」
「感心だな、子供なのに」
「子供でも幼くはないぜ」カザミがいった。
 男はゲラゲラ笑った。かっこいいな小僧、という。
「で、誰の墓参りだ?」
「こいつのオフクロ」と僕を指差す。
「名前は」
「僕はソラといいます」
「それと、母親の名前は?」
「アカネです」
 男は、わかった、といって小屋の奥へ入っていった。玄関から覗くと、机の上の分厚い帳面をめくっていた。しばらくの間そうしていて、やがてうなり声を出した。
「アカネさんというのは三人いるんだが、名字はわかるか」
「名字は持ってなくて……」
「そうか、名字なしのアカネさんならひとりだ。三七区域だな」
 で、とつけたす。
「帳簿を見たら、そのアカネさんはハルカという女の母親でもあるみたいだ。お前、ハルカの弟か?」
「そうです」
「大変な姉ちゃんを持っちまったな」
 そして、墓まで連れて行ってやる、といって小屋から出てきた。遠目から見ただけだが、どうも墓地は広そうなのだ。墓石が地平線まで点々と続いている。迷いかねないので、案内はありがたい。
「俺はタカマ。誇りある墓守だ」
「変な誇りだな」カザミが茶々を入れた。
「そうでもないぞ。俺はこの墓場を支配する王のようなもんだ」
「王ですか」僕は戸惑う。
「この墓場に眠る者たちは、全員俺の手で葬ったんだ。穴を掘り、棺桶に入れて、永遠へと向かう者への真摯な祈りを捧げてな」
 そういって玄関から出てきた。少し顔を赤らめている。
「かっこつけすぎた。俺はただの墓守だ」
 照れていたのだった。
「フライさんがしっかりものっていってましたよ」
「やめてくれ、普通だよ」
 そういって、僕らの視線を振り払うように先に歩き出した。照れ屋なのだろう。少し先から僕らにいった。
「三七区域はけっこう端のほうにある。歩けるな?」
 返事を待たず、タカマさんは進んでいった。慌てて追いかける。芝生の地面に、白い砂利で敷きつめた道がまっすぐに伸びている。その砂利道に足を踏み出すたび、カリカリと細かい音が立った。
 そういえば、と僕はいった。
「花が欲しいんですけど」
「そこらに生えてる。摘んでいけばいいさ」という。「ギミタラの花だ」
「ギミタラが花をつけるんですか?」
「栄養を与えれば咲くぞ」
「僕、あの葉をお茶にしてて」
 うん、とタカマさんはいった。
「ギミタラ茶はうまいよな」
「そのうまいのをちょっとくれ」とカザミ。「のどが渇いた」
 僕はリュックから水筒を出した。蓋も兼ねているカップに注いで渡した。カザミはぐっと飲み干す。ふうっ、と息を吐く。
「生き返るぜ」
「お墓でそのセリフはどうかな」
「生き返るやつもいるぞ」とタカマさんが割り込んだ。「棺桶の蓋を、内側からガンガンと叩いてな」
 などと怖い話をする。そのとき、辺りはもう墓石らしいものがずらりと並ぶところに差しかかっていた。右手の芝生の上、灰色の、板のようなものがたくさん置かれていた。その板が墓石なのだろう。こんなところで聞きたくない話なのだが。
「生き返ったら、そいつどうするの?」とカザミ。
「棺桶を開けて、身だしなみを整えて日常に戻る」
「のどかなもんだ」
 左手にある森の影のもと、砂利を踏んで進んでいく。曇天である上に影にいるので肌寒い。ここが墓場だということもあるのだろう。ひんやりとした空気だ。静かで、時折森の中から鳥のさえずりが聞こえるだけだ。
 道のそこかしこにボロボロの立て札がある。そこには数字が書かれている。ここがどの区域なのかを示しているのだろう。
 切りのいいところで立て札があり、その数字は入り口付近のものからだんだん増していっていた。
 僕たちはいま二四区域の前を通っている。だいぶ奥のほうに来ていた。墓石の群れはまだ先まで続いている。
