キャバクラにいるナニカ

店泊という言葉をご存知であろうか? 文字通り店を閉めてそのままそこで寝てしまう事である。

これは五反田のキャバクラで店長をしていた時のお話。

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その日お客さんにしこたまシャンパンをいただいた俺はそのまま店でグロッキー。部下の「先帰りますよ〜」の言葉にソファーに突っ伏した俺は手だけを挙げて答えた。

「鉄扉閉めますからね」

キャバクラの入ってるビルにはドアの他に鉄で出来た扉がある。

ギギギ

という鉄扉の閉まる音そして

ガチャン!

カギがかかる金属音は何だが囚人になった気分だが、これで外部からは誰も入れない。

キャバクラビルは基本昼間は誰もいないので実際空き巣も多く、鉄扉は頼もしい存在だ。

カギを持っているのは俺と部下だけだ。

俺は安心して眠りについた。

どれくらいの時間が経ったであろう。

近所のパチンコ屋から音楽が聞こえる。携帯を見るとまだ昼前だった。酒は大分抜けて頭は妙にサッパリしてるがまだまだ寝たい。

俺は仰向けから壁側に顔を向け再度眠ろうとした。時間にして1分くらいまどろんでいたであろうか……

その時である。

何かが妙だと感じた。

最初に言っておくが俺は霊の類はいっさい信じない。

俗に言う『霊感が強い、見える、霊と話せる』全ては人の心の弱さを利用した詐欺とさえ思っている。

そんな俺が今まで感じた事の無い違和感を慣れ親しんだ店のフロアで感じた。

真昼間だが店内は暗い。

それはいい。

明かりをつけて無いのだから当然だ。そうではなくて…

はたと気づいた。

音が無い…!

音が聞こえないのである。

先程のパチンコ屋の音楽が聞こえない。防音がそんなに効いてる箱でも無い。街の喧騒も普段は薄っすらは聞こえていた。

全くの無音である。

爆音で耳がおかしくなった時のように何も聞こえないのだ。

いや、俺の耳はおかしくない。

そう感じた。

ここだけ違う空間に飛ばされた感覚。

この世ではないどこかにいるような浮遊感。

だが、俺は不安になりながらも、まだそこまでパニックになってはいなかった。

酒も入ってるし寝ぼけてるのかな?

その程度の認識だ。

テーブルの上に置いてある2つ折りの携帯を取ろうとした。

そう携帯電話だ。

この文明の力に触れて、現実の世界だという事を実感しよう。

そう思って手を伸ばそうとしたその時

動いちゃダメだと思った。

誰かが頭の中で俺に命令している。いや、俺自身の生物としての防衛本能が直接脳に指令を出している感覚…

動いたらダメ

何故?

そこで全身に鳥肌が立った。

鉄扉が開いている!

何故かわかった。

俺の寝ている位置から入り口までは3メートルも無いが見える位置には無い。確認した訳でも無い。

だが開いている。

開いてるのがわかる。

全開では無いほんのわずかだ。

ギギギ…

無音が破られ音が聞こえる。

この音は知っている。

扉がさらに押し開かれた音だ。

ナニカが入って来た

俺は目を見開き壁を凝視しながらそう思った。

その生き物は入り口で中の様子を伺っている様だった。

四足歩行だった。

見えてはいない、だがそう感じるのだ。

そしてその生き物は安全を確認したのか中に入ってきた。

トットット……

歩き方は軽快

大きさは中型犬くらい。

そう感じるのだ。

何故こんな真昼間の繁華街に得体の知れない生き物が入ってくるのか?

俺はガクガク震えながら目をかたく閉じた。

見たらダメだ!

本能がそう叫ぶ。

全身から冷や汗が噴き出ている。

早く出て行ってくれ!

俺は心の中で叫んだ。

トットット…

その生き物が俺の隣まで来た

「やっぱりいるじゃん」

生き物がしゃべった。

いや、頭の中に直接響く感じだ。

その生き物には顔があった。

何度も言うが見た訳ではない俺は目をつぶっている。

ただそう感じるのだ。

「いくよ」

生き物が言う。

一体何処へ行くというのか?

とてつもない恐怖と闘いながら

「いや、いい…行かない」

俺は平静を装い、慣れ親しんだ友達に答えるように返事をした。

そうした方がいいと思ったのだ。

「なんで?」

生き物は若干不満そうだ。

「寝てるから」

「寝てるの?」

「そう寝てるの」

「そう…」

イキモノが黙った

俺も黙った

しばらくの沈黙の後……

本当に寝てるのかなあ!」

生き物の首が伸びて俺の顔の前で言った

寝てる!寝てる!寝てる!

心の中で叫ぶ。

「本当かなあ!?」

本当です!本当です!本当です!

赤ん坊のように身を屈んで繰り返す。

出て行ってくれ! 頼む! 出て行ってくれ!

念仏のように繰り返す。

永遠にも感じた恐怖の時間は実際には数十秒くらいだったであろうか……

しばらくすると生き物の首がヒュンっと戻った気配がした。そして、

「そっか」

あっけらかんと生き物は言うと

トットット…

と、軽快に四足歩行で店から出て行った。

俺は強烈な安堵を感じてそのまま深い眠りに落ちた。


………

……


「店長」

声がする。

「店長」

「うう〜ん」

「店長。起きて下さい。もう店開けますよ」

俺は半身を起こした。

店内を見渡す。

いつもの光景だ。

音が聞こえる。

現実だ。

全身が汗でビッショリと濡れていた。

「はああ〜」

俺は深いタメ息をついてから笑った。

安堵の笑みだ。

俺は頭をひとしきり振ってから言う

「怖い夢見ちゃてさあ」 

「へえ」

掘り下げる事無く部下は興味無さげに返事すると、テキパキとオープン準備を始める。

そういうヤツだ。

いつもの日常がたまらなく愛おしい。

俺は苦笑しながら煙草をまさぐり1本咥える。

火を付けようとした時に部下が言った。

「あ、気をつけて下さいよ〜」

「何が?」

「鉄扉開けっ放しでしたよ」


おしまい








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