見出し画像

経営組織論と『経営の技法』#118

CHAPTER 5.4.3:リーダーシップのコンティンジェンシー理論 ②SL理論
 リーダーシップのコンティンジェンシー理論はいくつかありますが、ここでは、代表的なものとしてSL(Situational Leadership)理論と呼ばれる理論を紹介しましょう。SL理論では、状況を部下の仕事への準備の程度と考え、タスク志向と人間関係志向の行動の組合せで4つのリーダーシップのスタイルとの関係を考えます(図5-3)。
(図5-3)SL理論

図5-3

 まず部下の仕事の準備度は、その高さに応じて4段階に分けられます。まず、部下に仕事をやる能力が十分になく、やる気もそれほどない、あるいは不安な状況では、タスク志向の行動が強く、人間関係志向が低いような指示的なリーダーが部下を目標達成に導きやすいと考えます。部下が仕事に対して不慣れで十分な能力がない状態では、何をどのような手順でするかをはっきりさせるのが、最も部下の行動を引き出すことができるからです。具体的には、指示したり指導したりする行動が有効になります。
 次に、仕事をやり遂げるのに十分な能力はないが、やる気あるいはその確信はあるような状況では、タスク志向と人間関係志向の行動を双方ともしっかりやるタイプの納得型のリーダーが有効です。仕事について説明し説得するような行動が、より目標を達成する行動を部下から引き出すことができるのです。
 3つ目の段階は、部下に仕事をする能力は十分にあるが、やる気があるかないか不安な状況です。このような部下に対しては、タスク志向の行動よりも人間関係志向の行動を重んじる参加型のリーダースタイルが有効だといわれます。参加型のリーダーは、部下を支持し、一緒に課題解決の方法を考えながら進めます。このような行動をとることで、部下に自己効力感を与え、内発的に仕事へのやる気を高めることができるのです。
 4つ目の段階は、部下に仕事をやり遂げる能力も十分あり、やる気も確信もある状態です。このような部下に対しては、どちらの行動も積極的にとる必要はなく、任せるような委譲型のリーダーシップが有効です。具体的には、部下をじっと観察したり、見守ったりするような行動になります。そもそも仕事に対する能力もやる気も自信もあるわけですから、それを尊重しつつも、丸投げせずに見守っているだけで部下は安心感の下、目標達成に邁進することができるのです。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』121~122頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村修也・久保利英明・芦原一郎/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 SL理論を分析しましょう。
 まず、タスク志向のマネジメントは、部下の能力と連動しているようです。
 というのも、1つ目と2つ目のステージでは、部下の能力がなく、タスク志向のマネジメントが有効とされていますが、3つ目と4つ目のステージでは、部下の能力があり、タスク志向のマネジメントは有効でないからです。
 他方、人間関係志向のマネジメントは、部下のやる気と関係がありそうですが、少し複雑です。
 というのも、1つ目のステージでは、部下に意欲がなく、その場合には人間関係志向のマネジメントが有効ではないのですが、同じく部下に意欲がない3つ目のステージでは、人間関係志向のマネジメントが有 効です。
 他方、2つ目のステージでは、部下に意欲があるのに(したがって、3つ目のステージとは逆で、むしろ1つ目のステージと同じなのに)、その場合には人間関係志向のマネジメントが有効ですが、同じく部下に意欲がある4つ目のステージでは、人間関係志向のマネジメントが有効ではありません。
 けれども、人間関係志向のマネジメントは、部下の能力と意欲の組み合わせ方と連動しているようです。
 すなわち、部下の能力と意欲の両方が揃っている場合(両方ない1つ目のステージと、両方ある4つ目のステージ)では、人間関係志向のマネジメントは有効ではありませんが、その一方だけがある場合(部下に意欲だけがある2つ目のステージと、能力だけがある3つ目のステージ)では、人間関係志向のマネジメントが有効となります。
 このように見ると、能力と意欲がアンバランスになっている状態では、人間関係の面からのフォローが有効、ということのようです。人間関係志向は、精神面を支える面が強く、それは、単に意欲の有無で決まるのではなく、バランスを壊していて不安定な場合に有効、ということなのでしょう。
 これを、リスク管理(リスクを取ってチャレンジするためのリスク管理)の観点から見ると、人間関係志向のマネジメントに最も近いものとして前回(#117)指摘したのは、法務業務のうちのサポート業務(リスクを取ってチャレンジするためのサポート)でした。これも、考えようによっては、法務のサポートを受けるべき部門にとって、リスクを取るための検討準備、という業務は、リスクというマイナス要素を取って、利益というプラスを狙う、という捻じれのある業務です。しかも、新しいことにチャレンジするでしょうから、今まで慣れてきた仕事とは違う仕事の将来の予想を立てなければなりません。さらに、普段の業務を行いながら(ルーティン)、これと全く異なる調べ物やシミュレーション作成など、違う業務を行います。
 このように、担当部門にとって不安定な状況になる業務ですので、本来の業務(ルーティン)に変な影響を与えず、けれどもしっかりとチャンスをものにするためにも、専門的な部門のサポートが必要となります。この意味で、「部下」の能力と意欲だけでなく、「部門」の置かれた状況も、サポートの種類を判断するうえで参考になるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 前回(#117)、経営者が会社の成長を語ったことを紹介しました。
 その成長の過程を、ここでのSL理論に当てはめてみても面白そうです。
 すなわち、よちよち歩きの会社は、とにかく人手をかき集めていますので、会社組織全体の方向性も、そして当然のことながら従業員たちの意識も一致しておらず、会社組織には、能力も意欲もない状況と言えるでしょう。そこでは、まずは実績を出すために、また、組織としての体を成していくように、社内ルールやマニュアルなどを整備し、まずは全員でそれを守り、実践することに専念する時期です。このようなときには、1つ目のステージとして、タスク志向の経営が良さそうです。
 それが、組織としての体を成してくると、従業員のベクトルもあってきて、意欲が出てくるでしょうが、まだ実績がついてきません。このようなときには、2つ目のステージとして、タスク志向だけでなく、これに人間関係志向もブレンドした経営が良さそうです。
 さらに、実績が上がって、仕事にも慣れ、放っておいてもルーティンで一定程度稼げるようになってくると、これまでのやり方でこのままいけばいい、という大企業病が出始めます。この段階になると、能力はあるが意欲はない、という3つ目のステージですから、大企業病の根を断ち切り、もう一度意欲を取り戻すために、人間関係志向の経営が良さそうです。
 その結果、単にルーティンだけで稼ぐのではなく、それをベースに新たなビジネスにもチャレンジを続ける、という能力だけでなく意欲もある状態が作り出されれば、どちらのタイプの経営でもなく、任せるタイプの経営に移ります。いよいよ、後継者を育てるステージ、という見方もできるでしょう。
 もちろん、会社の成長過程は1つではなく、考慮すべき事情も、会社組織の「能力」と「意欲」に単純化できませんが、それなりに理にかなった分析だと思いませんか?

3.おわりに
 最後は、リーダーの話になり、それを私が勝手に組織の話にまで散らしてしまいましたが、この章では、従業員の意欲について検討しました。やはり、組織は人です。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?