「あそこにでかい木があるだろう。あのあたりだ」
 タカマさんが遠くを指差した。太い幹にたっぷりと、青々とした葉をつけた木だ。少し歩き疲れているし、足の裏も痛かった。
 それでも歩き続け、特に会話はないまま、ひたすら木のあたりを目指した。左手の森はとても大きいらしく、木々や葉が途切れることはない。右手にある墓石の群れも同様に、延々と置かれていた。
 いったい何人が死んだのだろう、と思う。ここまでざっと見ただけでも数千人分の墓がありそうだ。タカマさんはこれを全部手がけたのだろうか。
 やっと巨木の前まで来た。体は汗ばんでいて、喉も渇いている。ギミタラ茶を飲むとまたカザミにも要求された。
 巨木から目を転じた。三七、と書いてある立て札が道の脇にあった。
「ここまで来たらすぐそこだ」
 タカマさんが墓石の並ぶ中へ入っていった。僕とカザミも追って入る。砂利道から芝生になったので、その柔らかさが靴底に感じられた。暖かいような感触だ。
 タカマさんの背を追い、墓石と墓石の間を通っていく。苔むしたものもあるし、磨かれたようにきれいなものもある。置かれて間もない花のオレンジ色に彩られた、背の高い墓石もあった。
 それで思い出した。手向けの花をまだ摘んでいない。それをタカマさんにいう。
「だいじょうぶだ、そこらに生えてる」
 そう答えてまた進んだ。
 やがて立ち止まった。タカマさんのそばにある小ぶりの墓石を見下ろす。母の名であるアカネという文字が彫ってあった。
 風化したというのか、雨風にさらされたその墓石は弱々しいものだった。でも母はここに眠っている。
 墓参りの作法などは知らない。ただ、僕は墓に跪いた。祈るときの手の組み方もわからないので、ただ墓石を見つめていた。
 花を摘んできてやる、とタカマさんがいって、芝生を踏んで奥のほうへ歩いて行った。僕は跪いたままだ。
 カザミがいう。
「オフクロさんも嬉しいんじゃねえかな、ソラが来てくれて」
 僕は返事をしなかった。カザミは僕の横に立ったまま、それ以上なにもいわなかった。
 教会で聞いた母の声を思い出す。なんとなく、あれは死にゆくときの声だったのではないかと思う。謝る言葉は僕にもハルカにも向けられたものだったろう。
 声は、まだ幼かった僕とハルカを残して去ることを謝っていたのだ。
 しばらくしてタカマさんが戻ってきた。両手にオレンジ色の花をたっぷり持っていた。
「ギミタラの花だ」
 そういって僕に手渡した。腕からこぼれそうなほどの量だった。鮮やかな色の花から、甘酸っぱくてきつい香りがした。
 母の墓に向き直ってしゃがみ、その前に花を置いた。それから見栄えのいいように揃える。立ち上がって見てみると、墓は美しいようになった気がした。
 タカマさんに作法を訊いた。だが特に決まりごとはないらしかった。
「でも、語りかけるやつは多いな」
「墓はしゃべらないじゃん」とカザミ。
「おしゃべりをするんじゃなく、祈りの形なんだ。霊や魂に語りかけるんだよ」
「届きますか?」
 そう僕が訊くと、タカマさんは頷いた。
「届くんだよ。たとえ死んでいようとな、必ず届く」
 それから僕はもう一度跪いた。ギミタラの花の香りの中、声で何かいおうとしたが、口が動かない。
 心の中で語りかけた。寂しいけれど、生きていけるよ、そういうようなことを伝えた。
 背後の森から、また鳥の鳴き声がした。数羽が放つ涼やかな響き。タカマさんが森のほうを見た。何気なく見ていたようだった。この森を毎日のように見ているだろう。
「ソラ、何か聞こえたか。墓から」
「聞こえない」カザミにそう答えた。
「そりゃ、聞こえたら霊媒ってやつだからな、普通は聞こえないさ」
 タカマさんが森から目を戻してそういった。
「教会で……」
「何?」
