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松下幸之助と『経営の技法』#237

10/9 世の中が許さない

~ぼろい話は世の中が許さない。せっかく得たものまでも失ってしまう。~

 世の中というものはよくしたもので、濡れ手で粟といったことは、実際にはないし、許されないことなんです。ぼろい話というものには大きな反動があって、往々にしてせっかく得たものまで失ってしまうということになりやすい。
 1人だけ先に進もうとか、自分だけうまくやろうとすると、落ち着きを失ってしまう。そこに人を疑うといった心も起こってきて、間違いが生じてくる。
 だから、日本の国としても、1歩1歩、慌てず騒がず進むんだ、安心して外国とも取り引きしてもらうんだということを、自らの行動でもって他の国々にわかってもらえるように努力しないといかんのです。
(出典:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

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1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 いつもと順番が違いますが、まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 まず、ここでの松下幸之助氏の話は、何のための話なのか、という点です。
 日本と外国の関係についての話(第3段落)が、メインテーマのようです。
 それは、外国に対し、警戒せずに安心して付き合ってもらえるために必要なこと、です。この、必要なこと、が具体的に意味することは、「1人だけ先に進もうとか、自分だけうまくやろうとする」のではなく、「1歩1歩、慌てず騒がず進む」ことであり、それを「自らの行動でもって他の国々にわかってもらえるように努力」することです。
 日本と外国の関係について、何が問題になっているのか、どんな状況が前提になっているのか、が分からないため、議論を絞りにくいのですが、日本だけが突出している状況であって、しかも日本が「1人だけ先に進もう」「自分だけうまくやろう」と見える状況のようですから、バブル絶頂期で、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」等と言われ、日本叩きも起こっていた時期の話かもしれません。
 もしそうであれば、バブル期の日本が、日本叩きにどのように対応するのか、という提案を、経営の観点から話した、と位置付けることができそうです。
 この観点から会社経営の教訓を読み取りましょう。
 ここでの話の内容を整理すると、以下のようになります。
 (言動)「ぼろい話」「1人だけ先に」「自分だけうまく」
→ (症状)落ち着きを失う、人を疑う、間違いが生じる
→ (結果)反動が生じる、せっかく得たものまで失う
← (対策)「1歩1歩、慌てず騒がず進む」、「安心して…取り引きしてもらう…ことを、自らの行動で…わかってもら(う)」
 この整理から、一見すると、抜け駆けをすると同業者に足元を掬われるので、同業者と連携する、という内容にも見えます。いわゆる談合です。すなわち、抜け駆け=競争状態=適法→談合=違法、という流れです。
 けれども、社会のルールや商人としての倫理観を重視する松下幸之助氏が、明らかに社会的なルールに違反する談合を良しとするとは思えません。むしろ、他の機会には、競争こそ、商品やサービスの品質を高め、社会に貢献するために重要なこと、という話をしています。
 このように見れば、抜け駆け対策の談合の話ではなさそうです。
 むしろ、注目すべきは、「安心して…取引してもらう」ことが重要、という点です。1人だけ先に行き、自分だけうまくいくように振舞うことで、不安になるのは誰か、と考えると、取引先でしょう。仕入先や卸先、販売店などに利益が還元されず、自分だけが利益を独り占めするような状態のことを問題にしていると考えられるのです。
 これは、極端にいえば下請法違反の状態から、それを心配しないでいい状態にする、という話の流れです。すなわち、取引先虐め=下請法違反=違法→適正取引=適法、という流れです。
 実際、松下幸之助氏は、例えば10/7の#235で仕入先を大事にするように説いているように、商売による利益を自分の会社だけが独占してはいけない、という、いわば共存共栄の考えを大事にしています。このように見れば、企業経営の教訓として、取引先を差し置いて自社だけが儲けようとすると、例えば大事な取引先を失ってしまって、ビジネスの基盤自体を失う危険がある、などを、説いていると評価されます。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 ここでは、取引先を虐めないために、会社経営上何をすべきか、ということについて、特に言及されていません。この点は、同様の論点について論じられる別の個所で検討しますが、例えば、10/7の#235では、仕入先を大事にする意識を、会社組織に徹底させることの重要性が示されました。いわゆるコンプライアンスと称される問題にとどまらず、取引先を大事にし、共存共栄を図る行動を目指しますので、経営の問題でもあります。社内ルールで規律する、という方法よりも、経営方針の浸透とそれによってベクトルを合わせていく、という方法の方が適した問題である、という点に留意しましょう。

3.おわりに
 取引先と共存共栄しようとせず、自社が利益を独占しようとすれば、落ち着きを失う、人を疑う、間違いが生じる、というのはどのような状態でしょうか。
 取引先と相互に信頼できない状態になり、安定した取引ができなくなる(例えば、その都度条件交渉が必要になり、不安定になるなど)、その結果、本来、お互いにとって有益なはずの取引が、疑心暗鬼によるボタンの掛け違いで解消されてしまう、という状態のように思いました。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出典を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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