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『東九龍絶景』 3

 3 カザミのギャラクシー・マカオ

 音楽を聴くのは楽しい。
 イズキさんの図書館から帰宅したあと、リビングでずっとラジオをつけていた。チャンネルは海賊放送局にしか合わないが、そのひとつだけでも十分におもしろかった。
――さあ真夜中になってきたけど、みんなまだ起きているかな? 夜は長いもんだからな、暇だったり寂しかったり、そういう気分だったらこの放送、DJイエロウのラジオ・インフェルノが君のためにあるぜ。みんなに元気をお届けするってことでやってるが、遊びじゃない、俺が音楽を流してるのはすべて、君たちが生きていくための力になりたいってところさ。その意志を予感するか、東九龍よ! なーんてキメてみたところで、さあそろそろ次の曲だ、みんなはサイケデリック・トランスは知ってるかな――
 メディア、といったか、考えてみれば活字以外のメディアがこの家にあることは初めてだ。テレビは高級品だからもちろんない。僕は本ばかりに接していたようだ。
 人の声がする、というのは落ち着く。いつも夜中はひとりだったのだ。DJイエロウに好感を持ち始め、この夜は人恋しさがない。
 時刻もだいぶ遅くなり、眠くなってもまだ聴いていたくて、僕はラジオをベッドの枕元に置いた。たくさんの音楽と、DJイエロウの浮かれたようなお喋り。心地いい。
 横になれば、眠りがすぐそこまで来ていた。
――さあ一時を回ってここからは大人の時間、といったってお子様も大歓迎、みんなお待ちかねのあの女――

 翌朝、目が覚めるとラジオの電源は落ちていた。寝ぼけたまま電源を切ったのだろうか。電池の節約のためにはそれがいいけれど。
 リビングへ行く。昨夜のうちに作っておいたギミタラ茶を飲む。窓の外は晴れていた。
 シャワーなどを済ませ、財布を手に家を出た。
 エントランスを抜け、ふらふら歩いていると、遠くから声がかかった。
「ソラ! おはよう!」
 屋台街の端に、いつも食べているスープ麺の店があり、客の男がこちらに手を振って叫んでいた。
 呼ばれたら行くしかない。食事をとる人たちや、椅子や調理道具などがたくさん置かれている中を縫ってそちらへ行った。
 男はまたビールを飲んでいた。
「おはようございます……飲んでますね」
「おう、もちろん。俺の体には血の代わりに酒が流れてんだ」
 ここまで堂々としていると酒飲みも立派なものだ。開き直りというのか。
「飲むか?」
「いえ、いいです」
「一口だけだよ。酒の味を知らないなんてもったいない」
「子供に飲ましちゃいけないよ」店主が割って入った。
 お堅いなあ、と男は笑った。僕はいつものスープ麺を注文した。あたりは食べもののにおいで溢れ、空腹がつらくなるほどだった。
 スープ麺はさっと出てきた。テーブルにある箸をとってすする。
 料理に没頭していると男がいった。
「酒がダメならカジノはどうだ」
 僕は顔を上げて男を見た。上機嫌なようだ。
「当てればどっと儲かるぜ」
「ギャンブルはやったことがなくて」
「いや、そのほうがいい。ビギナーズラックってものが必ずあるんだ。大当たりさ」
 話を聞いても特に興味を持たなかったが、男はまだ話した。
「取り仕切っているのは北部のやつららしいが、カジノを営業してるのはそいつらの子分みたいなもんだろうな。でも南部の人間だから安心だ」
