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経営組織論と『経営の技法』#32

CHAPTER 2.1.3:組織の目標
 組織は協働のシステムですが、それは特定の目標のために行われるものです。組織を作る目的から考えれば、組織によって実現したい目標があるために人々は組織を作るわけです。この目標がなければ人々は協働ができませんし、そもそも協働しようという意欲が出てきません。しかし目標があっても、それだけで十分ではなく、次のような点も考えなければなりません。
 1つ目は、組織の目標は組織のメンバーである個人によって理解されるだけでなく、受容されていなくてはいけません。そうでなければ組織のメンバーの行動はその目標に向かって統合されることがありません。たとえばスポーツの試合で八百長をするようなメンバーは、チームの目標(勝利)は理解していますが、それを受容はしておらず、結果として勝利のために貢献する意欲は持っていません。これでは組織の目標を達成することができません。ですから、目標を提示して説明するだけでは不足で、いかにしてそれを受容してもらうか、あるいは受容する人を探す必要があります。
 2つ目は、組織の目標の理解において各メンバーの間にズレや矛盾が生ずることがあることです。具体的な業績目標であればこのような矛盾やズレは起きにくいですが、抽象的な目標であるとき、個々人の認識する目標にズレが出てくることがあります。たとえば、市町村などの自治体は地域の人々の生活をより良くするといった目標を持っていると思いますが、そこで働く人にとっては、豊かな自然を残すことと考える人もいれば、多くの企業を誘致して金銭的に豊かにすることと考える人もいるでしょう。
 3つ目は、組織の目標と個人の目標が別であることを理解しなくてはならないことです。組織に参加する人は、組織の一員としての人格と個人の人格の2つを持っています。組織の人格としては、組織目標を実現するために合理的に行動しますが、もう一方の個人の人格は、自分の個人的な動機を満足させるために合理的に行動しようとします。
 家族や宗教団体などでは、この組織の共通目標と個人の動機は一致することがあるでしょうが、一般的な企業組織の場合には、組織の目標と個人の同期が一致しない場合が多々あります。なぜなら、多くの人にとって組織で働くのは給与を得て自分の生活を豊かにするためで、必ずしも共通の目標を達成することが目標のすべてではありません。もし共通の目標が達成できたとしても、給与が支払われないような企業では働く人はほとんどいないのではないでしょうか。それゆえに、共通の目標と個人の動機は本質的には別になること、そしてそれをいかに克服していくかということが、組織論を考えるうえでは1つの課題になるのです。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』24~25頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 組織の目標が必要であり、有意義であるものの、簡単にはそれが浸透せず、機能しないことがわかります。
 ここでは、リスク管理の観点から見ても、目標の共有と、それが実際に機能することの重要性を確認しましょう。
 それは、チームのコミュニケーションがうまくいかず、指示命令に従わない従業員が増え、チームの雰囲気が悪くなり、生産性が落ちていく、という流れが、最大のリスクでしょう。
 このリスクは、労働法上よく問題になる「問題社員」と言われるものです。チームワークが乱れて雰囲気が悪くなるだけなら実害もありません(仕事に行くのが嫌になります)が、さらに、生産性が落ちたり、ぎすぎすした雰囲気の中で指示命令が厳しくなったり、細かい注意が増えたりして、ハラスメントが問題になったり、メンタル疾患が出たり、などの形で従業員個人に影響が出るようになれば、問題は一挙に深刻になります。
 この段階にまでなってしまうと、本来は、チームを束ねるための有効なツールであるはずの人事権、特に日ごろの指示命令が、従業員各自をケアするためにきめ細かく活用されるのではなく、乱れた状況下で言うことを聞かせるために、たとえば同じ指示命令を何度も繰り返さなければならなくなったり、だんだんきつい口調になったりするなど、他人を傷つけるようなものに変わっていきます。
 このように、上司による指揮命令が、チームを束ねて一体性を高め、意欲を高めていく方向ではなく、逆に働くような状況になってしまうと、修復が大変です。まずは、メンタルになった従業員のケアや、チームの入れ替えなど、職場の雰囲気を作り直すことから始めなければならないのです。
 もちろん、組織の目標が浸透しないことだけで、ここまでひどくなるとは限りません。
 けれども、組織の目標を浸透させることは、このようなリスクを避けるために有効な対策となります。
 それは、各自が組織の目標達成を希望する状況であれば、そのための指示命令や、他のメンバーとの協働を拒んだり、反発したりすることが無くなる(減る)こと、むしろ、共通の目的によって一体感が高まり、ぎすぎすした雰囲気が和らぐこと、などが期待できるからです。
 このように、組織の目的の浸透のために、特に従業員の個性や権利意識の強い外資系の会社ほど、組織の目標の浸透にムキになる傾向があるように思われます。それは、会社の求心力や一体感を高めて生産性を高める、という積極的な理由と同時に、上記のようなリスクを回避する、という防衛的な機能も(それを意図しているかどうかは別として)あるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 株主は、経営者に投資するようなものです。そして、「組織の目標」を浸透させることが、上手に組織を束ねてくために大切であることがわかりました。
 したがって、「組織の目標」を上手に使いこなせる、ということが、経営者の資質として重要な評価基準の1つになる、ということがわかります。

3.おわりに
 数値目標であればまだしも、「好感度ナンバーワンを目指す!」のような抽象的な目標の場合には、鈴木教授が書いているように、受容しにくく、解釈も別れやすく、どうせ他人事、と思われかねません。
 だからこそ、いろいろな立場の人に、会社の目標について思うところを語らせたり、それを実感した場面を語らせたり、顧客の言葉を紹介したり、家族みんなが喜んでいる様子を語らせたり、と、いろいろな切り口から、具体化する作業を繰り返します。あまりのしつこさに閉口しましたが、それも一定のところから、慣れてきて、そんなもんだ、と当たり前のように感じるようになります。テレビコマーシャルと同じです。
 このように、組織の目標をツールとして本気で使いこなそうと思えば、かなりのしつこさが必要です。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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