見出し画像

経営組織論と『経営の技法』#215

CHAPTER 9.2.3:キャリアアンカーを自ら知ること
 キャリアアンカーは、働き始めの頃はあまり安定しないといわれます。つまり、仕事生活において何が重要かということの自覚があまり安定しないということでもあります。しかし、だんだんとキャリアを重ねるに従って、最終的に1つに集約されるといわれます。このような特徴を持つキャリアアンカーを自覚し、認識することによって、組織の中でさまざまな外的キャリアの変化があっても、自分のキャリアがぶれることがなくなります。
 また、大きな外的キャリアの変化が自分のキャリアアンカーから大きく離れるときには、異動に対して抵抗したり、あるいは組織を離れることを考えるということになります。自分のよりどころをきちんと認識しているからこそ、外的キャリアの変化の、自分のキャリアヘの影響をきちんと捉えることができるのです。
 たとえば、研究職に従事する管理能力のキャリアアンカーを持つ人は、研究職を離れる外的キャリアの変化は自身のキャリアの逸脱ではありません。なぜなら、研究職だけでなく他の職種を経験することで、将来的に管理者やリーダーになったときにより良い能力を身につける可能性があると考えることができるからです。
 しかし一方で、技術・専門能力のキャリアアンカーを持つ研究者が、研究職の管理者に昇進したときには、もしかしたら自身のキャリアから逸脱してしまう可能性もあります。そう考えると、この異動はその人のキャリアにおいて大きな影響を与える異動であるといえます。
 キャリアアンカーに限らず、自分がどのような仕事をしていきたいのか、あるいはどのような仕事に向いているのか、どのような仕事にやりがいを感じるのかを理解することは、より良いキャリアを歩むうえで重要なことです。自身のキャリアのイメージを持つことで、外的なジグザグキャリアでも、内的には一貫していることがあるからです。
 しかし一方で、このように自分のキャリアイメージを持つことがキャリアにとってマイナスになることもあることを忘れてはいけません。それは、このようなキャリアの適合の考え方においては、個人の成長や変化があまり考慮されていないこと、そして適合する仕事が漏れなく誰にでも見つかる可能性があるとは限らないこともあります。
 そのため大事なことは、キャリアのイメージを持ち、それとぴった り適合する仕事を探すだけでなく、多少ぴったりではなくともうまく与えられた環境や状況に合わせて仕事をしていくことです。キャリアアンカーをはじめとするキャリアの自己イメージはぴったり適合する仕事を探すというよりは、むしろ自覚したうえで今の仕事を肯定的に捉えるために用いられる必要があります。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』208~209頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 人事異動、特に業務内容の変更を伴う異なる部門への異動などをどのように行うのかは、会社によってシステムが異なります。
 雇用契約で、仕事の内容が特定されているような場合、会社はその従業員に対し、特定された仕事以外に業務を与えることができません。これは、キャリアアンカーがはっきりしていて、しかもその中でも特に業務の専門性を重視する従業員にとって、向いている勤務形態です。
 他方、仕事の内容が特定されていない場合、比較的大きな会社になると、就業規則などで会社が従業員の業務内容を変更できる、異動させられる、などのルールが約束されている場合が多く、この場合、会社はその従業員に、比較的自由に業務を指定することができます。
 後者の場合、不本意な人事異動も発生し得ますので、本文で指摘するような事態が発生し得ることになります。
 会社として、不本意かもしれない仕事を指示し、担当してもらう方法としては、その従業員に「キャリアアンカー」を気付かないでもらい、自分に合うか合わないかなどをあまり考えずに仕事をしてもらう方法と、逆に、その従業員に「キャリアアンカー」をしっかりと自覚してもらい、そのうえで自分に合わないかもしれない仕事でも何らかの意義を見出して仕事をしてもらう方法の、大きく分けると2つの方向性があります。
 このどちらが良いのかというと、目先のトラブルを考えれば、前者の方がコントロールしやすいかもしれませんが、長い目で見れば、後者の方が会社組織全体の能力は高くなるでしょう。不本意な仕事も経験してみることで、自分自身を見つめ直すことになりますし、能力の幅も広がるからです。さらに、見つめ直してみると、自分が思っていた「キャリアアンカー」は、実は違っていた、という発見があるかもしれません。
 さらに会社にとっても、「キャリアアンカー」や適性がはっきりした従業員の方が、どのような仕事を任せると良いのか、チーム編成上役に立つ情報が増える、というメリットがあります。
 このように、従業員自身が「キャリアアンカー」や自分自身の適性を考え、理解するということは、会社組織にとっても有意義なのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 経営者の人選に際し、どのようなキャリアアンカーを持った人が、どのような会社の経営者に適しているのか、についても検討してきました。結局、その人次第だよ、立派な経歴があるから良いじゃないか、などと言って分析をしないのではなく、これまで検討したようなポイントも踏まえ、この候補者にはどのような適性があり、どのような経営になるのだろうか、ということを検討してみることも重要です。

3.おわりに
 会社組織も、経営も、人によって動くものですから、それぞれの適性は重要な問題です。それぞれの個性を理解するツールの1つとして、キャリアアンカーという切り口は、参考になりそうです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?