vs,SJK:vs,ブロブ Round.3
大口開いたボクの部屋は、闘技場へと役割を変えた。
臨戦体勢で警戒するボクに反して、対峙するラムスは貞淑な物腰に佇むだけ。まるで〝萌える草原で微風と戯れる文学ヒロイン〟だ。はたして自信に裏打ちされた余裕なんだろうか。
「正直、厄介な相手だなぁ」
ボクの懸念を拾い、ジュンが訊ねる。
『その〈ブロブ〉って、どんなヤツなの?』
「古典的なベムで、平たく言えば〝宇宙アメーバ〟だよ」
『要するに〈スライム〉みたいな?』
「それ、逆。ファンタジーの定番モンスター〈スライム〉は、実はSFモンスターの〈ブロブ〉をモデルにしているんだ。つまり、コッチの方が元祖」
『ふぅん? さすがに、その手の雑学は詳しいわね』
「趣味だもん。怪獣とかロボットは」
『……あなたって、つくづく男の子よね』
「どゆ意味さ! 全国のAカップに謝れ!」
『ああ、ゴメンゴメン! そういう意味じゃない。胸じゃなくて、趣味の事』
「そなの? じゃあ、いいや ♪ 」
『……男の子呼ばわりは拒否しないんだ』
「だって、好きなモンは好きだし♪ 」
『うん……まあ……あなたが良ければ、それでもいいけど……』
「ちなみに〝マックィーンさん家のスティーブンくん〟も戦ったよ?」
『その蛇足情報、要らない』
ごもっとも。
「それはさて措き──この娘は〈ブロブベガ〉だから、本家譲りの変幻自在性と、本家には皆無だった高度知性を兼ね備えている」
『そう考えると、確かに厄介ね』
ジュンとの思念会話を、不意にラムスが邪魔立てた。
「先程から仕掛けてきませんわね? ならば、こちらから行かせて頂きますわ!」
次の瞬間、彼女の右腕がスケルトングリーンの大槍へと変化!
凶暴な大蛇と化して突き迫った!
「うわっと?」
真正面から両腕で掴むと、根性任せに後退りを踏み止まる!
「ぐっ……まるで軽トラみたいな衝突力だな! んにゃろ!」
渾身の力で一本釣り!
本体を引き寄せる!
「きゃあ?」
可憐な華奢さが示す通り、パワーバトルに於いては非力のようだ。
為すが侭に体勢を崩して、ボクの間合いへと飛び込んで来る!
そこを後ろ蹴りで応戦──するはずが、虚しく空振り!
命中予定の腹部がグニャリと液状変質したからだ。
どてっ腹に風穴を開けた状態で、ラムスは冷たい柔和を微笑む。
「先程のような不意打ちならともかく、攻撃が予見できていれば造作もないですわ」
「この〝ミス・ブラックホール〟め!」
続け様に鉄拳を繰り出すも、同プロセスで避わされてしまう。蹴りも同様。
ありとあらゆる連撃がエクササイズでしかない。
「はい、ワンツー♪ ワンツー♪ ラララライ♪ 」
「って、何だーーッ! この『ビ ● ーズ・ブート・キャンプ』はーーッ!」
もはや化石のソロダンス……もとい攻防の刹那、ボクの赤眼へ向けて細い突尖が襲い来た!
長いもみあげが変質した錐だ!
「危なッ!」
鎌首擡げる刺突の奇襲を、間一髪で仰け反り回避!
そのままバック転に距離を取ると、硬度依存に屋根をブチ抜いて上空回避した!