 それを聞いて驚いた。北部へのヒントがあるかもしれない。そう思えば、なんの手がかりもないいま、カジノに行ってみてもいいだろう。
「どのくらいかかるんですか」
「おっ、乗ってきたか? 当たり外れでまちまちだが……うーん」男は財布から札を数枚出した。「これくらいあればいいだろう」
 その札を渡そうとするので慌てて断ったが、あんまりしつこくするものだから受け取ってしまった。本当にいいんですか、と訊く。
「いいよ、当てたらビールをおごってくれ。それでいい。ああ、俺もソラの役に立てたなあ!」
「また貧乏してツケがたまるぞ」店主が水を差した。
「そんなことより、このビール瓶が空になってることは何とも思わねえのか? この問題について疑問は? もう一本だ、乾杯するんだ」
 店主も僕も、苦笑するしかない。それでも、善意でくれたお金のことはありがたかった。これでけっこう大金だ。こういうふうにもらっていいのかはわからなかったが。
 男に改めてお礼をいい、僕は一度家に戻った。カジノへ行くことは決まったが、僕の歳で行っても追い返されたりしないだろうか。それに、危険なところかもしれない。いいイメージがない。
 しばらく躊躇していたが、結局男がくれたお金を持って出かけた。北部のことを知らなくては。
 カジノがだいたいどの方向にあるかは知っていた。ちょうどイズキさんの図書館の反対方向、町の外れの、背の低いビルが建ち並ぶあたりだ。
 日差しを浴びながら歩き、ときどきギミタラ茶を飲んだ。
 濃い灰色をしたその地域まで来た。怪しい雰囲気というのか、不健康な気配が漂っている。
 すれ違う人々の視線を感じた。僕のようなのがここにいるのは変なのだろう。人々はくたびれたような、投げやりに生きているような表情だった。歩く人も呼び込みをやる人も、覇気がない。呼び込みは僕にはさすがにかからなかった。
 消毒したようなにおいがする。あるいは何かを洗って乾かしたようなにおいだ。ゴミが多いのは僕の住むところと同じだが。
 角を曲がり、直進し、また曲がりと繰り返したが、カジノは見つからない。迷ったようだ。どこも同じ風景に見える。
 小さなビルの一階、青色の看板がある酒場の入り口で、女が店内のネズミを追い出していた。右手にスプレー、左手にモップを持っている。逃げたネズミは店の横の路地へ走っていった。素早かったのでよく見えなかったが、三、四匹はいた。
 女が汗まみれの顔で僕を見た。
「かわいい客が来たわね。でもまだ開けてないよ」
「いえ、そうじゃなくて、道に迷っちゃって」
「ふーん。どこへ行きたいの?」
「カジノに」
 顔の汗をぬぐって、女は微笑んだ。
「帰りに寄っていってよ。安酒しかないけど、客として飲んでくれるんだったら教えてあげる」
 戸惑っている僕に、飲んだことはないかな、といった。僕は頷いた。
「君の飲酒童貞をもらうわ。いい?」
「……いいですけど」
「オッケー。カジノはね、この通りを行って、公園を過ぎたところを右。地味なビルだけど音がうるさいからわかると思う」
「ありがとうございます。あの、お店が開くのは」
「夕方から。待ってるよ、かわいい少年」
 手をひらひら振って、女は店内に入っていった。お酒を飲むのは少し不安だが、とにかくカジノへの道はわかった。
