旅する地球
ある朝目を覚ますと、この世界には僕しか居なかった。
正確に言うと、置いて行かれた。
というより、僕がそれを望んでいたのだ。
もうすぐ地球が寿命を迎えられるということで、人類は地球脱出計画を5年前から進めていた。
各個人に対して、紙が渡された。
そこには、
「脱出の意思はありますか。YES or NO」
と書かれていた。
どうやら今日のこの状況を見る限り、僕以外はYESを選んだようだ。
僕の中では、なんとなく、地球はまだまだ生きていくのではないかという確信があった。
海が汚れ、空気も綺麗とは言い難く、少し重力が弱まっていて不安定。たまに浮くこともできる。
確かに弱っていると言えば弱っているのかもしれない。
しかし、僕は生まれた時から不思議な声が聞こえることがあった。
「誕生日おめでとう。」
「おはよう。」
「今日もお疲れ様。」
「おやすみ。」
僕の日常の中に溶け込んだその言葉の主は最初こそ分からなかったのだが、最近は地球の声なんじゃないかと思っている。
今日の朝も目を覚ました時に、
「おはよう。もう君以外は旅立ってしまったよ。」
と地球が教えてくれた。
地球が言うのだから間違いはないだろう。
「地球はもうすぐ死んじゃうの?」
「いいや、まだ生きるさ。少なくとも君が一生を終えるまでは死なないよ。」
「そっか。じゃあ僕はここに残っとく。」
地球と会話して残ることに決めたのだ。
地球は残った僕のために奇想天外なことを色々やってのけた。
プレートを無理矢理移動させ、大陸の形を変えた。
ハワイのような島がすぐそこまで来たのでそこに移り住んだ。ヨットで航海したいと言うと、うまく追い風を起こし、波を鎮めて簡単にヨーロッパにも行くことができた。
あとは地球上の重力を少し緩めてもらって、空を飛んで鳥の気持ちになることもあった。
ある時には地球と喧嘩したりもした。しかし地球は怒ると、噴火やら津波やら地震やら規模がデカくて参ってしまう。
それでも楽しく暮らしていた。
大勢の人がいるとパニックになるようなことも、僕1人ならなんでもやりたい放題である。
ある時、気になったので聞いてみた。
「なんで僕だけ地球の声が聞こえるの?」
「本当は人間みんなに聞こえるはずなんだ。しかし、日々の忙しない生活で心にゆとりが無くなって聞こえなくなっていったんじゃないかな。」
「そういうもんなんだね。」
「そういうもんさ。僕は君の心が見える。君の心を見ていると自由を感じるんだ。何者にも囚われず、凪のような心で穏やかな気持ちになれる。だからこそ僕の声もより届くんだと思うよ。」
「そうなんだ。」
いつの頃からか地球も、自由になりたいらしかった。
太陽の周りを同じペースで同じコースで回り続けていることが退屈のようだ。
そこで地球は自ら地殻変動を起こすことで、少しずつコースから外れていくことに成功した。
そのため「地球はもうすぐ寿命だ」と言われ始めたのだ。
ただ、地球は自由になりたいだけなのに。
そして地球は実験を繰り返し、自分の行きたい場所へ行くことが出来るようになった。
何故か太陽の重力から切り離されたのだ。
その時耳元で熱い声が聞こえたような気がした。
「地球のことは頼んだよ。いってらっしゃい。」
太陽が一部の光を分けてくれたので、ミニ太陽のようなものがずっと地球に付いて来てくれることになった。
-数年後-
銀河を旅して、どうやら地球のタイプの太陽が見つかった。
そして地球はその太陽にプロポーズをした。
「超新星爆発するまで周りを回らせてください。」
「もちろんです。」
この地球め、僕がいることを忘れてしまうくらいずっと太陽と話していやがる。星同士のイチャイチャ話がずっと聞こえるのも困ったもんだ。
たまに興奮して噴火することもありびっくりさせられる。
ただこの地球は僕の生まれた星だ。
そのくらいは多めにみよう。
好きな太陽のそばにいるからか、海は煌めき、空気も美味しく、重力も安定していた。
そして空を見上げると大きな宇宙船がこちらに向かって着陸しようとしていた。
ん?見覚えあるな、あの船。
着陸した宇宙船からは大勢の人間が出て来た。
「おおー!なんで、綺麗な星なんだ!こんな星がまだ残っていたとは!まるで、昔の地球のようじゃないか!」
星と、その星に生まれた人たちは見えない重力の糸で繋がっているのだろうか。
みんなは、違う星にたどり着いたと思っている。僕だけが、地球のこれまでの物語を知っている。
人々の歓喜の雰囲気と、太陽と地球の熱い恋愛模様。
僕も地球に負けじと相手を見つけなきゃな。
そうして人々の輪に入っていくと、みんなに叫ばれた。
「宇宙人が近づいてくる!!」
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