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SS『私そっくりな“私”?』

朝に目をさますと、ベッドのなかで“私”そっくりな男が私の横に寝ていた。 

あまりのことに、ふだんはなかなか目をさまさない私も飛び起きた。
そのあとその男をじっくりと観察してみた。裸のうえから私が若い頃着ていた皮ジャンをはおって寝入っている。自分で言うのもなんだがなかなかいい男だ。 

いやそんな悠長なことを思っている場合ではなかった。

「すみません、あなたは誰なんですか?」 

私は男の肩をゆさぶりながら声をかけた。 

男は眉間に皺をよせ、さも不快な表情をうかべながら、

「なんだようるさいな……、俺はおまえだよ。俺は眠いんだ、邪魔すんじゃないよ」

とぼそっと言った。

「申しわけありませんがちょっと教えてください。あなたが私なら私は誰なんですか?」

「わからんやつだな、俺はおまえ自身だって。いいか、よく聞けよ。おまえがあんまり良心が痛むなどと言って俺を嫌いやがるから、“悪心”の存在である俺がおまえから切り離されてしまったんだ。つまり、おまえは良心のかたまりってとこだ」

「つまり……、私の肉体が分裂したとでもいうのですか……?」

「まあ、そうなところだろうよ」 

男はポケットから煙草をとりだしスパスパ吸いはじめた。すると煙が体中からもくもくと噴いてくるのがみえて私はめんくらった。

「はははっ、驚いたか? 俺はエクトプラズムというおまえの体液などを凝縮したものを使って肉体化しているんだ。まだ完全な肉体じゃぁないが、近いうちに俺は完全な人間になるのだ」

「それはいったいどういうことなんです?」

「ふん、とにかく仕事にいけよ。そうすりゃ俺様の偉大さがわかるからよ」 

私は不安と恐怖心とで仕事どころではなかったが、無責任なことはできない。懸命に自分の心をはげましながら仕事場である銀行にでかけた。 

私は融資を担当している。不景気な世情ゆえに、思いつめたような顔で融資の相談を持ちかけてきても、断ることが多くなった。貸し渋りと言われても銀行だって損をするとわかっている融資はできない。しかし、どうにも心が痛むこともあった。とくに自分自身が分裂した今日は、なんとしても融資してあげようという気持ちがあふれて、支店長に懇願することも一度や二度ではなかった。

「どうしたんだね。今日の君はなにかおかしいよ。ふだんの君ならこんな経営の切迫している会社に融資しようなどと言わないはずだ」 

支店長に言われるまでもなく、昨日までの自分とは別人のようだった。いままでのドライなところもあった自分が懐かしく思えた。 

私は早退を申し出て自宅に帰り、まだ寝ていた“私”を揺すぶりおこすと、“私”は、

「わかっただろう。良心だけでは生きていけないってことが」と愉快そうに言った。

「だけど、あなたに戻ってほしいと思うのは私の信念に反することだ」

「そんなこといってももう遅いな。おまえが落ち込んでいるから生体エネルギーがどんどん俺に吸収されはじめてる。今度は俺が主体になり、おまえは俺の一部になるんだ」

「私があなたの一部に……」 

いつのまにか目の前の“私”がやたら大きくみえはじめ、私の体がしだいに縮みはじめていることに気がついた。“私”は小指ほどの大きさになった私をひょいとつまんで口のなかにほうりこんでしまった。

私は今、“私”のなかでひっそりと暮らしている。“私”はめきめきと頭角をあらわし、支店長にまで出世した。しかし、不正融資発覚で懲戒免職になり最近どうも元気がない。 どうやら私が返り咲く日も近いようだ。

            (fin)

JUNK&星谷光洋LIVE『抱きしめたい』

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