スカートに仕込まれたヘリウムバーニア機能だ。
裾縁には布厚の極薄噴出口が設けられていて、そこから超圧縮ヘリウムを揚力と噴出している。超圧縮ヘリウムボンベは背面の腰部スロットへと装填。ハンディスプレー程度の大きさだから、ガサばる心配もない。
これらのテクノロジーは、有無を言わさず〈PHW〉が〝超科学の結晶〟たる証明だった。
ちなみにスカートは形状記憶繊維製らしく、バーニア噴出時には木地が硬く変質する仕様。だから、逆さバルーン状態に陥る事もない。男性読者には、お気の毒だけど。
そうでもなければ、ボクだって使わないよ。単なる露出狂だもの。
「飛行能力を御持ちでしたか……少々面倒ですわね」
滞空するボクを仰ぎ、ラムスは物臭そうに表情を曇らせている。
夜空から彼女を見定めると、眼下の情景がミニチュア化して自然と視野へ滑り込んだ。
あまりの精巧さに図らずも気を取られる──直後、今度はメイドベガの左腕が巨大な対空槍と繰り出された!
「うわっと!」
これも紙一重で回避!
顔脇を掠めて尖り伸びる弦蔦の巨束!
「煩わしく回避なさらないで頂けます?」
鈴音のような声にゾッとした。
すぐ耳元で聞こえたからだ!
いましがた避わした触手の槍から、ラムス本体が生えていた!
いや、触手と本体の位置関係が入れ替わった……と言うべきか。
彼女の上半身がボクの傍らに具現化し、下半身は巨幹と変化して部屋から支えていた。
ヌッとボクの顔を覗き込んだ愛らしい美少女が、小悪魔的に加虐心を微笑む。
「私、部位境界の概念がありませんの」
「……え? 無いの?」
「ええ、基本的に液状生命体ですので」
思考停止に戸惑うボクを、今度は巨大ハンマーで叩き落とす! 両手組みに融合変身させた代物だ!
「うひぃいい~~ッ!」
屋根を突き抜け!
二階部屋を貫通して!
一階キッチンの床にクレーターを刻んだ!
「グ……ウゥ!」
体内から軋む痛み!
あまりの衝撃に意識が霞む!
虚脱の視界に入るのは天井の破壊穴と、そこから覗ける夜空の瞬き。
「しっかりして!」
姿無き声援が聞こえた。
ポッカリと開いた天井の大穴からだ。
(ああ、ヒメカの眼前をブチ抜いたのか……)
朦朧とする意識で状況を把握する。
(あの子、無事だよね? 迸りで怪我してないよね?)
この状況でも、こんな事を考えてしまう……自分が笑える。
やっぱり、ボクは〝お姉ちゃん〟なんだな。
普段は鬱陶しい愚妹なのに。
「さっきはオバケ扱いしてゴメン! メタルオバケ!」
いや、いまも言ってるけど?
「見てて判った……ヒメカを守ろうとしてくれているんだよね?」
ようやく判ったか、愚妹──そう思ったと同時に、不思議と心にパワーが涌き上がる!
それが心身を蝕む倦怠感を薄めていった!
「大丈夫! メタルオバケなら立てるよ!」
「ク……ッ!」
ダメージを堪えて這い起きようと試みる!
「だって、胸ペッタンだもん! 重くないよ!」
「ぅだらぁぁぁああッ!」
憤慨の奇声に立ち上がった!
どんな声援を向けてくれてんだ! この愚妹!
ともあれ、アホらしくも復活できた。
吹き抜けを仰ぎ睨むと、下半身を蛇身と化したメイドが垂れ迫っている!
「貰いましたわ!」
躊躇無くボクへと特攻!
玉砕覚悟の体当たりかと思いきや──どぷん──そのまま全身ゲル化してボクを呑み込んだ!
結果、頭だけ出した水饅頭状態。
「懐かしの〝風船おじさん〟かーーッ!」
足掻く!
必死コいて足掻く!
だけど、鉄拳も蹴りも内壁に沈むだけ!
ノーダメージに吸収されちゃう!
「クソッ! まったく効いてる様子がないじゃんか! まるっきり『暖簾に釘』だぞ!」
『マドカ、それを言うなら〝暖簾に腕押し〟か〝糠に釘〟だからね? 奇跡的に意味は通るけど……』
パモカからのツッコミ。
と、ボクは違和感を覚えた。
じわじわと身体が痛熱い。まるで全身灸みたいな熱さだ。
ふと視線を落とすと、僅かに〈PHW〉が綻びを生じている!
