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想い出屋

僕に両親はいない。

僕が小さい頃、事故で亡くなったらしい。

その後僕は祖父母に引き取られ育てられてきた。だから全く両親と話したことがない。

両親が僕に残したのは、この命と僕の名前だけだ。

「よる、朝ごはんできたよ。」

まだ眠い土曜日の7時。おばあちゃんの声が鼓膜に優しくノックする。

はーい、と返事をして起き上がり、食卓でご飯を食べる。

ほかほかの白ごはんとお味噌汁と目玉焼き。

いつもの朝ごはんだけど、いつも変わらず美味しいなと思いながら食べた。

すぐに着替えて散歩に出る。

僕は散歩が好きだ。

新鮮な空気を身体中で吸いながら、太陽の光も浴びながらただ歩く。

基本的には無心で歩いているが、たまに親子を見ると立ち止まってしまう。

お父さんお母さんがいるのってどんな感じなんだろう。何故僕を残して亡くなってしまったんだろう。

少しでもそう思ってしまうと、足を止めてその親子を見入ってしまう。

親がこちらの様子を見て怪しげな顔を向けた後、足早に去って行く。

また見てしまっていた。

しばらく歩いていると、見たことのないこじんまりとした建物が建っていた。

こんなところにあったっけ?

いつもならないはずの場所にあったので気になった。

そしてそこには「想い出屋」という看板がつけられていた。

想い出?思い出ではなく?思い出だったとしても想い出屋って、なんだろう。

純粋な興味が僕の足を想い出屋に向かわせた。

そこに入ると白髪の老人が1人、椅子に座っていた。

「いらっしゃい。ここは初めて?」

「はい。想い出屋って何ですか?」

「思い出を改造できるところだよ。」

「改造?」

「そう。何かなんでもいいから、一枚写真を持ってきてみなさい。そこにワシが絵を描くんじゃ。するとその絵はあんたの思い出の一ページに挟み込まれる。」

「どんな絵を描いて欲しいかは僕が決めていいんですか?」

「構わない。どうだ、やってみるか?」

「はい!」

「ただし、描いたその日しか効果は無い。その日だけはその思い出を覚えておける。明日になると忘れる。それでも良いか?」

「はい。やってみたいです!ちょうど写真があるのでこれに描いてくれませんか?」

僕は年に一回、僕の誕生日祝いで祖父母と僕の3人で写真を撮る。

その中でいちばん最近の20歳の誕生日の写真を差し出した。

そこには僕と祖父母と、誕生日ケーキが写っている。

「ここに何を描いて欲しいんじゃ?」

「僕の両親を描いてくれませんか?」

「分かった。両親の顔がわかる写真はないか?」

「それが、持ち合わせてなくて、、、。」

「まぁ想像で描いてみようか。」

「お願いします。」

そうして白髪の老人が筆をとりサラサラと写真に描き込んでいく。

5分もかからないうちに完成した。

その写真を受け取った瞬間に、その写真で切り取った思い出が蘇ってくる。

20歳の誕生日を両親にも祝ってもらったという記憶が実感として想像できた。

お母さんがケーキを手作りしてくれ、お父さんが誕生日プレゼントにネクタイをくれた。

お母さんお父さんに20歳を迎えられた感謝を伝えた。両親にも祝ってもらえた誕生日。なんて幸せなのだろう。

写真を眺めながら、ずっとその時の記憶に没頭した。

この記憶を忘れたくはない。

そしてその記憶の中で、こんなやりとりもあった。

「お父さん、なんで僕は“夜”って名前なの?なんか暗いイメージじゃない?」

「そう言われると思ったよ。けれど僕たち夫婦は夜に恋してるんだ。昼は太陽があって色々なものに太陽の光が当たり、あらゆるものが見える。しかし夜は月や星の光で照らされた限りある範囲しか見えない。だから夜見えるものは自分にとって本当に大切なものなんだと思うんだ。例えば一緒にいるお前のお母さんとか。」

「そういうことだったのか。」

「うん。あとは、流れ星が見えるからかな。僕がお母さんにプロポーズしようとした瞬間に、僕はお母さんの後ろに流れ星を見たし、お母さんも同時に僕の後ろに流れ星を見たんだ。プロポーズした後に、『流れ星流れた時、何が願い事した?』って聞いたんだ。すると僕が思っていた願いと全く同じ言葉をお母さんは言ったんだ。『お腹にいるこの子が無事に産まれ、幸せに暮らせますように。』そんな特別な夜が2人の中で1番の思い出で。流れ星とかプロポーズとか色々あったけど、全てひっくるめて素敵な夜だったんだ。だからこその“夜”。」

僕の名前の由来を初めて知った。まさに2人の愛そのものじゃないかと思い、照れ臭くなった。

ずっとこの写真の中の記憶に閉じこもっていたい。そう強く思った。

想い出屋を出て家に帰ってからもずっとその写真を眺めていた。記憶に縋り付いていた。

そしていつのまにか僕は眠っていた。

長い夢を見ていた。

翌日の朝昼を通り越してもう夜になっていた。

昨日の記憶があまり無い。

けれど目の前に広がる夜の景色に目を奪われた。

眺めていると心の底から何やら温かいものを感じた。

そして流れ星が2つ、キラリと夜空を駆けていた。僕は願った。

『あの世でも、お父さん、お母さんがいつまでも幸せでいられますように。』

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