雨宿り


「くそっ」
急に雨が降り出した
降るなんて予報はなかったのに

運よく廃屋を見つけた

トトン
トタン屋根のせいか雨音がやけにうるさい
それでも濡れずに済むのは助かる
「はあ」
一息つけて落ち着けたからか
右手の痛みに気づいた
強く握り過ぎていた
爪が皮膚にくいこんでいる
指をゆっくり開くと手のひらに爪痕がついていた
痛みと爪痕でくやしさがぶり返す
「くそっ」

講師に絵を酷評された
全力で描いたんだ
全てを出した渾身の作品だ

もう、どうしたらいいのかわからなくなってくる

トトン
疲れた
そう言えば
描き上げるまでまともに寝ていなかった
眠い

トトン
雨が響いてくる
波か、唄か
ねむぃ

トーン

「くやしいの?」
「ああそうだ」
「本当の本当に?」
「そうだよ。くやしくてくやしくてたまらない」

トトン

「何に対してくやしいの?講師?」
「ちがう」
「わかっているんだね」
「そうだ自分自身だ。力がない自分がくやしいんだ」

トトン

「全力だったの?」
「そうだ」
「本当の本当に?水面をさらっただけかもしれないよ。
自分の中にもっと潜ってみなよ」
「潜る」
「そう。誰の手も届かないほど深く深く」


潜る

暗い。何も見えない
けれど身体が下へ下へと降りていっている感覚はある
底はあるのか
光はないのか

静か、なんだな
音がしない音が存在しない

闇の中静かだ
埋没してみたくなってしまうほどに

そう、僕が僕として存在しているから埋没できる
僕は僕だ僕だけが僕だ

僕が存在しているのは世界があるからだ
僕は世界の一部だ
だから世界に埋没できる
それ以上に溶けこむことだって

身体が広がっていく
身体だけでなく意思までも、全てが
世界に包まれて世界になる

やがて、世界のことが少しわかる
そんな感覚が訪れる

尊さが生まれる

トトン
「潜れたかい?」
「ああ」
「そう。それはよかった」

トーン

少し
寝てしまったようだ

雨は上がっていた

手のひらの爪痕は少し薄くなっている
くやしさは
どうだろうわからない
けれど、今は無性に絵を描きたい
そう。描くことがあるんだ

ああ、なんて果てしない
「なあ、そうだろう」
「          」
答えてはくれない


さあ戻ろう

トーン

(雨、宿る)


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