「しまった! そういえば〈ブロブ〉って、溶解捕食するんだっけ!」
「クスッ、その通りですわ」ボクの傍らにラムスの胸像が生まれる。「これは死の抱擁……云わば、獲物の犠牲へ哀悼を捧げたハグですの」
冷酷さを孕んだ柔和が耳元で死刑宣告。情欲めいた吐息が妖しい戦慄を感受させる。
「SFの鉄板設定まで踏襲すんな! ボクを抱きしめていいのはジュンだけだぞ! ……ってか、むしろジュンなら抱きたい……抱かせて!」
『何を口走ってるかーーッ! あなたはーーッ!』
「ふぎゃぺれぽーーッ!」「きゃあああーーッ?」
怒気を具現化したかのような電撃が、ボクとラムスを直撃した!
ってか、何だ! このプチ天罰は?
「ジュン! いつの間に放電能力なんかを?」
『んなワケないでしょ。これはパモカのリンクリモートコントロール機能──つまり私のパモカで、あなたのパモカを遠隔操作してバッテリー放電させたのよ』
「ふぇ? んな機能あったの?」
『私のは……ね。アプリを自作したから』
宇宙科学アイテムのアプリを自作って……さらりと言うけど、どんだけ秀才?
「ってか、何故そんな機能を?」
『あなたの脱線暴走を抑制するため』
「それって、おしおきをチラつかせた使役じゃん! 三蔵法師と孫悟空のシステムじゃん!」
『仕方ないでしょ。本当は私が直接目を光らせていたいけれど、一緒に前線へ立てないんですもの』
「ジュンの言う事なら、ボクは素直に聞くっての! 軽めのご褒美で!」
『軽いご褒美って……例えば「マドナ奢れ」とか?』
「ううん、揉ませて」
『逝けぇぇぇーーーーッ!』
「ふぎゃぺれぽーーッ!」「ひあぁぁうん!」
二人揃って意識がトびかけた。
『あ、なるほど。彼女は〝液状生命体〟だから、電導率が高いんだわ。これって有効策かも』
「ちょっと待って? 現形態のボクも電導率メッチャ高いんですけど? 全身金属なんですけど?」
『うん、知ってる』
いや、屈託なく明るい抑揚で「知ってる」って……そこはかとなく日頃の恨みを感じて、怖いんですけど?
『日向マドカ、危惧するには及ばない。パモカバッテリーの電圧では、死ぬほどの威力は無い。せいぜい、改造スタンガン程度」と、クルロリ。
「充分、絶対、頑として、イヤだよ!」
『星河ジュン、追加攻撃を要望する』
「ちょっと待て、クルロリリャレルラララレレリロパアーーーーッ!」「いやぁぁぁあああああッ!」
蝕む感電ダメージに、溜まらずメロンゼリーが飛び退いた!
そして、充分な間合いにメイド姿を再形成。
脂汗塗れに荒息を喘いでいる。
まあ、それはボクも同じだけど……。
「ゼェハァ……ねえ、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「フ……フフ……どうやら貴女の奸計だったようですね。捨て身覚悟で起死回生を狙うとは、敵ながら見上げた覚悟ですわ」
「やりたくてやったわけじゃないよ!」
拭えぬ苦悶によろめきつつも、メイドベガは戦闘継続の意向に立ち上がった。
「正直、私の限界も近いようですわ……次で決着をつけましょうか」
「うん、そだね。ボクも限界だし」
双方思った以上に電撃ダメージは大きい。
だから、ボクも身構えた。
彼女の根性に応えるべく。
半身を斜に乗り出して重心を低く落とすと、脇腹に据えた右拳に力を溜める。空手部の助っ人経験が活きた。
ラムスの右肘先が半月刀形状へと変形。
「知っています? 高水圧の切断力は、ダイヤモンドすら切れますのよ」
「ああ……それ、そーいうのか」
よく見りゃ細かい刃が無音に高速回転している。
ウォーターカッターを応用したチェーンソー構造だ。
張り詰める緊迫!
