見出し画像

Apple創業者Steve Jobsから学ぶ人生哲学

唐突ですが"死"について深く考えたことはありますか。

死について考えることを「死生観」と呼び、医療、看護業界では学問としても取り上げられていることです。

筆者である自分はアメリカ留学時、戦争体験をした人たちと数多く触れ合うことで、普段考えもしなかった「死」について正面から向き合うようになり、自身の考え方や、死生観について考える機会がありました。

「死」は日常生活を生き抜いていく上で、どちらかと言えばあまり考えたくもないトピックだと思います。しかし「死生観」と向き合うことで、これから取り組む時間を充実させることができる、自分の周りの関係者へ感謝を持って生きることができる大切なことでもあります。

「死生観」。

日本で生きていく限り、どうしても死や貧困を他人事として捉えてしまいがちです。そんな誰もが迎える”死”について真正面から向き合う大切さに気付いてもらえたらと思い、今回はApple創業者Steve Jobsさんの死生観を例に紹介します。

死生観

死生観とは、生きることと死ぬことについて考えること、また判断や行為の基盤となる考え方を言います。

読者の皆様の周りにも恐らく「九死に一生」を遂げた人たちがいるのではないでしょうか。たとえ周りにおられなくとも、本やテレビでは少なくとも聞いたり知ったりした経験はあることかと思います。

日本を支える実業家の方たちを例にあげると、ソフトバンクの孫正義さん、京セラ稲盛和夫さんは、若かりし頃に大病を患い死に直面されました。死に本気で向き合った方たちは、時間の有限さや命の儚さを悟ることで、人生設計を逆算し、大きな功績を残されるケースが多いです。

多摩大学大学院教授、田坂 広志氏によると死生観を持ったリーダーには以下の特徴があると言われています。

画像1

(Image:ビズジン)

1 時間の密度が高まる
2 逆境力を得る
3 使命感を得る

田坂氏はビジネスを手段として社会課題を解決する「ソーシャルビジネス」の分野でも深く関与され、日本を代表するキーパーソンでもあります。

Steve Jobs(スティーブ・ジョブス)

2005年スタンフォード大学卒業式にて、Apple創業者スティーブ・ジョブスが卒業生に向け「死生観」について語ったスピーチです。約15分間の短いスピーチの中には、彼自身の生き様、生死に対するコメントが多く詰まっています。

ここからは、英訳文を添えて紹介していきます。(以下から長文です)

Connecting the dots(点と点を結びつけること)

I dropped out of Reed College after the first 6 months, but then stayed around as a drop-in for another 18 months or so before I really quit. So why did I drop out?

私はリード大学をたった6ヶ月で退学したのですが、本当に学校を去るまでの18ヶ月もの間、大学に居座り続けました。ではなぜ、学校をやめたのでしょうか。

画像2

(Image:Reed College)

It started before I was born. My biological mother was a young, unwed college graduate student, and she decided to put me up for adoption. She felt very strongly that I should be adopted by college graduates, so everything was all set for me to be adopted at birth by a lawyer and his wife. Except that when I popped out they decided at the last minute that they really wanted a girl. So my parents, who were on a waiting list, got a call in the middle of the night asking: “We have an unexpected baby boy; do you want him?” They said: “Of course.” My biological mother later found out that my mother had never graduated from college and that my father had never graduated from high school. She refused to sign the final adoption papers. She only relented a few months later when my parents promised that I would someday go to college. This was the start in my life.

私が生まれる前、生みの母は未婚の大学院生でした。母は決心し、私を養子に出すことにしたのです。母は私を産んだらぜひとも、だれかきちんと大学院を出た人に引き取ってほしいと考え、ある弁護士夫婦との養子縁組が決まったのです。ところが、この夫婦は間際になって女の子をほしいと言いだした。こうして育ての親となった私の両親のところに深夜、電話がかかってきたのです。「思いがけず、養子にできる男の子が生まれたのですが、引き取る気はありますか」と。両親は「もちろん」と答えた。しかし産みの母は、後々、養子縁組の書類にサインするのを拒否したそうです。私の母は大卒ではないし、父に至っては高校も出ていなかったからです。実の母は、両親が僕を必ず大学に行かせると約束したため、数カ月後にようやくサインに応じたのです。これが私の人生の始まりでした。

画像3

(Image:allaboutstevejobs.com)

And 17 years later I did go to college. But I naively chose a college that was almost as expensive as Stanford, and all of my working-class parents’ savings were being spent on my college tuition. After six months, I couldn’t see the value in it. I had no idea what I wanted to do with my life and no idea how college was going to help me figure it out. And here I was spending all of the money my parents had saved their entire life. So I decided to drop out and trust that it would all work out OK. It was pretty scary at the time, but looking back it was one of the best decisions I ever made. The minute I dropped out I could stop taking the required classes that didn’t interest me, and begin dropping in on the ones that looked interesting.

