松下幸之助と『経営の技法』#194

8/27 給料全額返上

~責任の自覚、責任の完遂に対する信賞必罰が必要である。~

 私は本年(注:太平洋戦争終戦の翌年(昭和21年)のこと)初頭に、自ら率先垂範をしようと無遅刻無欠勤を決意して、1月4日、阪急梅田駅に降り立った。自動車で迎えに来るからという約束だったが、一向に自動車が来ず電車に乗った。ところが発車寸前、自動車の来るのが見えたので急いでとび降りて会社へ急いだが、ついに間に合わず10分遅れた。意義あるこの復興初年を、一貫すべき念願を身をもって示したかったことが、劈頭(へきとう)に蹉跌をきたしてしまった。原因を聞くと、不可抗力でない些細な不注意からである。これは、待ち望んでいる社員諸君に対し、また会社に対しまことに相済まず、責任を負わなければならぬと痛感した。そこで私は、担当者8人に1ヶ月の減俸を命じ、また社長たる自分も監督不行届きのゆえをもって当月の給料全額を返上することを、朝会で発表し謝したのである。
 責任の自覚によってのみ、仕事が達成せられうると考えるのである。責任の完遂により伝統の勤労意欲を復活し、これにより生産が高揚されることを自覚し、諸君は責任遂行と信賞必罰のことをよく理解してもらいたいのである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここで中心となっているキーワードは、「責任の自覚」でしょう。従業員に「責任の自覚」を促す以上、松下幸之助氏自身が「責任の自覚」を示さなければならない、という点です。
 さらに、この「責任の自覚」を促すために、信賞必罰が重要、と松下幸之助氏は説いていますが、それは7/20の#156をご覧ください。ここでは、従業員の「責任」と経営者の「責任」を検討します。
 1つ目は、従業員の「責任」です。
 従業員は、基本的には「善管注意義務」を負い、「忠実義務」を負う経営者とは、雇用形態も異なります。
 けれども、松下幸之助氏は、会社設立のかなり早い段階から、従業員の自主性と多様性を重視し、どんどん権限移譲するタイプの経営モデルを確立し、一貫してきました。8/7の#174や8/17の#184で、その考えがよく示されています。この場合、従業員は、形式的には経営者と異なる立場に立ち、上司の指揮命令下にあって、善管注意義務を負うことになります。しかし、信じて任せ、どんどん権限移譲していく松下幸之助氏の立場から見れば、従業員は経営者と同じです。任された以上、期待に応えてくれなければならず、その分責任が重くなるはずなのです。それは、従業員を虐めるために言われることではなく、むしろ期待している従業員に成長してもらい、ゆくゆくは例えば重要なグループ会社を任せたり、将来の社長になったりしてもらうのです。
 このように、松下幸之助氏が従業員の「責任」に言及する場合には、従業員の自主性と多様性を重視し、どんどん権限移譲していく、という経営モデルが前提であることを理解しなければなります。
 2つ目は、経営者の「責任」です。
 経営者の、株主に対する「責任」は、ガバナンスの中心的な問題ですので、そちらの方で検討しますが、ここでは、リーダーとして、すなわち内部統制上のトップとして、メンバーに対して何をすべきなのか、という点を確認します。
 これは、経営そのものであり、例え従業員にどんどん権限移譲していたとしても、それは責任逃れのために行うものではありませんので、従業員をチェックし、上手にリードしなければならない仕事が増え、かえって責任が重くなっていきます。任せたから何もしない、というわけではありません。
 さらに、任せたことを従業員が適切に果たせるように、環境を整備したり、従業員の士気を高めたり、企業文化作りを推進したりする役割もあります。
 そのように、経営者としてやるべき仕事の中でも、ここの逸話の中では、活気とやる気と責任感に満ちた出発を切る、という企業文化や従業員のモチベーションに関わる仕事について、その最初に躓いてしまったことが示されています。
 つまり、どんどん権限移譲し、その分責任も果たしてもらう、という立場の経営者自身が、自分の責任を果たさなかったのですから、このままでは従業員に責任追及したり鼓舞したりすることなど、とてもできません。そのようなことを考慮して、松下幸之助氏は、責任の取り方を率先して見せたのです。これは、一面で松下幸之助氏の潔さですが、他面で従業員に対し、強い自覚を迫るために、身をもって「脅している」とも言えるでしょう。
 自分は、従業員たちに、強い決意のもとに権限を委譲しているから、従業員たちも、任された仕事に対して自分が示したと同様の責任感を見せてほしい、という気持ちだったのでしょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者の株主に対するミッションや責任の内容が問題になります。
 これは、上図に例えると、スペイン国王がどうやってコロンブスをコントロールしたのか、という問題です。もちろん、莫大な報酬や利益が期待できたでしょうし、裏切った場合(インド航路発見後イギリスに向かうなど)の制裁もあったでしょう。けれども、これらも、実際に裏切ってしまえば手遅れです。
 そこで、騎士道の忠誠心になぞらえて、会社法上、経営者には、「忠実義務」「fiduciary duty」が課されています。これは、従業員の負う「善管注意義務」とは異なり、単に言われたことをやれば良いのではなく、①自分の才覚に基づいて、特に指示されていない問題についても責任もって自分自身で判断することや、②投資家と自分の利害が対立する場合には、投資家の利益を優先する、という自己犠牲が含まれています。
 このように、多くを任されている分、自己犠牲を含む忠実義務を負うなど、経営者の責任は非常に重いのです。

3.おわりに
 株主に対して「忠実義務」を負う経営者と、経営者に対して「善管注意義務」を負う従業員とでは、責任の重さが違いますから、従業員に対し、同じように給与全額返上を求めるわけにはいきません。実際、関係社員は減俸にとどまっています。
 けれども、繰り返しますが、任されている以上、経営者と同じだ、という意識が松下幸之助氏には強くあり、上手に従業員を褒めて、おだてるだけでなく、叱るべきときにはしっかりと叱ることも重要、と説いています。従業員にどんどん権限移譲する経営モデルは、経営者自身に強い気持ちがなければできないことなのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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