そして、互いに間合いへと駆け出した!
「うりゃあぁぁーーッ!」「たぁぁぁーーッ!」
この一撃で雌雄が決する!
そう確信した刹那──「ダメェェェーーッ!」──不意に叫ばれた制止に、二人して突進を止めた。
声の主は、ヒメカだった。
「んしょんしょ……ラムスちゃんもメタルオバケも、もうヤメてよ! んしょんしょ……」
二階から降りて来ようと、天井からの大穴にへばりついている。その不格好な様は、まるで岩肌を下る子蟹。
「ヒメカ? あ……危ないですわよ!」
「そうだよ! 運痴なんだから来るな!」
「やだ!」
聞き分けなく「やだ!」じゃないだろ。この万年反抗期。
もともと激戦被害で無造作に破壊された跡だ。その断面は脆く崩れ易い。
それでも何とか安定した足掛かりを得ようと、悪戦苦闘していた。
ってか、そもそも二階の高さから飛び降りれるのか?
運痴のクセに?
「んしょんしょ……ヒメカは、どっちが倒されてもイヤなの! メタルオバケはヒメカを救けようとしてくれたし、ラムスちゃんは〝ヒメカのお友達〟だもん! だったら仲直りして! んしょんしょ……」
ヲイ、仲直りって何だ。
ボクとコイツは〝ティートモ〟じゃないぞ。
「甘ちゃんですわね」乾いた蔑笑でラムスが嘲る。「私は〈ベガ〉──〝宇宙怪物〟の類ですのよ? それを〝友達〟などと……戯れ言もいいところですわ」
「そんなの知らないもん! 友達だもん!」
「先程、私に襲われかけたのを御忘れ?」
「襲わないもん!」
「……え?」
「さっきは確かに怖かったけど、ラムスちゃんはヒメカを襲ったりしないもん! 絶対絶対絶ッッッ対に!」
ヒメカの主張に根拠なんか無い。
それは重々承知。
この子の性格は、よく分か……っていないかもだけど、性根はよく分かっているつもりだ。姉だし。
だから──「……ヒメカ」──ラムスからは戦闘意欲が完全に消え失せていた。向けられた想いを噛み締め、感傷的に佇んでいる。
「んしょんしょ……二人共、ヒメカはね……んしょ……ヒャア?」
崩れた!
言わんこっちゃない!
あのバカ、頭から落ちているじゃないか!
「ヒメカッ!」
条件反射で駆け出した!
その瞬間、ボクの顔脇を掠めて飛び込む物体!
視界の隅から追い越したのは、緑色の鉄砲水──ラムスだ!
全身液状化した彼女は落下地点へと溜まり、そのままウォータークッションと化す!
そして、見事にヒメカをキャッチ!
「ナイス! ラムス!」
早急に駆け寄って覗き込む。
メロンゼリーの表面に浅く沈んだヒメカは、目を回して気絶していた。
「ふみぃぃぃ~~?」
「ったく、この愚妹は!」呆れながらも、内心ホッとする。「ありがとね、ラムス」
「…………」
「ラムス?」
「……あ」
ボクの呼び掛けに、ようやく気が付いたようだ。
「まったく、つくづくお人好しですのね……貴女方、姉妹は」
取り繕ったような悪態。
しかし、これは〝敵意〟ではなかった。
うん、既に〝敵意〟は無い。
何処かへと投げ捨てられていた。
だから、ボク達が戦う理由も無くなっていた。
私の作品・キャラクター・世界観を気に入って下さった読者様で、もしも創作活動支援をして頂ける方がいらしたらサポートをして下さると大変助かります。 サポートは有り難く創作活動資金として役立たせて頂こうと考えております。 恐縮ですが宜しければ御願い致します。