「教会で母の声が聞こえたんです」
 タカマさんは、ほう、と答えた。
「お前が霊媒かどうかはわからんが、お母さんは会いに来てくれたんだろうよ。よかったな」
 愛されてるんだぞ、とつけ加えて、まだ跪いている僕に立つようにいった。そろそろ帰るときなのだろう。長くここにいたような気がする。太陽は少しだけ西に傾いていた。
 それから三人で、話しながらもと来た道を戻っていった。カザミは墓場のそばに死体が並んでいたことについて訊いた。
「あれ、死体公園ってやつなの?」
「そう呼ぶやつらもいるな。死体が日向ぼっこしてるってよ」
「埋めないのか」
「身元がわかるまでは勝手に埋められない。あんまり腐っちまったら、かわいそうだからさすがに埋める」
「くせえもんな」
「ああ、くせえもんなんだよ。みんなくさくなるんだ。なんでだろうな」
「がんばって生きても最後はあれかよ」
「そうだ。どうせ最後がああだから、生きてるうちにパッと咲かすことだ」
 タカマさんとカザミのそんな会話を、横を歩きながら聞いていた。砂利道が靴底をつつく。僕の粗末な靴では、やはりこの道は痛かった。
 そういえば、と僕は訊いた。
「ギミタラが花をつけるって、初めて知ったんですけど」
「あれは養分の問題だ」
 とタカマさんはいった。
「埋めた死体から、どうもたっぷり栄養が出るらしいんだ。その土で育ったギミタラは咲く」
「ちょっと気味の悪い話ですね」
「でも、きれいな花だったろう」
 数字の書かれた立て札をいくつも通り過ぎ、やがて小屋が見えてきた。森の影にひっそりと建っている。こうして見ると本当にささやかな建物だ。欲がない、というのだろうか。主張したり、飾り立てるものが何もない。
 小屋に辿り着き、ちょっと待ってろ、といってタカマさんが中へ入った。ガサゴソと音がしていた。ボーッと入り口を見ていると、小さな折りたたみ椅子を三脚持ってタカマさんが出てきた。
 椅子をひとつずつ受け取り、僕とカザミは小屋のそばに座り込んだ。タカマさんはもう一度小屋に入り、今度は湯気の立つポットとステンレスのカップを三つ持ってきた。
「墓参り、お疲れさん」
 渡されたカップに注がれたのはギミタラの熱いお茶だった。僕の作ったものよりも香りが強い。花ごと干して淹れたのだろうか。
 それぞれに飲み出す。疲れた体にしみる。森の影のここから上を見る。曇天は続いていた。
「お前らは南部から来たんだろう」
 タカマさんが突然いった。僕とカザミは黙っていた。カザミは体を緊張させたようだった。
「そんなナイフをぶらさげてたらわかるよ。気張ってるもんな」
「……歓迎はされないものだと」
「他の連中は知らんが、俺は分け隔てしない。南部の人間だってけっこう埋まってるんだ。墓参りくらいさせるさ」
 そういって、カップから一口飲んだ。でもまあ、という。
「ぶらさげておかないほうがいいな」
「いざってときにどうすんだよ」とカザミが刺々しくいった。「戦えないぞ」
「考え方次第だが」とタカマさん。「戦わずに済ませたらどうだ」
「そんなの、こいつを抜けば相手は逃げるだろ」と腰のナイフに手を当てた。
「逃げたあとは? 恥をかかされ、メンツを潰されたやつの復讐の可能性は?」
 タカマさんがそういい、カザミは黙った。
「戦うそぶりも見せずに渡るんだよ。そうすりゃどこだってあぶねー場所じゃない」
 張り合うから物騒なことになるんだ、といって、ポットから三人のカップに注いだ。ポットは空になった。
 それと単純に、という。
「お前らを埋めたくない。子供を葬るのはつらいんだ。この世の終わりみたいな気分になる。死ぬなよ」
 僕らは黙ってギミタラ茶を飲んだ。口の中が爽やかになる。南部へ帰ったら花入りのお茶を作ってみよう。ギミタラの花を摘んで帰ろう。
