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断片 白い肌ー、引きこもりですー

 などという歌詞の歌がある。最近ポップソングをあまり聴いておらんので懐かしいんですけど、これは真夏を歌ったものですね。毎年夏のクソ暑い中で聴いて涼をとっている。あるいは暑さに身をなじませている。晩夏の歌もこの某制作集団は作っていて、それを聴くのはやはり夏の終わり。歌と共に季節がありますね。こちらもうぼちぼち部屋着がハーフパンツになってきたりするところ。暑いからね。もう初夏ってことでいいんじゃないでしょうか。ソーダ水もうまい。ここからだんだんと夏ですか、乗り切りましょう暑さを。金井は執筆で暑さを忘れる予定です。

 さて荷物が来るのを待っている。また買いものをしたのだった。タワレコのキャンペーンでなー、割引とポイント増額とがあってな。買っちゃいましたディスク。やはりどうにもディスク、CDですね、これは買ってしまうようだ。ブックオフでも中古で買うんだし、もはや手がつけられん。CDラックの増設が必要になってくる。引っ越したときにはやってみよう。でもいまCDラックってそんなに販売されてないという噂も聞くところである。みんなデータ配信のほうにいっちゃったかな。時代だねそれも。ディスクという物体が時代遅れになりつつある。かつての黒いレコードと同じようなことか、あるいはビデオテープのように、技術が進めばそれまでのものは遅れる。自分の歳を思うね。わりと生きてきたようだ。

 コーヒーを飲みながらぼんやり。ああ。今日あたりは雨である。梅雨が近いんでしょう。私は梅雨のさなかに生まれたので何か思うようなところがある。なんといえばいいか。感慨深いというのもちと違うし、なんともいえないが、ちょっと普段とは違うような季節として迎えるような感じで。ああそうか、儀式だこれ。儀式的、儀礼的なことに向かう気分、というのがいちばん近い。降る雨に厳粛さを感じるもんでありますが、でももうちょっと先だけどね、ここいらの梅雨入り。雨が降る日々の中で晴れ間には神社へ行きますよ。お礼参りだ。

 グナール・レツボールを聴いている。ちょっと前にいろいろ買いそろえたのだった。昨日今日でヴェストホフとメアッリの曲を聴いて、ああ、とため息。このまったりとして濃密なヴァイオリンよ。まったりっつーかどっぷり。レツボールの弦に沈み込むこの感覚はなんなのでしょう。こういう演奏もあんまりないよな。奏者はそれぞれ入魂の音楽をつくるんだと思うけど、それにしても個性としてここまで味が出るものなのか。古楽でもエンリコ・ガッティ、ファビオ・ビオンディ、リナ・トゥール・ボネなどすばらしい弾き手がいる中で、レツボールもまた無視できない感じでいいですぞ。この人の録音はまだまだ持ってる。ビーバーにバッハに、あと作曲者不詳のものなど。いまそのあたりのまとまりの二周目に入ってるところ。

 そういえば最近あんまり本屋に行ってないなと思った。花の図鑑を買ったのが最後か。先週だったかなこれ。花に詳しくなろうとして買ったのだが、いや大変、出回ってる花は千種類くらいあるんだって。覚えきれねえよそんなに。観察の仕方からだな、心構え的には。目のつけどころを変えるのだ。また、花だけでなく葉も見るといいと聞いた。ちょっとずつでも覚えられればいいね。図鑑の他には本を買ってない。手持ちを消化するほうをやっております。仕込みとして必読書をやれる時期というのもあと一ヶ月半。がんばりましょうがんばりましょう。夏の始まりと共に書き始め、夏の終わりと共に書き終えられれば。いってみましょう。



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