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息子と12万年前の地層を見つけに行った話

エビデンスを求めて三千里、着太郎 (@192study) です。
幼稚園児の息子と、12万年前の地層を見つけに行った話です。

NHK高校講座が好き

少し変わっている幼稚園年中の息子は「NHK高校講座」を見るのが好きで、「ベーシックサイエンス」「物理基礎」「化学基礎」「地学基礎」あたりをよく自分で再生しています。当然、理解度はかなり怪しいのですが。

ちなみにEテレでは、未就学児および小中学生向けの番組が「NHK for School」で一覧になっているので、確認してみると面白い番組が見つかるかも知れません。

さて、地学基礎の「第17回 新生代」を再生していた時、茨城県の霞ヶ浦のほとりにある氷河期に海面が上下したことがわかる地層が紹介されているのを見て、これを「見に行きたい」と言い出しました。

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NHK 高校講座 地学基礎「第17回 新生代」

12万年前の地層が見たい

ワイプには「茨城 稲敷郡 美浦村」とあり、日帰りで行けそうな距離です。

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とはいえ、まだ幼稚園の年中ということもあり、まともな理解もほとんど出来ていない中で見に行ったところであまり意味もないような気もしますし、そもそも息子が具体的に何に興味を持っているのか自体を計りかねているのが正直なところです。

しかし、興味を持ったことに対して自分で能動的に行動が出来る、ということを体験的に理解して貰えたら、という淡い期待を抱き、せっかく言い出したことなので実際に連れて行けないかと調べてみることにしました。

地層は美浦村のどこ?

ところが、とりあえず Google で「美浦村 地層 12万年前」などと検索してみたものの、パッと見それっぽいものは見つけられず。どうやら遺跡などのようにきちんと整備された場所ではないようです。

映像から霞ヶ浦の湖岸に接していることが分かるので、「美浦村観光パンフレット」に描かれているピンク色の道のどこかであることは違いありません。しかし、予備知識ゼロでこれ以上検索してもらちがあかないので、Google ストリートビューで端から見ていくことにしました。

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力業で見つけた馬掛不動堂

そんな訳で、見つけました、力業で。
サイクリングロードが湖岸側に併走している特徴的な点もあり、2つの立て看板などからも間違いなさそうです。

地図に戻って確認すると、茨城県道120号上新田木原線沿いにある「馬掛不動堂」付近の模様。美浦村の「馬掛」という地名のようです。

馬掛不動堂の地層に関する記述

得られた確定情報を元に Google で再び検索すると、茨城県自然博物館第1次総合調査報告書」(1998) の「地質 第四系」の「図1. 調査露頭位置図」に、 No.16 が「稲敷郡美浦村馬掛」と記載されています。それ以上の詳細はありませんでしたが、露頭(野外において地層・岩石が露出している場所)があることは間違いなさそうです。

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茨城県自然博物館「第1次総合調査報告書」(1998)

独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)が発行する「GSJ ニュースレター」の「No. 69」に掲載されている「平成22年度新入職員研修(野外巡検)」という地質調査情報センターの松島氏による報告の中に該当する記述が見つかりました。

美浦村では馬掛(まがき)で古東京湾の地層を観察しました.道路ぎわから崖上にある馬掛不動堂へ登る標高差約10mの区間で,泥岩層,砂岩層,化石の密集する層,生痕化石やリップルを含む層などがめまぐるしく変化する様子を見ることが出来ます.

GSJニュースレター No.69「平成22年度新入職員研修(野外巡検)」

「馬掛不動堂へ登る標高差約10mの区間」に地層があるということで、地図上の点線で表示されている部分の周辺のことでしょうか。

大好き いばらき ふるさと自慢冊子」の38ページにも「湖岸から不動堂にいたる急な階段を上る途中」に12万年前の貝化石層がある、とあります。

湖岸から不動堂にいたる急な階段を上る途中には、およそ12万年前この台地が海の底に沈んでいたことを示す「貝化石層」があり、周辺には縄文時代の貝塚遺跡が、数多く残されています。

「大好き いばらき ふるさと自慢冊子」38ページ

日本珪藻学会第37回大会(神戸)プログラム」の5ページに産業技術総合研究所 地質情報研究部門 平野地質研究グループ主任研究員の納谷友規氏のポスターセッション講演趣旨「茨城県稲敷郡美浦村に分布する下総層群に含まれる珪藻化石群集」にも「美浦村に露出する約10mの崖」との記載。

