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失敗作

「失敗作になってはいけないよ。」
よく父が僕に言った。
小さい頃から繰り返しそう言っていた。

何をもって『失敗作』なのか。
歳を重ねるにつれてだんだんとその意味が分かってきた。

僕たちの生きるこの世界ではあるルールがある。

それは、20歳になると両親は他人となり、自立して生きなければならないということ。

20歳になったその瞬間から、僕は両親のことを忘れる。両親も僕のことを忘れる。

どういうカラクリでそんな仕組みが働いているかなんて、大天才じゃない限り分からない。


だからみんな、19歳の最後の日にお祝いをする。子は今まで育ててくれた感謝を伝え、親はこれからの子の幸せを願う。

そして20歳になる直前に家を出る。

そういう流れらしい。

父は

「失敗作になってはいけないよ。」

と言った。

父の言う失敗作とは、エラーを起こす子や親のことだ。

本来なら赤の他人になるのだが、愛情が強すぎたり寂しさに溺れたりするとエラーを起こし、家族のままでいることになる。

それはこの世界では“恥”であるのだ。

今までの19年間を思い出した時に胸に残っていたのは、その父の言葉だった。

僕はもう、今日既に祝ってもらった。
父や母に感謝の気持ちを伝え、赤の他人として頑張っていくことを決意した。

父も母も静かに泣いていた。

いつまでもここにはいられない。

そうして僕は旅立った。

-20歳の朝-

カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいる。

スタートを切るにはいい天気の日であった。

今日から早速仕事をしなければならない。

初めてのことで上手くいくか心配だったが、ひとまず職場に着くと皆が暖かく迎えてくれた。

今日は、仕事内容の全体像を教えてもらったり、その内のどの部分を僕が担当するのかを説明してもらった。

そろそろ一週間が経つ。

最近気づいたのだが、会社からの帰り道、僕のことをストーカーしている人がいる気がする。

モサモサと物音がするのだ。

怖くなり、走って家まで帰った。

警察に連絡しようか、いや、そんなに事を荒立てたくない。そういった目立ち方はしたくない。

よし、明日職場の先輩に相談してみよう。

そうと決まれば、毎日のルーティンをこなして枕に頭を沈めた。

次の日朝目覚めるとどしゃ降りであった。

こんな日は気分が下がる。しかし今日はストーカーがいる事を先輩に相談して解決策をもらおうという強い気持ちがあった。

職場に着き、早速直属の先輩に相談した。

すると、先輩が職場の十数人に声をかけ、みんなで今日僕を送ってくれることになった。

そんなにしなくても、、と思ったが本音は、心強い。

今日はみんながそわそわしていた。
そわそわしたまま夕方になった。

空模様は相変わらずどしゃ降りである。

みんなで傘を刺し、僕の家へ向かった。

やはり、後ろに誰かついてきているようだった。

「君の言うとおり、やはり誰かがついてきているね。」
優しい先輩はそう言った。

ヒソヒソ声で作戦を立てた。
「3.2.1で一斉にストーカーを追いかけよう。」
「そうしよう。」

「3.2.1.よーいドン!」

皆で一斉に傘を投げ捨て、そのストーカーへと向かっていった。

ストーカーは僕たちの動きに呆気にとられ、足元を崩した。

「今だ!」

そう言ってみんなでそいつを押さえ込んだ。

「お前は何者だ!」
優しい先輩はそう叫んだ。

そのストーカーは悲しい目をして言った。
「その子の父親だ。」

「今、なんて言ったんだ?」

「その子の父親だと言ったんだ。」

「まさか、そんなエラー人間がまだいたとは。親子なんて20歳を越えれば赤の他人。この世界の常識だろう。お前は父親のことは覚えていないだろう?」
優しい先輩はそう言った。

「覚えてない。」

僕の父を名乗るその男はより一層悲しい顔をして言った。

「よかった。お前は人間の失敗作にならなくて。」

失敗作。

なぜかその言葉が頭の中で繰り返される。

昔の情景が浮かんだ。

優しい顔をした男の人がよく言っていた。
「失敗作になってはいけないよ。」

今までモヤがかかっていたその顔が今鮮明に思い出せた。

そうだ、お父さんだ。

今目の前にいるどしゃ降りの中で悲しい顔をしているこの男は、間違いなく僕のお父さんだ。

僕は叫んだ。

「お父さん!」

周りの先輩たちは驚愕した。

「お前もエラーだったのか!おい、みんな、このままここにいるとこいつらのエラーが移る。この場を離れよう。」

そう言ってそそくさとこの場を去っていった。
ここには僕とお父さんが残っていた。


お父さんは言った。

「なんだ、お前も失敗作になってしまったのか。」

「当然だろ?親が失敗作なんだから。」

どしゃ降りの中、お父さんと微笑みあった。涙もあった。抱き合った。失敗作で良かったと心から思った。

そこにはもうこの世界が忘れていた、親子の絆が確かにあった。


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