そして17年後、私は本当に大学に通うことになりました。ところが、スタンフォード並みに学費が高いリード大学に入ってしまったばっかりに、ワーキングクラスである両親の蓄えを全て私の学費に注ぎ込むことになってしまいました。そして6ヶ月後、私は大学に価値を見いだせなくなってしまいました。自分の人生で何をしたらいいのか分からなかったし、大学がどのように役に立つかわからなくなってしまったのです。私は、両親が一生かけて蓄えたお金を使い果たすとしていただけでした。そして私はリード大学を退学することに決めました。全ては上手くいくと信じて決断したことです。当時は不安なこともありましたが、今振り返ると、自分が人生で下したもっとも正しい判断だったと思います。退学を決めた瞬間から、興味の湧かない必修科目の授業を受ける必要がなくなり、自分が興味を持つ面白そうな講義に潜り込みながら授業を受けることができたのです。

画像4

(Image:Reed College)

It wasn’t all romantic. I didn’t have a dorm room, so I slept on the floor in friends’ rooms, I returned Coke bottles for the 5¢ deposits to buy food with, and I would walk the 7 miles across town every Sunday night to get one good meal a week at the Hare Krishna temple. I loved it. And much of what I stumbled into by following my curiosity and intuition turned out to be priceless later on. Let me give you one example:

全てロマンティックな話しばかりではなかったです。私は学生寮の部屋もなかったので、友達の部屋の床の上で寝泊りしていました。コカ・コーラの瓶を店に返し、返金された5セントを集めては食事代にしており、更に毎週日曜日の夜には7マイル先にあるハーレー・クリシュナ寺院で週に1度のごちそうにありついたりしてもいました。大好きでした。そして、自分の好奇心と直感にに従って巡り合った物事が、後になってかけがえがないものになりました。一例を上げてみましょう。

画像5

(Image:antiques.lovetoknow)

Reed College at that time offered perhaps the best calligraphy instruction in the country. Throughout the campus every poster, every label on every drawer, was beautifully hand calligraphed. Because I had dropped out and didn’t have to take the normal classes, I decided to take a calligraphy class to learn how to do this. I learned about serif and sans serif typefaces, about varying the amount of space between different letter combinations, about what makes great typography great. It was beautiful, historical, artistically subtle in a way that science can’t capture, and I found it fascinating.

リード大学では当時、全米でおそらくもっとも優れた書体の講義を提供していました。キャンパス中に貼られているポスター、どの引き出しに貼られたラベルは手書きの美しいカリグラフで彩られていたのです。退学を決めて必須科目の授業を受ける必要がなくなったので、カリグラフィの講義に出て学ぼうと思ったのです。私はセリフとサンセリフの書体について学び、異なる書体を組み合わせた際、文字感覚のスペースのあけ方も勉強しました。素晴らしい活版印刷を素晴らしく仕上げる技術に関して学んだのです。それは美しく、歴史を有し、科学ではとらえきれない伝統的な芸術的な繊細さがありました。そして私はそれに魅了されていきました。

画像6

(Image:Reed College)

None of this had even a hope of any practical application in my life. But 10 years later, when we were designing the first Macintosh computer, it all came back to me. And we designed it all into the Mac. It was the first computer with beautiful typography. If I had never dropped in on that single course in college, the Mac would have never had multiple typefaces or proportionally spaced fonts. And since Windows just copied the Mac, it’s likely that no personal computer would have them. If I had never dropped out, I would have never dropped in on this calligraphy class, and personal computers might not have the wonderful typography that they do. Of course it was impossible to connect the dots looking forward when I was in college. But it was very, very clear looking backward 10 years later.

