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タクシードライバー 詩5篇

  実験の雨

冬の雨
タクシードライバーが
タクシーもなく
立っている

まだ機会がうるわしいだけだった時代
人は何を使って雨をはかろうとしたのだろうか

十歳だった
狭いコンクリートの庭があった
僕はドラえもん柄のプラスチックコップの
口を下にして
置いた
その晩は
眠らなかった
雨音は
子供部屋のぼろいカーテン越しに聞いたかもしれない
何を願った?
何を願わなかった?
雲の稀な
冷たい朝焼け
僕はコップを引っくりかえす
何の水分も
なかった
雨にこうして人を救ってくれと
願った
願わなかった

うんざりする機械の向こうに
救われた人々がいる時代
雨の下には
屋根がある

タクシードライバーが
身をかがめ
自分の車へと駈けてゆきだした
僕の上にも
冬の


   2020.11.13


  システムクラッシュ

漫才をしなかった月曜
ノンカロリービールのつぶれた缶
夕陽を浴びて
物とはひっきょうモノである
そんな箴言を
黒板に書いてみる
その時
おれは見た
この世界からべろんと剥がれる
ラベルさえ貼りつけない
この
宇宙の構造
具象を言うならば
ここに
ボケとツッコミがある
日没を過ぎて
星のぼやけた瞬きを
お前は聴く
システマティックな団地
——からっぽの

   2020.11.16


  タイム・パトロール予備役

寒くなった
ので
時計を買いに行った
日暮時計店はつぶれていた
ので
シャッターに小便

して帰った時刻
から
おれの押さえこんでいた時間

一挙に放たれて
おれの時間は回り出す
おれの時計も拷問レースよりはやく何周もするのだろう

寒くなった
ので
部屋に時計の影かたちさえ無いのだった

   2020.11.16


  眠りたくない人の寝台

部屋を想像する
〈わたし〉が居ることのない部屋
寝台はいらない
机はいらない
本棚と捨て置かれたスーパードライの空缶もいらない
そうやって一つずつ
想像の部屋の物を消してゆく
まったく
何て疲れる作業だろう
生きてゆくことに疲れて
団地の三階の
ドアを開ければ
寝台・机・スーパードライの空缶が
どっとあらわれる
部屋に
〈わたし〉があらわれてしまったから
想像の
すなわち
現実の
部屋

   2020.11.19


  時間旅行士の15分クッキング

クリームシチュー
ソースのだまが出来かけていて
僕はやはり
色んなものを憎みすぎている
台所に
いくつかのボウル
小麦粉とバターを量った
あとの
小皿
それから
どうしようもない僕の感情
その感情が何かだなんて
言いたくもなかったから
(言えなかったから、あるいは言わないように)
混ぜた
何もかも混ぜた
薄い光が入ってくる台所
僕はひとり味を見る
だまはすっかりのびていた
塩味は
効きすぎていたかもしれない
誰でもないあなたに
安息がありますように

   2020.11.19

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#詩 #文芸 #創作 #11月の詩 #タクシードライバー

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