本研究では,古東京湾の堆積環境と沿岸珪藻化石群集を明らかにすることを目的として,茨城県稲敷郡美浦村に露出する約10mの崖を対象に,堆積層の記載と珪藻化石の検鏡を行った。

日本珪藻学会第37回大会「茨城県稲敷郡美浦村に分布する下総層群に含まれる珪藻化石群集」

GSJ 地質ニュース」「Vol.5 No.7」226-228ページの森田光治氏の「生徒と共に学んだ筑波サイエンスワークショップ2015 ― GSJ での研修を中心に ―」では、「稲敷台地先端部に位置する高さ約20mの台地の崖面」とこちらは10mではなく20mとなっていますが地層への言及があり、様子を映した写真を見ると高校講座で紹介されている映像とよく似ています。

霞ヶ浦を望む茨城県美浦村に移動し,約3時間,地層の観察と珪藻化石の含まれる泥や貝化石のサンプリングを行った.調査地点は霞ヶ浦南部に形成された稲敷台地先端部に位置する高さ約20mの台地の崖面にあり,幾重にも重なった泥層や,やや粗い粒子から成る砂礫層が明瞭で,豊富な貝化石やサンドパイプなどの生痕化石を確認することができた.

GSJ 地質ニュース Vol.5 No.7
「生徒と共に学んだ筑波サイエンスワークショップ2015 ― GSJ での研修を中心に ―」
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GSJ 地質ニュース Vol.5 No.8」の「平成28年度地質調査総合センター新規採用職員研修報告」264ページにも同様の写真。

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GSJ 地質ニュース Vol.5 No.8「平成28年度地質調査総合センター新規採用職員研修報告」

実際に馬掛不動堂に行ってみた

鉄は熱いうちに打てと言いますが、子どもの興味はいつまであるか分からないので、下調べや勉強が不十分なままではありますが、逡巡せずに都合が付く最短日に現地に行くことにしました。

当日はつくばエクスプレスでつくば駅まで行き、前日に予約していたカーシェアを借ります。100円ショップで子ども用の軍手を、スーパーでお昼ご飯を買って、現地へ。

有り難いことに馬掛不動堂の手前に「美浦ロードパーク」というトイレのある駐車場があり、そちらに車を止めて、お昼とトイレを済ませた後に、長ズボンに履き替え、ヘルメット、手袋、長袖の上着を用意して歩いて向かいます。

向かっている途中、湖岸側に綺麗な芝生面があり、どうやら本格的なラジコン飛行機を趣味で飛ばす人が集まっている場所のようでした。休憩中だったようで残念ながら飛ばしている所は見られませんでしたが、少し離れた所には専門ショップもあるようで、この辺りでは盛んなのかもしれません。

さて、馬掛不動堂の前の道に着いてみると、手前にコンクリートで整備された急な坂道(地図で見た点線部分)があり、その先に石段がありました。
石段の前では、前々日に大雨だったせいか自治体の職員と思しき方たちが専用車で木の枝などを落とすなど整備をしていました。

彼らの前を失礼して早速急勾配の石段を登ります。

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馬掛不動堂の石段

地層はどこだ?

石段をまっすぐ登るといったん行き止まりになり、正面に何やら黒光りする断面があります。これが地層か…???ちょっとイメージと違う…?
明らかに不自然な黒光りをしていますが、単に濡れているのか、崩落防止のために樹脂で固めてあるかよく分かりませんでした。

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帰宅後に見つけた「GSJ ニュースレター No.80」6ページの「平成23年度GSJ新人職員研修巡検報告」にこの場所に該当する記述と写真を見つけました。

まずは馬掛観音へ向います.ここは霞ケ浦の南岸にある段丘崖で,海進期から海退期の堆積物を観察できます.階段に沿って連続的に露頭を見ることができ,下部の淡水〜汽水成シルト層から貝殻の密集する浅海成砂層を経て,さらに上部へ砂の割合が減少する深海化の様子が良く分かりました.階段の上部では,きれいなリップルマークを含む砂層と泥層の互層も見えました(写真 1).階段を登り終えたところにある広場では,砂の割合が増加して潮間帯の地層となることから,浅海化が起きたことを示しています.

