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川柳自句自壊小説 水
いよいよ没水式が迫ってきたと喚きつづける鉄鍋屋の親爺を、スクールゾーンの自作ねじろから引きずり出す方策について、分離町商店街の話し合いはこの二週間ほど、毎晩のごとくひらかれていたが、なにぶんにも対手が壜を所有しているのかどうか不明瞭なこともあって、とうとう今夜で三週間目になるなと固定暦を見ながらぼんやり考えていると、鉱線電話がぎじりぎじり鳴って、やはり私と狼少年が出向くことになった。
午前中、中学園の園舎への道はうす黄色い靄につつまれ、狼少年は半袖からのぞく両腕の体毛がべっとりとすると言って、濡れた肌をしきりに大陸手拭いでこすっていた。
ごたぶんに漏れず狼少年の狼めいた部位は両腕の剛毛だけで、ならば長袖防護服を着ればよいのではないかと、私はあらためて思ったが、そうすると狼少年を狼少年と証立てる一点も見えなくなってしまうので、彼は彼なりの思想を持ってビリー・ワイルダーのTシャツをまとっているのだろうと考え直すのも、久方ぶりではあったが、もう何度その考察に至ったのか、自分ではよくわからなくなっていた。
「何度目ですかね、この、何て言うか、何度もくり返す感じ」
私は年長者の謙虚さをもって丁寧語を使ったのだが、狼少年はやたらと大きな黒眼をぐる、と回して、
「壜の数だけじゃねえの・・・・・・」
と投げやりに答えた。彼も疲れているのだろうと私は納得したものの、その納得も何回目だろうとは納得できなかったが、しかしこれから鉄鍋屋の親爺を引きずり出すのは確かに疲れるだろう、何せ午前中なのだから、しかも親爺は壜を持っているのかもしれないのだから、とその件については深く首肯するものがあった。
「なあ、あんた」
狼少年は手と脚を同時に出す歩行法をしながら、つまらなそうに言った。
「あのおっさん、壜を持っていると思うかい・・・・・・」
どうも少年は少年で不安に駆られているらしく、手拭いをぱん、と打ち張った。
「わかりませんね。もしかしたら持っているかもしれないし、衛星銀行に預けてあるかもしれない」
私の言葉が頼りなげだったのだろう、狼少年は鼻を盛大に啜ってから、手洟を黒々とした三輪車道に射出した。
「なあ。壜ってそもそもどんなものなんだい」
少年の若さでは無理もなかったが、私も私で無駄に歳を喰ってしまったので、どうにも答えに窮して、まあ、この大陸すべてが容れ口から容れられるようなものかもしれませんね、ともごもご言うしかなかった。
太陽はびくびくと形を変え、慮るように二人を照らしつづけた。
不意に目の前に擬鉄パイプの山が聳えたかと思うと、蛙花火が緑の閃光を曳いて五六本打ち上げられた。
「呵呵呵呵呵! 儂が何とか式のことを喚くと浅慮しておったろう。だがな、お前さんがたの願うようなことは言わんのじゃ! 断じて言わんのじゃ!」
胴間声が轟いて、鉄鍋をかぶった鉄鍋屋の親爺が、擬鉄パイプの山の隙間から頭部を突きだすと、茶ばんだ人工植物シャツから、あぶらぎった鎖骨あたりがよく目立つ。
狼少年がぐるる、と啼いた。
「どうでもいい・・・・・・。壜だ・・・・・・。壜を持っているか・・・・・・」
「儂は鉄鍋屋じゃぞ! 鉄鍋に壜がかなうものか!」
「ふざけるな・・・・・・」
「言わん、言わんぞ。お前さんがたの望むようなことは言わんぞ!」
親爺は体全部をぐい、と引き上げると、下半身はロープ褌一枚だったのだが、それを恥じる様子もなく、言わん、言わんぞと叫びつつ、頭の鉄鍋を外して、意外に黒い長髪をふり乱し、くわんくわんくわんとクロームの左義手で叩きはじめた。
「壜がないのか・・・・・・。壜がないのか・・・・・・」
狼少年の横顔を、私はこの時うつくしいと感じた。
「聞きたいか? 聞きたいか? いよいよじゃぞ。いよいよじゃぞ!」
「壜を・・・・・・」
少年は絶叫して、親爺に飛びかかった、まるで直流電磁石のスイッチが入ったように。
親爺は抱きついてくる少年の頭部を、自らの頭部を民間式に移植するかのごとく、さっきまでかぶっていた鉄鍋で叩きまくり、そのたびに狼少年はびくりと震え、毛むくじゃらの両腕で親爺を締めあげようとすると、親爺はさらに叩き、こんどはぐわんぐわんぐわんという音を立て、空いた片手を相手に回し、二人は私の存在を失念したように抱擁しつづけた。
私はどちらに加勢したらよいかも決めずに、とりあえずは兇器になりそうな物をと思い、城を成している擬鉄パイプを一本引き抜いた。
そこに建築上の力点がかかっていたのだろうが、擬鉄パイプを複雑に構成させた砦は、さざれ氷に熱鰐茶をぶっかけたように、あっけなく崩れて行った。
狼少年を深く抱きしめたまま、親爺は、
「そんなら言ってやろう! 没水式じゃ!」
と叫んで、銀と赤錆の雪崩の中に、二人して身を沈めていった。
轟音がしたかどうかはわからないのは、それほど轟音だったのだろうといまは思うけれども、しかしそのとき私がしたのは、崩壊して野ざらしになっている鉄鍋屋のねじろの跡を、ぼうと眺めることだけだった。
イチジク箱の上に、二酸化炭素ランプと鉄製のコップ。
やはり壜は無いようだった。
雨が、降りだした。
壜はなかった、鍋もなかった、しかし私はコップを拾ったので、これなら帰り道、没水式までに、雨水を溜め込むことができるだろう、ならば親爺を引きずり出すことはできなかったが、よい午前だった。
午後がやってきて、太い雨粒が、コップに乾いた音を響かせた。
大陸が沈む痛車を載せながら 大祐
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