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断片 焦れる(じれる)

 なんとなればこれを書いてるいま現在のところ、映画が観たくて焦れている。すぐには観られない事情があるのだった。時刻は真夜中である。眠い。壮絶な眠気。寝るしかないんじゃないのこれ、みたいにも思いつつ、しかし映画を諦めきれないような宙吊りの状態。どうすれば、ああ。ということでとりあえず断片を書いている。私は映画を観たいが眠い、というすこぶるどうでもいい情報なので、別段それをこうして書くこともないのだが。ネタがないのかしら。どうなのかしら。ああ。たぶんこれ眠いのは暖房のせいもあると思うのでいったんエアコン止めます。腹もへっているね。だがいまはファスティングの時間だ。何も食えんのです。

 よく寝ている。実際の話、すんごい寝ている。日々の疲れがあるか。何に疲れているかって、そんなにたいしたことはしてないはずなのだが。寝ていてはできぬことがある。この夜は起きておいて何事かをやろうという算段。映画を観るのもいいし、本を読むのもいいんだし。だし。だしだし。何かをする日々日常を送っておいて、そこで積み重ねていくあれこれがいずれ巨大な建築物になるようなことはあるだろう。どんな長編小説も一枚からだ。一枚ずつの積み重ねがあれら巨編たちだ。世の創作物はぜんぶコツコツ作られたもんなんじゃないの。コツコツの積み重ねが一挙公開としてバーン、みたいなことであろう。だしだし。

 Wi-Fiの調子が悪いのでルーターを買いかえようかと考えている。バッファローの何かでよかろう。いまのルーターはたぶん十年以上使っている。もうさすがにダメであろう。新しいものへ。回線めっちゃ早くなったりしてな。そうして調べてみれば新機能ゾロゾロ出ててビビる。こんな便利なのいま。引くんだけど。パスワード40ケタを手打ちでやってたいままでって何。いや、その40ケタもデバイスの初期登録のタイミングだけで必要だったんで別によかったんだけども、いまやQRコードで接続できるっていうじゃないですか。すげえ時代だなこれ。テクノロジーの叫びだわ。未来を予感するわこんなの。そんなこんなのネット接続事情でありますが。まあやってみましょう。これで二十年くらいパソコンをいじっている私である。怖いものなし。

 フレスコバルディのチェンバロを聴いている。この人はバッハより先か後か、わからんけどバロックやその近辺にいた人なのだろう。このディスク、というかボックス、弾き手もいいせいか非常に楽しめる。チェンバロひとつでこんなにも彩りを作れるとは。えらいこと複雑なパートがありつつメロディラインはなんというか、単純におもしろいというか。音楽の模範というか。そういえばちょっと教育的なにおいもしないではない。チェンバロはこうなのですよ。このリズムを守ること。メロディはこのように印象づけて。ほらよそ見しなーい。みたいな音楽教師っぽい感じがしませんか。そうでもないのか。音楽はどう聴いてもいいらしいんだけど、あまり自分の耳に自信はない。

 読みたいものを読みたいように、とやっていくので、その限りにおいて読書は楽しい。なんで読書するかといって、楽しくなければそんなことはしないわけじゃないですか。だもんで楽しい読書こそがすばらしい。じゃあ楽しくない読書はどう、というと、私なら楽しそうな本を選んで買っているので楽しくないということはあまりない。読んでみてダメということはたまにある。その場合はただ残念なのだが、でも一冊の書物を読んだことには変わりなく、経験値は稼げたんだろうと前向きに考えたい。



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