 女が教えてくれた道を歩いていった。公園は何かひどい悪臭がした。見るとあちこちにゴミの山ができている。あらゆるものが腐っているといった感じだ。鼻をつまんで通り過ぎる。
 右に折れるとカジノが見えてきた。入り口にあるスピーカーがザラザラのノイズ混じりの音楽を鳴らしていた。
 店の前の階段に座っている子がいた。ぼんやりと虚空を見ていた。彼がこちらを見て、声をかけてきた。
「客か?」
 よく見ると僕と同じくらいの歳の少年だった。身なりはボロボロで、垢で汚れたTシャツを着ている。
「お前いくつ?」そう訊いてきた。
「このあいだ十三歳になったけど」
「じゃあ俺とタメかな。カジノ初めてだろ、ガイドしてやる」
「いや、いいよ」
「ガイドしてやるって。金はとらないよ。そんなにはとらない」
 とるのか。いくら、と訊くと、小遣い程度の額だった。それで承諾した。
「お前みたいな子供が来るのは珍しいよ」少年は階段から立った。「だいたいはおっさんだから」
「君も珍しいんじゃないか、子供で、こんなところにいて」
「生活のためだ。じゃあ行くぞ」
 ドアに手をかけて振り向いた。
「お前の名前は?」
「ソラ」
「よろしく、ソラ。俺はカザミだ」
 そういってドアを開けた。
 光と音の嵐だった。天井からはまぶしいライトが照らし、昼間の屋外よりもずっと明るい。客たちの、あるいは店員たちの怒鳴り声、何かがこすれるジャラジャラという音、そして大音量の音楽。
 外観のみすぼらしさからはわからなかったが、客は大勢いた。機械の画面と対峙している者、カードが交わされるテーブルを囲む者、円い台に鉄の球が回るのを見つめる者。
 カザミが説明してくれた。
「あの四角い機械はスロットだ。三列同じ絵柄を揃えると当たりになる。あっちのカードのはブラックジャックとバカラ、円いのはルーレット」
 騒々しくて聞き取りづらいが、そのようなことを教えてくれた。
「おすすめは?」
「え? 聞こえない」
「おすすめはどれかな」耳元でいった。
「ルールが簡単なのがいいな。スロットかルーレット、好きなのにしなよ」
 好きなの、といわれても、右も左もわからない。少し店内をうろついてみることにした。
 茶色い絨毯の上を歩き、客たちの肩越しに遊びの様子を見た。スロットはやり方が簡単そうに見えたが、ぐるぐると絵柄が回り、当てるには技術がいるのかもしれなかった。一人、外したのか、機械を叩いて悔しがっている男がいた。酒も入っているのだろう、返せ、返せと叫んでいる。
 ルーレットのほうに移動した。球を回す台の、黒と赤の模様が優美なように見えた。こちらで店員――ディーラーというらしい――を囲んでいる連中は静かだった。ディーラーが回す球の行き先を、静かに、しかし熱っぽく見つめ、当てたり外れたりだ。
 出る目を予想して、テーブルにある図の、賭ける目のところにチップを置くらしい。
「これ、やるか?」カザミがいった。「運がいるぞ」
「やってみるよ」
「金は? チップに替えるんだけど」
 そういって交換所を指した。そちらへ行って、屋台にいた男からもらったお金を半分ほど替えた。ちょうど十枚の、紅白の安っぽいチップ。
 わくわくしてきた。それが伝わったのか、カザミは僕を見て笑い、背を叩いた。
「さあ、ソラ、当てにいこう」
 手が汗ばむ。緊張していた。空いている席に着いた。カザミは隣に立った。スリル、という言葉の意味を体で知った気がした。これはクセになるかもしれない。得るか、失うか。
 どこへ賭けよう?