 お茶を飲み終え、僕とカザミは帰ろうと立ち上がった。ごちそうさまでした、とタカマにいう。
「ときどきは墓参りに来いよ。そしたらまたお茶を出してやろう」
 椅子を片づけながらそういい、僕の目をじっと見て手を止めた。
「なんですか?」
「いや、目がな」とタカマさんはいった。
「お前、目がハルカそっくりだ。色、形、眼光……」
 しげしげと見られた。僕はたじろいだ。
「姉弟だから?」
「うーん、どうだろうな」カザミにそう答え、タカマさんはようやく目を離した。
「心の在り方が目に出ることはあるが、姉弟で似るのかな。わからん」
「タカマさん、姉に会ったことがあるんですね」
「何度か墓参りに来てたよ。ここんとこ来ないけどな」
「姉は、その……。元気ですか」
「深夜のラジオ・インフェルノに出てる。元気だろうな」
 余ってるラジオをやろうか、といってくれたが、持っているからと遠慮した。あの番組のファンなのだが、そういえば深夜放送は聴いたことがなかった。ハルカが出演しているならば、一度それを聴いてみたい。夜更かししなければならないようだ。
 今夜、聴こう。
 タカマさんに別れを告げて、僕とカザミは道を引き返した。一度振り向くと、タカマさんは大きく手を振ってくれた。僕らもそれに応えて同じようにした。
 小屋を離れ、墓地の入り口へと戻っていった。森からも遠ざかっていく。雲越しの淡い太陽の光が差した。
 死体公園が近い。それがかすかなにおいでわかった。死体は見たくないので、どこか遠回りしようとカザミにいった。
「そうしよう。俺だってやだよあれ」
 そういって辺りを見回す。来たときは墓地まで一本道のように思えていたが、よく見ると脇にそれるような道もいくつかあった。それらの道は砂利ではなく土でできていた。
 土地勘がない。だが、遠回りして教会のあたりまでは行けそうな気がした。
 右手の道へ入る。土の上を歩く。雑草に覆われた中に、焦げ茶色の道はすっと長く伸びていた。これをどこかで左折して、ぐるっと回ればいいはずだ。
 黙々と歩く。水筒のお茶はもう空になっていた。どこかで水を手に入れなければならない。
「ソラ、ラジオ聴こうぜ」
 僕は、いいよ、といってラジオを取り出し、電源を入れた。
――そう、その通りだ。沸き立つものだね、夏ってえのはさ。なんだか祭りの季節だったっていうぜ、いまでもどっかでやってるだろうけどな。しかしまあ、東九龍では祭りってやらないな。俺の頭の中は毎日お祭り騒ぎだけどね。これから夏になるんだし、誰か主催してくれないもんかね。こう、パーッと、ドッカーンとさ、派手なことをしてみたいってのはあるな。神輿とかな。神輿、みんな知ってるかな? 金色にキラキラしてるでっけえ箱を担いで歩くんだけど、俺は一度だけ見たことがあるよ。えれえきれいでな、見ていて上質の白い粉をキメたような気分になったもんだ。アハハ。さて、そろそろ曲を流そうか。ジャズなんてどうかな、シブいディスクがいっぱいあるぜ――
 それから音楽が始まって、僕らは聴きながら歩いた。静かに始まり、だんだんと鳴らす楽器が増えていく。鋭くメロディが演奏される。次の音へ、次の音へと素早く移り変わる。曲のスピードは早いが、どこかストイックだ。
「酒が飲みたくなるな」
 カザミは感想をいったが、その感じは僕にはわからない。酒を飲んだことがないのが、少し恥ずかしいような気がした。
 やがて道を左折したが、変わりばえしないような風景だけが続き、教会がどのあたりなのかもわからなくなった。迷ったのかもしれない。
「行き過ぎたかな」
「だだっ広いぞ。どこだよここ」
 土の道の両脇には、さっきと違って草が生えていなくて、進むうちに道も両脇も区別がつかなくなった。全部が土だ。