当時は、これらいずれかが私の人生でどのように役に立つといった希望すらありませんでした。しかし10年後、最初のマッキントッシュ・コンピューターを設計していたとき、カリグラフィを学んでいた知識と経験が蘇ってきたのです。そして、私たちはそれをすべて、マックに組み込みました。そしてマックは美しい活字体フォントを備えた、世界初のコンピューターとなったのです。もし私が大学であの単科目講義を受けていなかったら、マックには多様なフォントや字間調整機能も入っていなかったでしょう。そしてウィンドウズはただマックをコピーしただけなので、パソコンにこうした機能が盛り込まれることもなかったでしょう。もし私が大学退学を決心していなかったら、あのカリグラフィの講義に潜り込むことはなかったし、パソコンが現在のような素晴らしい活字体フォントを備えることもなかったかもしれません。もちろん、私が大学に居たときは先を見据えて点と点をつなげることは不可能なことでした。しかし、10年後のいま振り返ってみると、それは非常にはっきりと見えたのです。

画像7

(Image:Forbes)

Again, You can’t connect the dots looking forward. You can only connect them looking backward. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. Because believing that the dots will connect down the road, will give you the confidence to follow your heart, even when it leads you off the well-worn path. And that will make all the difference.”

繰り返しになりますが、将来を見据えて点と点を繋げることはできません。過去を振り返ったときにしか、点と点を結びつけるはできないのです。だからこそ、私たちがいまやっていることがいずれ人生のどこかで繋がって実を結ぶだろうと信じる必要があるのです。私たちは信ずるしかありません、根性、運命、人生、カルマ…たとえそれが何であろうとも。何故なら点と点が結びつくと信ずることは、私たちに自分の心に従う自信をもたらし、たとえそれが決まった道から逸れる道へと導くとしてもです。むしろ、それが全てを変える事になるのです。

画像8

(Image:AZ QUOTES)

Love and loss(愛と喪失)

I was lucky — I found what I loved to do early in life. Woz and I started Apple in my parents’ garage when I was 20. We worked hard, and in 10 years Apple had grown from just the two of us in a garage into a $2 billion company with over 4,000 employees. We had just released our finest creation — the Macintosh — a year earlier, and I had just turned 30. And then I got fired. How can you get fired from a company you started? 

私は幸運なことに、若い頃に自分のやりたいことを見つけました。ウォズニアックと私は、私の両親の家のガレージでアップルを創業しました。20歳のときでした。それから一生懸命に働き、10年後には売上高20億ドル、社員数4000人を超える会社に成長を遂げました。ちょうどその1年前、私たちの最高傑作「マッキントッシュ」を発売しており、私は30歳になったときでした。そして私は会社から解雇されたのです。一体どうすれば自分で立ち上げた会社から、クビを宣告されることができるのでしょうか?

画像9

(Image:theplacesihavebeen)

Well, as Apple grew we hired someone who I thought was very talented to run the company with me, and for the first year or so things went well. But then our visions of the future began to diverge and eventually we had a falling out. When we did, our Board of Directors sided with him. So at 30 I was out. And very publicly out. What had been the focus of my entire adult life was gone, and it was devastating.

実はApple社が成長するのに伴い、会社の経営にとても才能があると思われた人物を外部から雇い入れたのです。そして最初の1年はうまくいっていました。ところがやがて、お互いの将来に対する経営方針に亀裂が生じ始め、次第に争うようになっていったのです。争いの中、取締役会は彼に味方したのです。それで30歳のとき、私は追い出されてしまったのです。それは極めて公式な追放でした。人生をかけて築いたきたものが突然消えてなくなり、私は惨事たる状況でした。

画像10

(Image:CNN BUSINESS)

I really didn’t know what to do for a few months. I felt that I had let the previous generation of entrepreneurs down — that I had dropped the baton as it was being passed to me. I met with David Packard and Bob Noyce and tried to apologize for screwing up so badly. I was a very public failure, and I even thought about running away from the valley. But something slowly began to dawn on me — I still loved what I did. The turn of events at Apple had not changed that one bit. I had been rejected, but I was still in love. And so I decided to start over.