 数字のマスに置くのは当たる確率が低そうだ。赤か黒、または偶数か奇数に賭けたほうが手堅いんじゃないだろうか。それなら二分の一で当たる。配当は低いようだが、掛け金次第で――。
 赤のマスに十枚全部を置いた。カザミが目をむいて、それから大笑いした。
「それはかっこいい!」
 テーブルの他の客たちもそれぞれチップを置き、ディーラーがルーレットを回した。見とれるような手さばきで銀の球を投下する。どこへ止まるか。客たちの緊張とスリルを感じた。その場の視線はただ回る球にのみ注がれ、僕は時間が止まったような錯覚にとらわれた。手が汗で濡れ、心臓が変な動きをしていた。回る球のスピードが落ちていく。ゆっくりと止まる。
 赤の十四。
「やった!」僕は叫んだ。チップが二倍になってこちらへよこされた。カザミが肩を叩いてきた。
「幸先がいいな。まだ賭けるか? 怖けりゃ現金に替えたっていい」
「まだやってみたい」
「引き際を間違えるなよ。自分のツキをよく見て、引くときは引くんだ」
「ビギナーズラックってあるんだね」お金をくれた男の受け売りをいうと、カザミはニヤついた。
「そりゃ迷信だよ。でも、お前はついてるのかもな」
 ルーレットに張りつき、手元のチップを加減しながら、ひたすら球を見て没頭した。ギャンブルの楽しさを知った。この興奮はすべてを忘れさせる。勝つか負けるか、はっきりしているのが気に入った。
 最初は勝ちが続いたが、四回目からチップが減り始めた。まだ勝てる気がする。次は当たる気がする。でも引き際かもしれない。いや、でもまだ――。
 やり続けているうち、僕のチップはすべてなくなってしまった。しくじった、と思った。お金はまだある。これをチップに替えてしまおうか、と考えたが、やめた。カザミが不満げにいう。
「もっと見ていたかったなあ。お前の掛け方、おもしろかったし」
「やめとくよ。ツキがなくなったと思う」
 それからふたりで休憩スペースへ行った。壁には色あせたポスターが貼られ、数本の長いベンチがあり、ひとりの客がそこで横になって泣いていた。負けたのだろう。
「ハマると悲惨だぜ」カザミが呟いた。
 正面に売店があり、飲みものを売っていた。僕はイチゴジュースを二本買い、一本をカザミに渡した。並んでベンチに座る。初めてのカジノはどうだった、と訊くので、おもしろかった、と答えた。
「頭がボーッとしてるけどね」
「酔っちまうんだよ、ギャンブルは。酒より強烈だ」
 でもさ、とカザミがいう。
「遊びに来ただけなのか? ソラみたいなお坊ちゃんがここに来てさ。なんか場違いだよな」
 実は、と僕は答えた。
「本当は他の目的もあるんだ」
「どんな?」
「北部のことを調べたい。関係者がここにいるって聞いたんだ」
 カザミは黙った。ジュースの瓶を両手に包み、何か考えているようだった。
 北部か、といった。
「どうして調べてるんだ?」
「姉さんを探してる。北部にいるらしいから、会いに行きたい」
「その人の名前は?」
「ハルカ」
 また黙った。軽くうなだれている。難しいな、といった。
「それはさ、俺からはいえないことだ。ちょっとデリケートでさ、タブーっていうのか? 仲間内でもほとんど話さないな」
 真剣な口調でそう話した。ハルカはここでは何者なのだろう?
 ところで、という。
「ガイド料なんだけど」
 うん、といって財布を出した。カザミは最初にいっていた金額の何十倍を要求してきた。
「さっきと話が違う」
「払えよ。金はあるんだろ」
 半分スッたとはいえ、大事にしたいお金だ。せっかく親切でくれたのだ。僕は拒んだ。カザミは僕の手首を掴んだ。力を込める。
「悪いけど払わせる。仕事なんでな」
 すごんだ声でそういい、ベンチを立って僕を引っぱっていく。
 客たちを横目に、カジノの中を歩いていく。建物の右隅に鉄製の黒いドアがあった。カザミはうねる模様が出ているナイフを抜いた。チェーンで柄にぶらさがっている鍵を持ち、鍵穴に入れた。
