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「セカチュー」と「キミスイ」から考える企業の名前


こんにちは。東京コンサルティングファーム人事コンサルタントの小山です。

https://twitter.com/jinjinoyama

夏休みは、映画を観てすごす方も多いのではないでしょうか?

今回は、「セカチュー」と「キミスイ」について考えていきましょう。

「セカチュー」とは、『世界の中心で、愛をさけぶ』
「キミスイ」とは、『君の膵臓をたべたい』

のことです。みなさん、ご存じかと思います。

『世界の中心で、愛をさけぶ』は、2001年小学館から出版され、2004年に映画化され、書籍が300万部突破する、「セカチュー」の名で、社会現象レベルの大ヒット作です。

『君の膵臓をたべたい』は、小説投稿サイト「小説家になろう」に連載したところから2015年双葉社から出版され、2017年に映画化されました。「キミスイ」の名で親しまれ、260万部を突破するヒット作です。

タイトルに注目。

「セカチュー」も、「キミスイ」も、なぜ、略されるのというと、理由は、簡単です。タイトルが長いからですね。

例えば、90年代のヒット作を思い返してみましょう。

『いちご同盟』とか、『ぼくらの七日間戦争』、『101回目のプロポーズ』、『あすなろ白書』、『高校教師』、『聖者の行進』、『家なき子』、『ロングバケーション』etc

そういう短くて、覚えやすいタイトルが多かった気がします。

覚えにくい、タイトルでいうと、通称「ぼく明日」もそうですよね。
『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』

『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』
2014年に宝島社から出版。2016年に映画化。160万部のヒット作。

『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』

えっ、ぼくが昨日、明日のきみとデートするんだっけ?どっち?

って、間違えそうになりますよね。

そう、覚えにくいんです。ここが今までのヒット作とは違いますね。

短めの名詞で終わるタイトルと何が変わったのか?

「家なき子」というタイトルは、「家がない子についてのストーリー」なわけです。読者は、だいたい家があるから、(私は関係ないけど)「かわいそう」だなと感じる話でした。

つまり、ストーリーと、読者は別物でした。

ところが、『世界の中心で、愛をさけぶ』というタイトルは、読者に問いかけたわけですね。

(私は)世界の中心で、愛をさけぶんだ。
君も、そうしたくない?

そして、読者は、答えたわけですね。

たしかに、愛って気持ちは、世界の中心でさけびたくなるようなもの!
たしかに、それが愛だ!

と、読者が心の底から共鳴したわけです。
ストーリーと読者が一体化していった。

だから、大ヒット。

『君の膵臓をたべたい』は、似てますが、ちょっと違います。

「(私は)君の膵臓をたべたいんだ。」
「君も、そうしたくない?」

という問いかけは、普通は、読者は、困惑します。

読者の答えは、これです。

「えっ・・・食べたくない。。。。。」

でも、大ヒットしました。

なぜか?口コミです。
「小説家になろう」からはじまり口コミで広がっていくわけですね。

そして、

『君の膵臓をたべたい』が、話題作だ。

えっ?どういう話?となって、観てしまう。

そして、観終わった後に、すべての人が、そのタイトルの意味を知って、感動してしまうのです。

君の膵臓をたべたいんだ。

という言葉が、

確かに、大切な人をずっと自分の中にいてほしいかも・・・・

と、読者の心に突き刺さったのです。

ストーリーの最後に、
『君の膵臓をたべたい』という感覚が
確実に、ストーリーと読者を一体化させたのだ。

タイトルは、出版社がつけたものではない

「キミスイ」については、出版社がつけたタイトルではないと思います。

先生、今度、こういう感じのものを書きましょうか。
仮タイトルですが、、、、

なんてやりとりをして、生まれたものではないと思います。

作者が、この作品どう?って、世の中に問いかけて、共感された作品なのだから、タイトルを変えようがないわけですね。

ストーリーの何が変わってきたのか。

ストーリーそのものは何も変わっていません。

聖書の時代から、載っている小話から人の喜怒哀楽という感情が変わってきたわけではないと思います。

ただ、2000年代以降というのは、もしかしたら、表現が変わってきたのかもしれません。

物語を描くことから、
こういう感情ってあるよね?って、感情を共有する表現に変わってきたように感じます。

大衆向けの広告から、個々人への共感というSNSの時代に変わってきたことによることかもしれません。

例えば、シェイクスピアの作品で考えてみましょうか。

シェイクピア氏の誰もが知っている有名な作品といえば、『ロミオとジュリエット』ですが、

超有名な作品でないとするとどう感じますか?