 靴の汚れを気にしながらもう少し進んだが、自分のいるところの見当がつかない。
 地図をもらったのを思い出した。アラムさんがくれた地図には北部の図もあったはずだ。それをリュックから取り出す。僕たちは道端にしゃがみこんで地図を見た。教会の印があり、墓地と書かれた区域も見つかった。
「ここをこう来たんだよね」僕は指を滑らせた。
「こうだろ?」カザミは違うように指で示した。
 結局のところ迷っていたのだ。地図が役に立たないくらいだ。何か目印はないかと周辺を見回してみる。土の続く地面があり、それだけだった。
 だがよく見ると、建物が密集したような大きな塊があった。ずっと遠くだ。そこを目指すなら歩いて三十分か、一時間か。
 地図を見る。建物の塊は、地図に記されている中心街かもしれない。
 僕たちは情報を求めている。情報は人に訊かなければ手に入らない。人は街にいるだろう。
 中心街へ行こう、というと、カザミも同意してくれた。
「まだ日本料理ってのを食ってないからな」
「食べたいね」
「街で食おうぜ」
 そういって中心街の方向へ進んだ。土の地面にはもう道などはなく、足跡を残していった。
 遠くでエンジン音が聞こえた。小さく車が見えた。土煙を上げながらこちらの方向へ走ってくる。車はすごいスピードで走っていて、それは軽トラというのか、荷台があり、そこに数人が乗り込んでいるようだ。
 車がだんだん近づく。横を見ると、カザミは目をきつくして体をこわばらせている。僕はポケットの上から銃を確かめた。
 土煙のもうもうとした空気の中、車は僕たちの右横から走ってきて、十メートル先で止まった。僕たちはそちらを向いた。荷台にいたのは外国人たちだった。中のひとりは東九龍の人間らしかったが、両手で抱えるように大きな銃を持ち、車が止まった瞬間に飛び降りて銃口を僕たちに向けた。
「何をやってる」
 男は銃を構えてそういった。僕たちは動けない。
「言葉はわかるか? ここで、何を、している」
 荷台の外国人たちが騒いでいる。ひどく怯えているようだった。撃て、撃て、と男にいっているのかもしれなかった。
「お前らこそ何やってんだよ」
「ナイフを持っているな。後ろを向いて、うつぶせになれ」
 カザミの言葉を無視して男はいった。あの大きな銃を向けられて、僕たちはどうすることもできそうになかった。殺されるのだろうか、と思ったが、これは恐らくアラムさんのツアーの団体だろう。北部の連中じゃない。いわれる通りにすれば安全なはずだ。
 僕は後ろ向きになり、土の上に伏せた。カザミはそうしなかった。男はもう一度強くいった。ようやく、ゆっくりとカザミも僕の隣に伏せた。
「そのまま動くなよ」
 足音で車の荷台に乗り込んだことがわかった。きっと銃口はまだ向けられている。車のエンジン音がうなり、また走り出した。外国人たちの浮かれた、歓声と笑い声。
 車が遠ざかった。僕は立ち上がり、服についた土を払い落とした。カザミも立った。少し泣いていた。
「悔しいな」そういって鼻をすすった。「何もできなかった。悔しい」
 僕は答えられなかった。気休めをいっても何にもならないだろう。あの大きな銃を向けられたこと、外国人からの見下された扱い、こんなときにいえることなど何もない。
 僕は北部生まれだとはいえ南部に住んでいる。銃を向けた男が南部の人間なら、同じ街の人間から銃を向けられたことがショックだった。
 カザミはすぐに泣き止み、服を払った。
 そして叫んだ。
 のどが破れるような、吠えるような激しい声だった。
 カザミの叫びが地面に広がり、強く響き、空へ舞い上がるようにして消えた。

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