 その部屋の中はかすんでいて、妙なにおいがした。東九龍ではあまり嗅がないが、これは煙草のにおいだろう。
 薄いかすみの中にソファがいくつかあった。ふたりの男が座っていて、細長いもの――煙草だろう――を口につけ、煙を吐いていた。
「リーダー、お疲れさまです」
 カザミがそういうと、長髪の男が軽く手を挙げた。お疲れ、といってあくびをした。
「そいつ誰?」僕を見てもうひとりがいった。こちらは坊主頭で、耳にたくさんのピアスをつけていた。
「客です。ガイド代を払わねえから、シバこうかなと」
「へえ」
「リーダーからもひとつ」
「なんで?」長髪のリーダーがいった。
「いや、お願いなんですけど」
「わかるけど、なんで俺がそんなことしなきゃいかんの?」
「面倒ですか」
「面倒じゃないと思う?」
 カザミとリーダーがそんな会話をしているとき、ピアスの男はずっと僕を見ていた。にらまれている。
「そんなの自分で片づけろよ。いちいち連れてくんな」
 はあ、といってカザミはおとなしくなった。仕方ない、という感じで事務所を出て行こうとした。
「行くぞ、ソラ」
 それを聞いてリーダーがいった。
「お前、ソラっていうの?」
 はい、と答えた。
「ハルカっていう姉貴いるよな」
 驚きつつ僕は頷く。関わりたくねえんだけどさ、とリーダーはいった。
「なんか用があってカジノに来たんじゃねえの」
「北部のことを知りたいんです。姉のことも。僕は姉を探しています」
「あ、めんどくせえわそれ。断る。帰れ」
 リーダーは煙草をもみ消した。そして、脱ぐんだったらいいぞ、といった。僕を見ていたピアスの男がリーダーに顔を向けた。
「何するつもりだよ」
「ナニするんだよ」
「は? またガキ相手か? そういうのいい加減にしろっていったろ」
「妬いてんのか」
「そういう話じゃねえよ。節度ってもんがあるだろ」
 リーダーとピアスの男が言い争いを始めてしまった。この二人は恋人同士らしい、となんとなくわかった。
 僕とカザミは何もいえず、二人の話し合いが終わるのを待っていた。
 あれこれと話していたが、最終的にピアスの男が泣き出して部屋から出ていってしまい、リーダーも涙目になって、また煙草を吸い始めた。
「カザミ、俺ってダメなやつだと思う?」
「いえ……」
「死んだほうがいい?」
「困ります」
「ゲイってキモい?」
「いえ、別に」
「喧嘩ばっかりだよあいつとは。まったく、どうすりゃいいかなぁ」
 僕はもとより、カザミもかけるべき言葉がなさそうだった。部屋が静かだ。リーダーの鼻がグズグズしている音と、換気扇の音。煙が目にしみてきた。僕まで涙目になりそうだ。
「ソラ、お前の裸を見たかったけど、気分が萎えた。脱がなくていい。でな、いま俺は人に対して何かしてあげたい気分でな、全人類に謝りたいような気分だから教える。ハルカにはこのカジノから上納金を渡してる。元締めなんだ。月イチで北部から使いが来て金を持っていく。俺たちがカジノをやれてるのはハルカのおかげなんだ」
 リーダーは涙声でそう話した。まだ悲しい気持ちでいるらしく、半泣きのまま続けた。
「人心操作っていうやつだな、ハルカはそういうのがすごくうまい。このカジノはただのギャンブル施設じゃないんだ。ひたすらやり続けるように計算づくで設計されてる。音楽に隠してあるが、洗脳のためのノイズを流してたり、空調から麻薬みたいなもんを流して、このカジノに来るだけで幸福感が味わえたりだ。全部ハルカが手がけたんだ」
 俺が知ってるのはこのくらいだ、といって鼻をかんだ。指で目をこすった。
「姉貴に、ハルカに会いたいんだな」
 はい、と頷く。
「北部へ行くんならそれなりの準備がいるぞ。行き方は口止めされてるんだが、そうだな……」
 リーダーはカザミを見た。
「ミルイザのところへ案内してやれ。一本ソラに渡すようにいえ」
 わかりました、とカザミはいって、目で僕に退出を促した。帰り際にリーダーがいった。
