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経営組織論と『経営の技法』#153

CHAPTER 7.2.1 Column:選択バイアス
 意思決定において合理的に振る舞おうと思っても特定の方向に偏ってしまうのは、意思決定におけるさまざまな偏りによることが少なくありません。つまり、合理的なプロセスを踏んでいたとしても、そこで検討される情報そのものが偏りのあるものであれば、当然ながら意思決定は歪んでしまいます。
 有名な次の逸話を紹介しましょう。第2次世界大戦中、アメリカは戦闘機の機能向上のため、帰還した戦闘機の弱い部分についての調査を行い、データを集めていました。そのデータから軍部は敵の弾丸を多く受けている部分を補強すべきだと結論づけます。
 これに対して、ドイツからアメリカに亡命していた統計学者であるエイブラハム・ワルドは、「それは違う、むしろ敵の弾丸を受けていないところこそ補強すべきだ」と言ったのです。なぜだかわかるでしょうか。
 軍部が検討していたデータは、戦闘から帰還した戦闘機のデータでした。つまり、撃墜された戦闘機のデータは含まれていないのです。それを踏まえれば大事な部分、致命的な部分に被弾しなかったから帰還できたともいえますし、被弾したところは多少の被弾でも帰還できる部分だともいえるのです。
 ですから、多く被弾したところを補強するのではなく、むしろ被弾していなかった場所こそが補強すべき場所だとワルドは喝破したのです。
 このように検討するものとして、選んだ情報と選ばれなかった情報の間にある特性によって特定の誤差が生じる場合、その偏りを選択バイアスと呼んでいます。正しく意思決定をしているように見えて、検討する情報の段階で、すでに偏りが出ていることがあるのです。とはいえ、偏りのない情報を集めることは難しいこともあります。ですから、意思決定をする際には、集めた情報の特性についても考えることが重要になります。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』154~155頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 リスク管理(リスクを取ってチャレンジするためのリスク管理)の観点から見た場合、データなどのバイアスを適切に考慮することは、恣意的な判断(都合のいいデータの選択)を回避することと、判断の精度を上げることの両面で、重要となります。
 さらに、組織が大きくなってくると、部門ごとに前提にする基本データが異なると、組織の一体性が壊されますから、財務データに限らず、重要なデータを会社の共有資産として重要になってきます。国によっては、国のさまざまな統計データの正確性を確保し、管理する責任を負う官庁を独立させて設けるところがあるのも、組織運営上、データが重要であることを表しています。あの国の景気指数を表す統計データは、信用できない、などと言われるようでは、その国の経済政策などの信頼性が獲得できないのです。
 会社組織で、そこまで共通のデータを厳重に管理するべきか、と言うと、それぞれ所管部門が責任を持って正確性を担保すれば十分な場合が多いように思われますが、カンパニー制や事業部門制になって、独立性が強くなっている場合などには、データの信頼性などでカンパニー間や事業部門間での摩擦が生じる可能性も高まるでしょう(例えば、他のカンパニーや事業部門との業務、利益、責任の線引きの駆け引きで、バイアスのかかった都合の良いデータを悪用するなど)から、そのような摩擦を未然に防ぐために、中立的なデータ管理専門部署を設ける場合が、あるかもしれません。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 投資家である株主から経営者を見た場合、財務状況の報告が経営者の基本的な義務であり、この正確性を確保するために、監査役・社外取締役・独立取締役の制度や、公認会計士の制度が生まれ、磨き上げられてきました。さらに、統計データが業務上極めて重要な保険会社では、統計の専門家であるアクチュアリーが、社内に必ず置かれる(商品設計などだけでなく、経営判断のためにも必要)うえに、監督官庁にもアクチュアリーが置かれ、統計的な観点から、ガバナンスを効かせます。
 つまり、データの信頼性は、経営にガバナンスを効かせる際のツールでもあるのです。

3.おわりに
 被弾した場所、のエピソードで思い出すのが、アンケートの回収率とアンケート結果の分析です。実際のアンケートでは、回答してくれない人も多数いますが、集計されるのはアンケートの中身だけです。
 たとえば、5割の人が回答してくれたとしましょう。回答してくれた人の中で、ある政策に対する賛成が4割、反対が6割であれば、回答しなかった人も同じ割合とみなせば、政策への賛成が全体でも4割、と推定されます。
 けれども、「サイレントマジョリティー」という言葉が使われます。それは、回答しなかった人は、回答する必要性を感じなかったからで、それは現状に満足しているからだ、回答しなかった人のうち、多くの割合の人が現状肯定派だ、という考え方が、その主な考え方でしょう。
 そうすると、ここでの政策が現状を変えようとする政策の場合には、回答しなかった人の多くが政策への反対に回るでしょうから、全体としてみると政策への反対は6割よりも大きくなります。反対に、ここでの政策が現状を維持しようとする政策の場合には、回答しなかった人の多くが政策への賛成に回るでしょうから、全体としてみると政策への賛成は4割よりも大きくなります。
 このような「サイレントマジョリティー」も、バイアスの一種と言えます。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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