私は数ヶ月の間、一体何をしていいか本当にわかりませんでした。私は先行する世代の起業家たちを信頼を失望させてしまったと落ち込みました。私に託されたバトンを落としてしまったからです。私はデビッド・パッカード(HP創業者)とボブ・ノイス(Intel創業者)と面会し、経営方針について起こした大騒動についての謝罪に努めました。私は公然たる大失敗者だったので、このままシリコンバレーの地から逃げ出してしまおうかとさえ思いました。しかし、ゆっくりと何か希望がわいてきたのです。自分が打ち込んできたことが、やはり大好きだったのです。アップルでのつらい出来事がありましたが、私のこの気持ちを変えることだけはなかったのです。会社を追われはしましたが、もう一度新しい仕事で挑戦しようと思えるようになったのです。そして私は再出発をすることに決めたのです。

画像11

(Image:newscientist)

I didn’t see it then, but it turned out that getting fired from Apple was the best thing that could have ever happened to me. The heaviness of being successful was replaced by the lightness of being a beginner again, less sure about everything. It freed me to enter one of the most creative periods of my life.

そのときは気づきませんでしたが、アップルから追い出されたことは、人生でもっとも幸運な出来事となったのです。成功者であることの重圧は再び初心者の軽快さにとって変わりました、全てにおいてそれほど確証はありませんでしたが。それは私を人生で最もクリエイティブな時期へと解き放ったのです。

画像12

(Image:The TechNews)

During the next five years, I started a company named NeXT, another company named Pixar, and fell in love with an amazing woman who would become my wife. Pixar went on to create the world’s first computer animated feature film, Toy Story, and is now the most successful animation studio in the world. In a remarkable turn of events, Apple bought NeXT, I returned to Apple, and the technology we developed at NeXT is at the heart of Apple’s current renaissance. And Laurene and I have a wonderful family together.

その後の5年間に、NeXTという会社を起業し、またPixarといった企業も立ち上げました。更に素晴らしい女性と恋に落ち、その女性が後の妻になったのです。ピクサーは世界初のコンピューターを使ったアニメーション映画「トイ・ストーリー」を製作することになり、そして今では世界でもっとも成功したアニメ製作会社になりました。そして思いがけないことが起こったのです、アップル社がNeXTを買収したのです。そして私はアップル社に舞い戻り、今ではNeXTで開発した技術はアップルで進む復興の中核となっているのです。そして、ロレーンと私は、共に素晴らしい最高の家族を築きました。

画像13

(Image:Quora)

I’m pretty sure none of this would have happened if I hadn’t been fired from Apple. It was awful tasting medicine, but I guess the patient needed it. Sometimes life hits you in the head with a brick. Don’t lose faith. I’m convinced that the only thing that kept me going was that I loved what I did. You’ve got to find what you love. And that is as true for your work as it is for your lovers. Your work is going to fill a large part of your life, and the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work. And the only way to do great work is to love what you do. If you haven’t found it yet, keep looking. Don’t settle. As with all matters of the heart, you’ll know when you find it. And, like any great relationship, it just gets better and better as the years roll on. So keep looking until you find it. Don’t settle.

もし私がアップル社から追い出されていなかったら、このどれもが起こっていなかったと確信を持っています。非常に苦い薬でしたが、私にはそういうつらい経験が必要だったのでしょう。時として人生は、レンガで殴り付けられるような自体に見舞わされます。しかし信念を失わないでください。私を前進し続けてきたたった1つのこと、それは自分のやっている仕事を愛してやまなかったからです。皆さんも自分の大好きなことを見つけてください。そしてこれは恋人に対してでも同じように、仕事に対しても真実なことなのです。仕事は人生の大半を占めていくことになりますが、やりがいを感じることができるただ一つの方法は、素晴らしい仕事だと心底思えることをやることです。そして素晴らしい仕事をやり遂げるただ一つの道は、あなたが取り組む仕事を愛することです。もしまあだ好きなことが見つかっていないとするならば、探し続けてください、決して立ち止まってはいけません。心の全ての事象が関係するように、本当にやりたいことが見つかった時には不思議と自分でもすぐに分かるはずです。素晴らしい人間関係がそうであるように、時間が経つごとにつれてよくなっていくものです。だから、探し続けてください、絶対に立ち止まってはいけません。

画像14

(Image:Quote Master)

Death(死)

When I was 17, I read a quote that went something like: “If you live each day as if it was your last, someday you’ll most certainly be right.” It made an impression on me, and since then, for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: “If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?” And whenever the answer has been “No” for too many days in a row, I know I need to change something.

