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SFショートショート『ヒューマン・チェック』

  
私の前には試験官が三人いた。おだやかな表情で、私の心になにかを語りかけていた。私はその言葉を読みとって、答案用紙に記入しなければならないのだ。
 
私が勤務する会社は『総合リサーチ社』で、一般国民が政府や企業に対する意見などをインターネットをつかってリサーチし、情報を販売する仕事をしている。ビルは異常気象や天体災害防止のため、地下に建てられていた。

日光は地上から採光しているが、照明設備も万全だ。制服はとくに指定されていないが、白いスーツやワンピースを着てくる人が多い。
 

しかし、こんな時代がやってくるとは思わなかった。最初はテレパスができる者など少数だったらしい。旧人類は出世も難しい。今は七対三の割合で新人類のほうが多い。

もちろん、新人類たちは旧人類を差別したり迫害することはない。私たち旧人類とくらべて精神のレベルが高く、博愛精神の権化だといえる。彼らは口にださずとも精神世界で交流できる。仕事においても無駄がない。

会議も大きな意見の相違がなく、本音だけで議論しあえるから即決する。知能指数も私たち旧人類よりは高いようだ。したがって彼らが出世していくのは当然といえた。また、嘘や偽りを隠せないからこそ、天使のような人類になれるのだろう。私たちはそうはいかない。

日々、いくつもの複雑な意識にとまどい、精神回廊で迷子になってしまうのだ。
 

今日は半年に一度行われている、ヒューマン・チェックの日だ。最初は会社の面接で行われる。簡単にいえば新人類か旧人類を定期的に試験をする日なのだ。

口にしなくても心で交流できるかをチェックするわけだが、そんな試験が行われるようになったのも、自分は新人類ですと偽って面接をうけて入社してくる人たちが増えてきたからだ。

そのまま偽ったままである社員を摘発するための試験なのだ。実をいえば私も偽って入社したひとりだった。もちろん新、旧関係なく採用はされる。しかし、将来を考えて新人類だと思われていたほうが得だと思い、偽って面接をうけた。

私は闇の組織が製造しているマインド・ガードという機器を右耳のあたりにつけていて、私の心が読みとられることを防いでいる。そのかわりにマインド・ディスクを左耳につけて、相手のテレパスをうけとって音声化する機器をつけているわけだ。

まこと旧人類のやることは姑息なのだが、新人類たちにも、そんな機器が出回っているという情報がはいっているらしい。

(それではマサヤさん、つぎに新しい方法で試験します。最近、人の心を読みとる機器が出回っているらしいので、機器では読みとれないテレパスを送りますので、受けとりましたら用紙にお書きください)
 
試験官がテレパスで語りかけてきた。私の額から冷汗がにじみでてきた。それでは今日まで一生懸命にやってきたのにすべては水の泡になってしまうではないか。いやまだあきらめてはいけない。私はもともと勘が鋭いほうだ。相手の表情を読み、周囲の状況をはあくして判断してきたのではなかったか、たとえ心を読みとれずともなんとか答をみつけてやる。
 
試験官は目を閉じて、私になにかを語りかけているようだ。表情はおだやかなまま。状況をみても言葉を確定することは困難だ。いったい試験官はどんな言葉を語りかけているのだろうか? 私は動揺したそぶりを極力みせないようにして精神を集中した。しかし、やはりどうしてもだめだ。私はあきらめて白紙の用紙を試験官に手渡した。ところが案に相違して試験官は微笑み、握手を求めてきた。

「おめでとう。試験は合格です」
 
なぜ合格なのだろう? なにもわからなかったのに。

「なにも感じることができずに混乱されたと思いますが、もともとテレパスをしていなかったのです。また、正直に白紙にして提出する精神意識も合格というわけです」
 
私は心のなかでガッツポーズをきめていた。しかし、すぐに安堵の気分が不安に変わった。試験官の次なる言葉を聞いたからだ。

「このたび、あなたを新たなヒューマン・チェック試験官に採用させていただきます」  

試験官になるのは昇進だといえる。給与も二倍になるから断る理由はない。しかし、新人類と偽っている私がやれるのであろうか?

「動揺されるのは理解しています。あなたが旧人類であることはすでにわかっていました。ですが、仕事への取り組みも勤勉で熱心。状況把握や段取りも的確でスピーディなあなたを、特別試験官として採用したいという意向が幹部の意見だったのです。私たちを買収してまで昇進しようとする社員をチェックしていただきたいのです。それはあなたのような方が最適だと思うのです」

                (fin)


※トップ画像のクリエイターは「高橋悦史」さんの作品です。
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