「ソラ、武器は用いざるをもって理想とす、って知ってるか」
「兵学ですね」
「心に念じておけ。お前は誰も殺しちゃいけない。じゃあな」
 リーダーが手を振り、僕は礼をいってカザミと一緒に退出した。ピアスの男がこちらへ戻ってくるところだった。
「優しくしてくれただろ」
 そういわれたが、よくわからない。
「親切にしてもらえましたけど」
「抱かれてどうだった?」
 何の話なのか、そこでわかった。
「何もありませんでしたよ。抱かれてないです」
「本当か?」
「はい。それと、あの人は泣いてました。落ち込んでて」
「そうか」息をついた。「しょうがねえな、あいつも」
 僕らの横を通って部屋に戻っていった。仲がいいのか悪いのか、よくわからない人たちだ。
 それをカザミにいった。僕からお金をとれなかったからか、機嫌が悪そうだ。
「リーダーたちはさ、いつも真剣なんだよ。真剣に愛し合おうとしてる感じだ」
「愛はよくわからないな」
「俺だってわからないけどさ」
 話しながらカジノのざわめきを通り過ぎていき、出入り口から表へ出た。外はとても静かに感じられた。もう陽が暮れかかっていた。夕方だ。カジノの前を、だいたい十代くらいだろう、四人の少年たちが通っていった。そのときカザミと挨拶を交わしていた。
「仲間?」
「そうだ。俺と同じ、カジノの下っ端。じゃあ行くか」
 僕らは夕暮れの、オレンジ色の町の中を歩いた。再び通った公園付近はまた悪臭がした。死体公園っていうんだ、とカザミがいった。
「死体が腐ってるようなにおいだってことらしい。本物の死体公園もあるらしいぞ、北部に」
「怖いし、臭いだろうね」
「最悪だろ。マジで北部に行くのか?」
「そのつもりだけど」
「ソラはおもしろいなあ」
「え、どこが」
「モヤシに見えて度胸があったりしてさ、変なやつだ」
 そうかな、と訊くと、そうだよ、といわれた。
 歩いていって、ちょうど昼間に道を教わった店の前に来た。看板に光がついている。僕は事情をカザミに話した。そうすると、じゃあ寄っていこう、と気軽にいった。
 僕は店のドアを開けた。店内は電球でほの明るい。昼間に話した女がカウンターの中にいた。あら、いらっしゃい、と笑顔になった。
「来てくれたのね、少年。嬉しいな」
「約束ですから」
「いいね、そういうの……」女は僕の後ろのカザミを見て、眉をひそめた。「そいつは?」
「ああ、はい、一緒にと思って」
「カジノの子だよね」
「そうだけど」とカザミがいった。「やっぱ入店拒否?」
「そう、悪いけどね。あんたらのグループは客にしたくない」
「ダメなんですか」
「あんたはいいわよ、ここ座って。でもお友達には帰ってもらう」
「それだったら僕も帰ります」
 女は表情を変えた。
「飲めっていってるの。客なんだし、約束だよね。あたしと飲むって」
「すいません、帰ります」
 カザミの背を押して外へ出た。怒声が聞こえた。ふざけんな、ガキのくせに、このクソガキ、あたしを馬鹿にして、などと叫んでいた。
 町の中心に向かう。
 しばらくしてカザミがいった。
「ソラ、悪いな。台無しにした」
「僕のほうこそ、ごめん。嫌な思いをさせた」
「あの女、酔っぱらってたんだよ。相手するのはかったるいぞ」
 気にしないほうがいい、とつけ加えてから、町の西のほうを指差した。
「ミルイザの工房はあっちだ」
「うん、でも、何をくれるのかな」
「これだよ」ナイフを抜いた。「すごくいいものなんだ。錆びもしないしよく切れる」
 リーダーが兵学のことをいったわけがわかった。僕は武器を持つのだ。でも、用いざるためにはどうすればいいのか。
 訊いてみた。
「使い方は?」
「ひけらかしてビビらせて、黙らせて追っ払う。それだけ」
 僕は頷いた。そういう用い方なら血は流れない。
 夜の町をふたりで行く。

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