おそらく、こう感じると思います。

誰?何をするの?恋愛?

シェイクスピア氏の作品でも、同じような感情になりますね。

『ハムレット』『マクベス』『オセロ』『リア王』

何をする話で、どういう感情なのか読者にはピンときませんね。
唯一わかるのは、リア王は、たぶん、王様が出てくるということくらいですね。

昨今、エモいという言葉がありますが、感情表現が、だいぶ自由になってきたことがわかります。

かといって、直接的に口に出せるようなことをそのまま表現しても、文学作品としての奥深さは出てこないのでしょうね。

(だからこそ、「キミスイ」では、クラスにいる地味な人にスポットライトをあてるわけですね)

一緒に考えてみましょう。もし、今、名作『ロミオとジュリエット』を、現代風にリメイクして、タイトルをつけかえるとしたら、どんなタイトルにしますか?

そう考えると、もし、今、名作『ロミオとジュリエット』を、リメイクして、タイトルをつけかえるとしたら、みなさんは、どんなタイトルにしますか?

うーん。こんなのはどうでしょうか?

「引き裂かれるほど、寄り合う恋」

ちょっと漢字が多いですね。漢字なのか、ひらがなかは与える印象が違いますからね。

例えば、これは誤表記です。

『世界の中心で、愛を叫ぶ』

絶叫系な叫びになってしまいますね。「ぎゃー」って。
もっと、「うわぁー」ってやつですね。

『あの頃、君を追いかけた』でいうと、
雨の日の自転車こぎながら、好きな女性の名前を「さけぶ」感じの「さけぶ」ですね。

『君の膵臓を食べたい』

ホラーですね。サイコパスですね。胃の中にいれたいとうより、
「スイーツ、たべたーいー」って感じのいとおしい「たべたい」ですね。

企業の名前とブランド
話は、かわりまして、企業の名前についても考えていきましょうか。

映画のタイトルと同じように、企業の社名も、企業という作品を表す重要なものです。

企業の名前でいうと、大きく(1)創業者の名前系か、(2)創業の地名か(3)そうでないかに分かれます。

(1)創業者の名前系
日本人の創業者でいうと、乗り物として世界で乗られています。「トヨタ」も、「ホンダ」も、今や、世界で走っている乗り物の名前です。世界で走ってる乗り物のタイヤ、ブリジヂトンは、創業者の石橋氏に由来します。

panasonicは、世界展開を見据えて、「マツシタ」の名前をやめました。

(2)創業の地名

日立(製作所)、茨城県日立市で生まれた会社です。東芝は、東京電気株式会社と、芝浦につくった芝浦製作所を足した名前です。

トヨタは、逆です。会社名が地名になりました。恵比寿も、サッポロのエビスビールに由来して、地名になりました。

(3)そうでない場合

DeNA。いわゆる遺伝子を表すDNAに、インターネットのeをいれてきました。ひっかる名前ですね。

SONY。東京通信工業として、創業しますが、世界に通用名前として、SONYにしました。

ユーグレナ。もはや聞きなれない言葉すぎてよくわかりませんね。

企業の名前は、(1)創業者の名前系か、(2)創業の地名か(3)そうでないかに分かれますが、企業の場合は、子どもの名前と違って、名前を変えることができます。

例えば、メルカリや、noteなどサービスの名前が会社の名前に変えることもあります。これもまた、ブランディングですね。

いずれにしても、会社の名前は、人の生涯よりも長い年月をかけて、時代を超えて、親しまれていくものですから、どんな名前をつけるかは、会社という作品をどういう印象をもってもらうかという映画や本のタイトルと似ていますね。

今日はここまでです。


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