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SFショートショート『消去の時代』

目を覚ましたら、妻が、金色に変色させた髪の毛だけを残して消滅していた。妻が亡くなったのだ。

住宅にする土地がなくなってしまった2031年、墓地をさがすのも困難になっていた。ビル式の墓地も住宅を優先せざるを得なくなり、生誕時、遺伝子に手 を加えて、肉体が滅ぶ前兆をみせはじめたとき、自然に肉体を消滅させる法案が決議されたのだ。突然消滅してしまうと、亡くなったことが証明しにくいので、 髪の毛を金色に変色させるよう遺伝子操作されていた。

妻は半年まえから、不治の病になっていた。医学の進歩で苦しみを取りのぞく治療もなされていた。遺伝子操作で病を取りのぞくこともできたのだが、妻はそ の治療を拒否した。自然の摂理に逆らうようでいやだし、墓をビルのなかに安置するような世界に呆れていた。二人とも六十歳を越えていた。子供たちも独立し て、とくに案じることもない。妻は生きる意欲をすでに失っていたのだ。

妻をいとおしく思うひとりの男として、できれば病気を治して、一日でもながく生きてほしいと願っていた。それは妻のためではなく私自身の我欲だった。少しでも長生きしてほしい。それは、私自身がひとり辛い思いをしたくないからなのだ。

妻の家は代々農家の家系だった。大地とともに生き、大地に還る生き方を奪われた、社会に対するささやかな反抗だったのかもしれない。

老いて皺がふえ、肌にうるおいが失せても、私には妻が美しく思われていた。妻とのさまざまなことが思い出されて、嗚咽した。

私は、特別な精神安定剤をあえて飲まなかった。妻ならきっとそうしたはずだと思った。最近では、習慣性のない安定剤を薬局で買うことができた。どんなに 悲しい気分でいても、飲用すると楽しくなってしまう嗜好品だった。 妻の死にさいし、せめてしばしのあいだは悲しんでいたいと思った。

久しぶりにウィスキーをあおった。泥酔のままテレビをつけるとニュースをやっていた。
最近、老若男女が消滅する、つまり死亡件数が激増しているとい う。事故や病気ではなく、遺伝子操作に不具合があるらしい。妻が生前恐れていたことが現実になってきたようだ。これも自然の摂理を犯した結果というやつか もしれない。または、墓もつくらず、葬儀もせず、仏壇すらもなく供養をしない私たちへの、目にみえない存在たちの怒りなのかもしれない。

肉体を消滅してしまえばそれでよい。死んでしまえばすべては終わりだと思っている人たちばかりでは、先祖たちも報われまい。といっても、私自身、妻が亡 くなるまではおなじ考えだった。今の時代は、産まれてすぐに教育施設で育てられるから、両親に対する愛情は薄い。夫婦も別居結婚がふつうだった。しかし、 妻の意思で、子供も私たちが育て、同居結婚という旧来の暮らし方をした。さまざまな葛藤があったが、今ではそれでよかったと心から思える。すべては妻のおかげだ。 気分転換のために外にでた。といっても家のベランダだが。

木造建ての家などは、実際は高いビルだし、並木もなにかの建物らしい。道路すらない。すべては自宅の部屋からどこかの場所へと瞬間移動しているからだ。

実際は、建物が蟻の隙間がないほどに建てられている。精神衛生上、ホログラフィで三十年まえの風景が再現されているだけだ。

ベランダからほかの家、といってもばかでかいビルの一室をながめていたら、突然、立っていた人が消えた。あわててテレビをつけた。突然、なんの兆候もな く人が消滅していく現象が激増しているらしい。ニュースキャスターまでが突然掻き消えた。テレビカメラが固定したまま、スタッフたちが画面のまえで右往左 往していたが、スタッフたちもひとりひとり消えてゆく。そして、テレビ画面が真っ暗になった。電話もつうじない。ラジオなど今の時代にはない。移動機も作動しない。そして、今、照明さえ消えてしまった。

ベランダにいったがなにもなかった。ホログラフィの機器が作動していないのなら、ビルばかりが密集しているはずなのに、ただ、真っ白な空間が広がる世界だった。ふりむいてみてもすべてが掻き消えてなにもない。

いったいどういうことなんだ。ああ、私の体までが消えていく。

「AI人物に感情を付与させた、未来シミュレーションが消えてしまう。原因は、コンピューター・ウィルスか?」

とある大学院の研究室で、老齢の教授が、額の汗をふきながらつぶやいていた。

            (THE END)

※ いくつかオチも考えたのですが、どうしても納得できるオチがないので、こうなりました。異星人や研究者の未来シミュレーションが、コンピューター・ウィルスによって消えていくというオチですが、やはり、空々しいのでやめました。なにかよいオチがありましたらアドバイスください。

星谷光洋MUSIC Ω『現代のアトランチス』


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星谷光洋
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