GSJ ニュースレター No.80「平成23年度GSJ新人職員研修巡検報告」

写真1 から、これも地層(露頭)の一部だったようです。当日は草が多めに茂っていたことと、雨で濡れていたのか樹脂で固められていたのか色味が違っていたため、期待していたような地層とは認識できませんでした。

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石段は行き止まりから右手に伸びていて、ちょっと上るとすぐに馬掛不動堂が現れました。もう少し長い石段かと思っていたので、当てが外れたなと不動堂の周りを見回してみると、不動堂の裏手左奥に入っていけそうな緩い斜面があります。

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馬掛不動堂

藪で阻まれているものの、せっかくここまで来たので少し覗いてみようと息子を待たせて単身乗り込みますが、前々日の大雨の影響でぬかるんでおり、藪も険しく、視界の範囲には露頭も見当たらなかった為、無理をせず早々に諦めて引き返しました。(結果的に場所が違ったので諦めて正解だった)

その後、周りの様子を見ながらコンクリートの急勾配の坂から降りましたが、やはり地層らしきものは見当たりませんでした。

意気消沈しつつ、先ほど作業員の方達がいて撮影できなかった石段正面の写真を撮りに最初の石段に戻り、せっかくだからと道路のもう少し先の方に歩いてみました。すると、なんと、地層らしきものが…?

ついに見つけた地層

調べた文献には石段の記述が多かったため石段の途中から移動するものと思い込んでいましたが、どうやら道路上に面した部分にまさに露出していたようです。帰宅後に確認してみると、Googleストリートビューでも確認できました。

古い iPhone 7 Plus で撮影したせいかなんとなく色味が悪いですが、泥層や砂礫層、貝化石などが実際に確認できました。

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下の写真は「GSJ 地質ニュース Vol.5 No.8」264ページの写真2と同じように見えます。

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こちらは「GSJ 地質ニュース Vol.5 No.7」226ページの写真と同じように見えます。

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ただ、草木が生い茂っていてやや薄暗かったことと、足場があまり安定していなかったこと、何より勉強不足で前提知識がほとんどなかったため、地層を観察してもいまいち何がどうなのか分からず、「見つかってよかったね〜」「貝があったね〜」と満足して早々と撤退しました。

ついでに寄った陸平貝塚公園

息子は地層と貝化石が見られて満足した様子。とはいえそのまま帰るにはまだ時間も早く、せっかくなので近所にある「陸平貝塚」を訪問することに。

陸平貝塚は「日本人で初めて発掘調査が行われた遺跡であり「日本考古学の原点」と称され、考古学史の観点からも重要な遺跡」だそう。

入口付近に「美浦村文化財センター」があるものの、残念ながら祝日は休館。駐車場はがら空きで、広い駐車場に我が家以外にもう1台のみ。

「トイレに行きたい〜」などのアクシデントがあったものの、貝塚観察木道で地面に落ちている貝を観察できました。(なお、息子は「虫がいて怖い」と言い、早々に撤収。そしてトレイは慣れない和式だったので引っ込んでしまったようでした。)

色々調べたり現地を訪れたりしてみて

見ての通り専門的な知識ゼロで調べ始めたため、場所の特定からして大変苦労しました。しかし、限られた情報を元に場所を特定していく作業は、大人ながらに宝探しのようで大変面白い作業でした。惜しむらくは、探す過程を息子と共有できなかったことでしょうか。

とはいえ、帰宅後にも息子が何度か「地層が見られてよかったね」と言ってくれたので、現地でなかなか目的のものが発見できなかった過程も含め、多少は体験として記憶に残ってくれたのかなと嬉しく思いました。

自分で考えると、幼稚園の頃の体験の記憶などはほぼありませんし、幼稚園の頃の経験が今に活きているかと言ったら評価が難しいところですが、それでも、生活の中で気になったことを調べたり実際に見に行ってみるという経験を繰り返すことでそれが自然な習慣となり、そのことによって今後の人生が少しでも実り豊かなものとなってくれたらなと願うばかりです。

なお、緊急事態宣言で休館となっていた「地質標本館」も宣言解除により再開したようで、次はそちらに訪問して学術的な理解を深められたらと思います。(親が)

扱いに困ったメモ

 美浦村は、関東平野の北東部、北西に筑波山を、北に霞ヶ浦を望む台地と低地からなっており、桜川(土浦市)・霞ヶ浦(西浦)・小貝川に挟まれている稲敷台地の先端部分に位置し、台地部分は海抜30m以下の比較的低い台地で樹枝状に谷戸が入り組み、水田が古くから営まれている。
 地形を大別すると、霞ヶ浦湖岸低地部は沖積層の中に砂礫・腐植土が混じり水田地帯となっていて、台地部は稲敷台地の最北端に位置し関東ローム層、成田層群におおわれている。地層は、表層から大別すると、表土(耕作土)・関東ローム層・常総粘土層・竜ヶ崎層・成田上部層・成田下部層・藪層となっている。

https://www.vill.miho.lg.jp/page/page000263.html
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