私は17歳のときに次のような一節に出会いました。「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉でした。それはとても印象に残る言葉で、その日以来33年間私は毎朝鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをしたいと思うだろうか」と。そして「ノー」という答えが何日も続くようなら、私は何かを変える必要があるとわかるのです。

画像15

(Image:Pinterest)

Remembering that I’ll be dead soon is the most important tool I’ve ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything — all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure — these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important. Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.

人はやがて死ぬという現実を心に留めておくことは、重大な決断を下すときに一番役立つ最重要なツールなのです。なぜならほとんどの事柄ー 周囲から向けられた期待、全てのプライド、失敗する不安…これらはほとんどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。本当に大切なことしか残らないのです。私たちは死に向かっていると認識することは、何か失うものを持っていると考える思考の罠を回避する最良の方法なのです。我々はみんな最初から裸です。自分の心に従わない理由はないということです。

画像16

(Image:Medium)

About a year ago I was diagnosed with cancer. I had a scan at 7:30 in the morning, and it clearly showed a tumor on my pancreas. I didn’t even know what a pancreas was. The doctors told me this was almost certainly a type of cancer that is incurable, and that I should expect to live no longer than three to six months. My doctor advised me to go home and get my affairs in order, which is doctor’s code for prepare to die. It means to try to tell your kids everything you thought you’d have the next 10 years to tell them in just a few months. It means to make sure everything is buttoned up so that it will be as easy as possible for your family. It means to say your goodbyes.

約1年前、私はがんと診断されました。朝7時半にスキャン検査を受け、私の膵臓(すいぞう)には鮮明な腫瘍が映し出されていました。私は膵臓が何なのかさえ知らなかったのですが。医者はほとんど治癒の見込みがないガンであると告げ、長くとも3ヶ月から6ヶ月しか持たないだろうと言いました。主治医は自宅に戻り、身辺整理をするよう勧めました。それはつまり、死に備えろという医者からのメッセージなのです。これは子どもたちに今後10年かけて伝えようとしていたことを、たった数カ月で語らなければならないということです。それは同時に残された家族が安心して暮らせるように、すべてのことをきちんと片付けなければならない、別れを告げなさい、との意味だったのです。

画像17

(Image:Youwealthrevolution)

I lived with that diagnosis all day. Later that evening I had a biopsy, where they stuck an endoscope down my throat, through my stomach and into my intestines, put a needle into my pancreas and got a few cells from the tumor. I was sedated, but my wife, who was there, told me that when they viewed the cells under a microscope the doctors started crying because it turned out to be a very rare form of pancreatic cancer that is curable with surgery. I had the surgery and I’m fine now.

私はその日、一日中診断結果のことを考えて過ごしました。その日の午後に生体検査を受けました。のどから入れられた内視鏡が、胃を通って腸に達しました。膵臓に針を刺し、腫瘍細胞を採取しました。私は鎮痛剤を飲んでいたので分からなかったのですが、その場にいた妻によるところ細胞を顕微鏡で見て調べた医師たちが騒ぎ出したと言うのです。何故ならそれは手術で治療可能な、きわめてまれな膵臓ガンであることが判明したからです。そして私は手術を受け、ありがたいことに現在は元気で過ごしています。

画像18

(Image:Dailymail)

This was the closest I’ve been to facing death, and I hope it’s the closest I get for a few more decades. Having lived through it, I can now say this to you with a bit more certainty than when death was a useful but purely intellectual concept:

これは私の人生で死にもっとも近づいたひとときでした。今後の何十年かはこうしたことが起こらないことを願っています。このような経験を通じたからこそ、死というものがあなた方にとっても便利、そして大切な概念だと自信をもって言えるのです。

画像19

(Image:SuccessStory)

No one wants to die. Even people who want to go to heaven don’t want to die to get there. And yet death is the destination we all share. No one has ever escaped it. And that is as it should be, because Death is very likely the single best invention of Life. It is Life’s change agent. It clears out the old to make way for the new. Right now the new is you, but someday not too long from now, you will gradually become the old and be cleared away. Sorry to be so dramatic, but it is quite true.

死を望む人はいません。天国に行きたいと思っている人間でさえ、死んでそこにたどり着きたいとは望まないでしょう。そして死とは、私たち全員が分かち合う到着地点なのです。かつて死から逃れられた人間は誰一人としていないのです。そしてそれは、あるべき姿なのです。何故なら死は恐らく、生命の最高の発明である可能性が高いからです。死は生物を進化させる担い手であり、古いものを取り去り、新しいものを生み出すのです。まさしく今、新しいのはあなた方なのです。しかし今からさほど遠からずの内にいずれは年老いて、消えゆくのです。ドラマティックな深刻な話で申し訳ないですが、これは紛れもない真実なのです。

画像20

(Image:Cult of Mac)

Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. Don’t be trapped by dogma — which is living with the results of other people’s thinking. Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.

