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#3 編み物と読書

斎藤真理子さんインタビュー③ 

――「本の栞にぶら下がる」の『編み物に向く読書』という章でもお書きになっていますが、斎藤さんは読書しながら編み物をされるそうですね。

斉藤:そうなんです。私は以前、押し入れ1段分ぐらい毛糸を持っていたこともあるほど編み物が好きなんですが、編み物だけに没頭することができないんですよ。その辺のことは、『水牛のように』というサイトの「編み狂う」という連載のなかでも詳しく書いているんですが、慣れてるので手は自動的に動くんですけど、どうやらその間、脳に「あき」ができるんですね。それがなんだかもったいないと思って、脳のあき部分に本をあてがわないとダメなんです。しかもそれが何でもいいわけじゃなくて、こういう本が一番編み物に合うっていうことを書いたら、「私もよ」っていう人、数は少ないけどいたんです。それに、読みながら編む偉大な先達には橋本治さんもいらっしゃいますしね。

――それこそ橋本さんは編み物の本を出しているほどですもんね。でも編み物って、特にセーターなんかはシンプルに機織りをするように同じ作業がずっと続くわけではなくて、色々な工程があるじゃないですか。本を読みながら、その辺も考えつつやるわけですよね?

斎藤:私は、読みながら編むときは、同じ編み方でしか編まないんですよ。ただ同じ編み方といってもシンプルな編み方だと満足できないので、編んでいて一番満足感の高い、非常に複雑な模様編みっていうのを3種類ぐらいに限定して、そのどれかをずっと編みつづけてるんです。私は、糸と針を触っているのが好きなんですよね。その大好きな時間に、好きな本の活字を舌なめずりするようにして読んでいると、編み物と活字が合体した状態で脳内麻薬が2倍出るみたいで。そんな風に思って、読みながら編む時間が満たされるように、自分で開発してきた。本を読みながら編むのなら、たとえば膝掛けとか、ずっと単純作業でできる編み方をすればいいのに、なんでそんな複雑な模様を編むのって言われるんですけど、そうじゃないと嫌なんですよ。

――いつごろからそういう編み方を?

斎藤:大人になってからです。編み物自体は子供のときからやってたんですけど、小さいころは下手だから、本を読みながらとか編めないわけですよね。それがだんだん上達していって、30代になってからじゃないかな。小説を読みながら読むのが一番脳内麻薬が出るっていうことに気がついたのは。そこから、どんな小説だったら「読む」と「編む」の心地よさが同期できるんだろうっていろいろ試し始めた。そう、本当に「同期」っていう感じなんです。そこをうまく同期させようと思って、いろいろ工夫してきたんです。で、どうしてそんなことに時間を費やしたかっていうと、やっぱり忙しかったからだと思うんですよね。当時は仕事をしながら子育てをしていて、ものすごく忙しかったので、隙間時間――たとえば夜中の自分だけの時間ですね、仕事と子育てから解放された自分だけの時間を濃密にしゃぶり尽くすために、時間をかけてカスタマイズしていったんじゃないかと思います。

――それは外でもやっていたんですか?

斎藤:神田の出版社で働いてた頃にも、実はよくやってましたね。鞄の中には常に編み物袋が入っていて、神田近辺のもういまはない喫茶店なんかに行って編んでました。そういえば、あるとき古書会館で古本を買って、近くの喫茶店でそれを開いて灰皿で押さえて編み物してたら、偶然、同僚が外を通ったんですよ。それでオフィスに戻ったら「さっき、喫茶店で編み物してたでしょ」と言われて、「そんなことないよ」って否定したことがありました。思い出しても笑っちゃうんですけど、やっぱりね、人に見られると嫌なんですよ。それこそ『夕鶴』の“つう”が、“与ひょう”を追い出さなければ機織りができないのと同じように、メタモルフォーゼしている瞬間なので、「あ、それは見ないで」っていう感覚なんです。それが今はね、忙しすぎてまったくできていないんですよ。いつでも編めるように「緊急編み物袋」っていうのを作ってあって、本と編みかけのものが5種類ぐらい入ってるんですよ。それはいつでも出動できるようにはなってるんですけど、最近はめったにできないですね。

――編み物は特殊かもしれませんが、人それぞれに、読書と一緒にこれをやると落ち着いたり、心地よかったりすることってあると思うんですよね。「沈思黙読会」では、そういう読み方ももちろん大歓迎です。

斎藤:編み物の話で言いたいのは、それをやると面白いよっていうことではなくて、「こんなに変な読み方をしている人間もいるくらいで、本の読み方って色々だよ」っていうことなんです。私が言うのもなんですが、結構変なクセを持ってる人ってたくさんいると思う。もちろん目に見えるクセだけじゃなくて、脳内のクセとかいろいろあると思うんですよ。自分なりのジンクスとかね。普段、あんまりそんなことを人と話す機会はないけど、子供のころはこんな風に本を読んでいたとか、これはいけないと思ってやめたとか、読書のクセについてもいろいろとおしゃべりできたら楽しいですね。読むっていうのは本当に多様な行為で、全体として何をしてることになるのか。小説を読むっていうのはどういうことなのか、ということにもつながる話かもしれません。

沈思黙読会の詳細はこちらをご参照ください。


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