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【創作】 その名にちなんで #シロクマ文芸部

 金魚鉢には、赤い金魚が一匹泳いでいる。春休みに母方の祖父母の家に遊びに行った時に、お祭りですくった金魚だ。祖父母の家に行くと精神年齢が下がり、子どもっぽいことに手を染めてしまう。
 子ども向けの屋台だったから、中学生のぼくがやると、面白いほどすくえた。幸い、三匹しかもらえない。全部もらえたら、庭に池を掘る羽目になっただろう。
 三匹もらって、漱石、一葉、龍之介と名付けた。春休みには、ぼくの中で文豪ブームがきていたのだ。漱石と龍之介はすぐに死んでしまい、現実の世界では最も短命だった一葉が今、金魚鉢を独占している。

「ペットに荘厳な名前をつけるのやめなよ」

 あの時、母さんにそう注意されたが、金魚といえどやたらと改名するのはどうかと思われたので、そのままにした。

「子どもの時に飼ってたインコ、ミズちゃんとイズちゃんなんて適当な名前にしたから、二十年以上長生きしたんだよ」

 インコの寿命と名前に相関関係はないと思うが、母さんはそう言い募ったものだ。

「その名前、母さんがつけたの?」 

「つけたのは、おばあちゃん」

「適当というか、変だよね、ペットに自分の子どもにちなんだ名前をつけるなんて」

 ミズちゃんは母さんの名前・瑞樹、イズちゃんは伯父さんの名前・和泉いずみにちなむに違いない。幸い、インコたちが天寿を全うしたからいいようなものの、早死にしていたら、縁起が悪い。

「母さんもそう思ったけど、名前変えたいとか言ったらまたおばあちゃんがうるさいでしょ。代わりに、隣のナオミちゃんの文鳥にヒミコってつけてあげたんだ」

「ヒミコって、あの? 邪馬台国の卑弥呼?」

「あの卑弥呼だよ。おじいちゃんが古代史本読み漁っていたから、なじみがあって。けど、卑弥呼は一ヶ月ぐらいで……ナオミちゃんの家に遊びに来ていたヨシノブ君が踏んづけて殺しちゃったんだよね。まだ二歳か三歳だったから、卑弥呼に気づけなかったんだろうね」

 ひどい話だ。ヨシノブ君はトラウマになったんじゃないか。
 どうも、母さんの話を聞くと、昭和は雑な時代だったように思える。岡田家界隈がそうだっただけかもしれないが。父さんの思い出は特に雑ではない。理系が苦手なのに東大に行けと言われたりする大変な部分もあるが、それも、昭和の特性というよりは、七瀬家の家風だろう。
 祖父母は、ぼくにも東大東大うるさいから。親戚一同に一人も東大出身者がいないのに、なぜあそこまでこだわるのか理解不能だ。
 話がそれた。

「それ以来、ペットの名前はシンプルなのがいいって思うようになったわけ」

「なるほどね。たぬの名前も、シンプルイズベストってことか」

 たぬはペットではないが。たぬ星からの亡命者で、なぜかうちに住んでいる。たぬ族の王子らしいが、見た目は地球のたぬきそっくりだ。

    *

「渉君、この金魚おいしそうだね」

 ぼくが一葉に餌をあげていると、たぬがそんなことを言った。

「おいしそう? たぬ、金魚はペットだ。食べちゃ駄目だぞ」

「そんなのわかってるよ。昔を思い出しただけなんだ、たぬ星では、池に泳ぐ金魚を食べたなって」

「たぬ星では、どんぐりばっか食べてたんじゃないの?」

「主食はどんぐりだけど、金魚やメダカも食べてた気がするよ」

「案外、残酷な種族だな」

 たぬの中の野生が目覚めないとも限らないから、金魚鉢は、たぬの手が届かない本棚の上に置くことにしよう。荘厳な名前をつけたペットは長生きしないという母さんの説をくつがえすためにも、一葉には長生きしてほしい。


#なんのはなしですか


たぬの起源はこちら。美食家です。


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