見出し画像

駅舎の落書き。

 2017年1月、2週間程実家に帰省した。久しぶりに母とゆっくり過ごしたいという気持ちもあったのだが今思うと30代後半のこの時期、情緒が安定しない日々が多く、頭の中では常に平面から飛び出した明朝極太の「人生」という文字が見上げる程大きなオブジェの如く立体となり、私の行く手を遮るかのように目の前にデン! と立ち憚る感覚(イメージ)が消えず、人生が私の邪魔をする……とは妙な言い方になってしまうが、口をポカンと開けたまま見上げるしかない概念の塊となった「人生」のオブジェを消し去りたい……山や川を眺めながらぼんやりしたいという強い気持ちで帰省してから8日目。既にやることもなくなり散歩ばかりしながら休憩がてら最寄駅の駅舎で一服するのが日課になりつつあった。

実家にある最寄り駅の駅舎は1912年(大正元年)に建設された木造平屋造り。駅員が駐在していたのは1985年辺りまでで、それ以降無人駅となりながらも姿形を変えることなく、今も現役である。
姿形が一際変わらないというのは場合によっては残酷なものだなとも思う。今も変わらずあるものを目の前にすると、懐かしいなどという気持ちより、寂しさが湧いてくる。今よりも華やかだった時代、駅舎を利用する多くの人達の往来や駅舎での出来事などが真っ先に思い出され、幼い私を可愛がってくれていた近所の人達、祖父母も健在で、駅前ロータリーにあった寿司屋、菓子屋、酒屋には活気が溢れていた。今はもう店も人もみんないなくなり閑散とした町にポツンとこの駅舎だけが佇んでいる。
 駅舎の中にあるプラスチックでできたシェルチェア風、オレンジと水色が剥がれたベンチに腰掛け、ぐるりと見渡す。壁には近所の高校生や若者達の落書きが残っていて、じっくり見てみる。この落書きというのもグラフィックというような類いのものではなく、相合い傘(久しぶりに目にした)に書かれた男と女の名前。「○○参上! S63.5」「お腹へったー」など、他愛もないものから、
「嘘をついたり、ごまかしたりするのは優しさじゃないよ。もっと本当に優しくなってください。あけみ」
「きれいな花になるより、きれいな花を咲かせる土になれ」
など、誰に宛てたとも言えない短い文章・ポエムのようなものが多く、小さく声に出して読むなどするうち、悠久の年月を経たこの駅舎が、本来の駅舎としての役目だけではなく、行き交う人間の心のしじまをいっときだけ許容してくれる特別な場所でもあったのではないかという気がしてきた。

ここから先は

488字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?