あなた方の時間は限られています。ですので、誰か他人の人生を生きることで時間を無駄にしないでください。ドグマの罠に捕われないでください。それは他人の考えに従って生きることと同じです。他人の意見の騒音で、あなた自信の内なる声がかき消されないようにしてください。そして何より大事なことは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。心と直感は、自分が本当は何をしたいのか既にわかっているはずです。他のことは二の次で構わないのです。

画像21

(Image:Boston.com)

When I was young, there was an amazing publication called The Whole Earth Catalog, which was one of the bibles of my generation. It was created by a fellow named Stewart Brand not far from here in Menlo Park, and he brought it to life with his poetic touch. This was in the late 1960s, before personal computers and desktop publishing, so it was all made with typewriters, scissors and Polaroid cameras. It was sort of like Google in paperback form, 35 years before Google came along: It was idealistic, and overflowing with neat tools and great notions.

私が若いころ、全地球カタログ(The Whole Earth Catalog)という素晴らしい本があり、私たち世代の聖書のような本でした。その本はスチュワート・ブランドというメンロパークに住む男性の作品で、彼の詩的でタッチで躍動感がある誌面に生命の息吹が吹き込まれていました。これはパソコンやデスクトップ出版が普及する前の1960年代の作品で、タイプライターとハサミ、ポラロイドカメラで作品が作られていました。言ってみれば、グーグルのペーパーバック版なようなもので、グーグルの登場より35年も前に書かれたのです。理想主義的で、用途に応じた適切なツールと素晴らしい考えで満ちあふれていました。

画像22

(Image:Garage Magazine)

Stewart and his team put out several issues of The Whole Earth Catalog, and then when it had run its course, they put out a final issue. It was the mid-1970s, and I was your age. On the back cover of their final issue was a photograph of an early morning country road, the kind you might find yourself hitchhiking on if you were so adventurous. Beneath it were the words: “Stay Hungry. Stay Foolish.” It was their farewell message as they signed off. Stay Hungry. Stay Foolish. And I have always wished that for myself. And now, as you graduate to begin anew, I wish that for you.

スチュワートと彼の仲間は全地球カタログを何度か発行し、そしてその後一通りをやり尽くしたあとに最終版を出しました。それは70年代半ばで、私はちょうどあなた方と同じ年頃でした。背表紙には早朝の田舎道の写真が掲げられ、もしあなたが冒険好きならヒッチハイクをする時に目にするような風景です。その写真の下にはこのような言葉が記載されていました。「ハングリーであれ。愚か者であれ」と。それが筆者が最終号を発行するにあたり最後の別れのメッセージでした。ハングリーであれ。愚か者であれ。私自身、いつもそうありたいと常々思っています。そして今、卒業して新たな人生を踏み出すあなた方にとってもそうあってほしいと願っています。

Stay Hungry. Stay Foolish.
ハングリーであれ。愚か者であれ。

画像23

(Image:Pinterest)

【著者プロフィール】

画像24

Twitter「

参考文献

Globis知見録 死生観を掴んだリーダーが「良い生き様」を残す三つの理由
Stanford News 'You've got to find what you love,' Jobs says
日本経済新聞 「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
🌞上仲 昌吾🌞|180 𝙄𝙣𝙘.|ソーシャルビジネスで180°価値観を転換する

アメリカ・カリフォルニア州・サンディエゴで4年間過ごし、あらゆる価値観に触れてきました。現在ソーシャルビジネス事業化に向け構想中です。ソーシャルグッド、サーキュラーエコノミー、ベネフィットコーポレーションを実践されている方、是非とも意見交換をさせていただければ幸いです。

励みになります! ありがとうございます^_^
8
180(ワンエイティー)代表、ソーシャルビジネスで180°価値観を転換する|22歳で単身SAN DIEGOへ渡米。アメリカで様々なバックグラウンドを持ちつつも起業に挑戦している人たち感銘し、帰国の際に起業を決意。ソーシャルビジネス、Bコーポレーションをキーワードに再出発中。