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松下幸之助と『経営の技法』#204

9/6 日に新た

~日に新たな経営が実際に行われてこそ、経営理念は永遠の生命をもつことになる。~

 いかに立派な経営理念があっても、実際の経営をただ10年1日のごとく、過去のままにやっていたのでは成果はあがらない。製品1つとっても、今日では次々と新しいものが求められる時代である。だから正しい経営理念をもつと同時に、それに基づく具体的な方針、方策がその時々にふさわしい日に新たなものでなくてはならない。この”日に新た”ということがあってこそ、正しい経営理念も本当に永遠の生命をもって生きてくるのである。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 初めに、「経営理念」と、「方針」「方策」の違いを確認します。
 このうち、「経営理念」は、9/4の#202や9/5の#203で「目標」とされているように、経営者が定めるものと考えられます。これは、特に従業員の自主性や多様性を重視し、どんどん権限移譲する経営モデルの場合に重要であり、従業員に自由に活動させることと、組織の一体性や求心力を維持することのバランスを取るための重要なツールと位置付けられるのです。
 つまり、このようなバランスを取るために、経営者が定めるものであって、会社全体の方向性を定めるものなのです。
 他方、「方針」「方策」は、従業員にどんどん権限移譲する経営モデルの場合には、権限移譲されたリーダー(役員や管理職者)が、任されたチームの方向性を定めるものと考えられます。
 このように見ると、一面で、「方針」「方策」は、リーダーのツールであって、経営者の「経営理念」に相当するもの、つまりリーダーをトップとして見た場合のチームに関し、自由な活動と組織の求心力のバランスを取るためのツール、と評価することが可能です。
 けれども、松下幸之助氏は、前者については頻繁に改正することを求めていませんが、後者については「日に新たに」改正されることを求めています。この違いはどこから来るのでしょうか
 そのうちの1つ目は、「方針」「方策」には、「経営理念」と違う意味もある、という点でしょう。
 すなわち、「方針」ならまだしも、「方策」となると、具体的に何を行うのか、という施策の問題になりますので、より、状況に応じた対応が必要となるのです。
 2つ目は、経営モデルとの関係でしょう。
 すなわち、松下幸之助氏の示す経営モデルの中でも、特に、シンプルな2階層の組織であり、経営者が実務に関する権限を全て委譲しているモデルとして見れば、経営者は現業に関与せず、全体の調整や方向付けに専念しますが、リーダーは実際にチームメンバーに仕事をさせることで現業を処理していく立場にあります。結局、1つ目と同じことに帰着するのですが、権限移譲したとしても、経営者とリーダー(現業に関わるリーダー)の間には、役割の違いがあるのです。
 さて、このように「経営理念」と「方針」「方策」の違いを整理したうえで、後者について「日に新た」にする必要性を、少し掘り下げて考えます。
 この必要性の1つ目の理由は、ビジネスそのものから当然に要請されます。
 すなわち、ビジネスは競争相手に打ち勝ち、顧客に指示されることが必要ですから、現場に近い以上、競争相手の戦略や活動の変化、顧客の需要や嗜好の変化に応じて変化しなければならないのは、当然です。
 実際、ビジネス戦略の観点から、特に現場の感覚や意識を変化のために活用する手法として、カイゼン、QC活動、シックスシグマなどがツールとして採用されているのは、この要請に基づくのです。
 2つ目の理由は、リスク管理上の要請です。
 すなわち、会社組織を人体に例えた場合、大きな怪我や病気にならないために、周囲の状況に常に注意を払わなければなりません。寒くなってきたら暖かい格好をし、交通量の多い道路を横断する時には行きかう自動車の動向に注意しなければなりません。お腹が空いたら食事をとり、疲れたら睡眠をとります。このように、状況の変化に常に合わせていくからこそ、大きなリスクを避け、取るべきリスクをコントロールすることができるのです。
 そのためには、会社組織に影響を与えるべき状況変化に対して敏感であること(リスクセンサー機能)と、それに合わせて適切な対応をとること(リスクコントロール機能)が必要となりますが、「方針」「方策」は、特に後者のリスクコントロール機能に関わるものですから、状況に応じた見直しや変化が重要なのです。
 実際、リスク管理の観点から、特に現場の感覚や意識を変化のために活用する手法として、PDCAサイクルなどがツールとして採用されているのは、この要請に基づくのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者を選ぶ際に参考にすべき経営者としての資質を松下幸之助氏の言葉に探すと、ここでは、特に従業員にどんどん権限移譲する経営モデルを採用する場合に必要な素養として、リーダーたちに権限移譲しつつも、必要なアップデートを怠らないようにし、任せた業務をしっかりとやり遂げるように、リーダーたちをフォローする点でしょう。任せたからと言って丸投げにするのではなく、適切にフォローし、リードすることで、リーダーたちも成長するのです。
 すなわち、従業員に権限移譲するタイプと言っても、業務を丸投げするのではなく、ちゃんとフォローすることが、経営者の資質として重要、と読み取れるのです。

3.おわりに
 もちろん、会社がさらに大きくなり、単純な2階層構造でなくなると、ここでの「経営者」に相当すべき立場のリーダーが登場してきます。現業に直接関与せず、与えられた巨大なチーム全体の調整や方向付けに専念し、さらにその下部組織のリーダーたちに、現業を担当させるようになるからです。
 けれども、まずはシンプルな2階層構造で、経営者の役割とリーダーの役割の違いを整理しましょう。
 特に、早い段階から権限移譲型の経営モデルを確立し、磨き上げてきた松下幸之助氏だからこそ、経営者の役割について、さまざまな角度から分析し、解説されているからです。この経営モデルを前提にすると、経営者がどのように機能すべきなのか、ということを、抽象論だけでなく、さまざまな観点から具体的に肉付けしていくことで、経営者の役割が具体化されるのです。
 そして、ここでは「経営理念」「方針」「方策」という、チームを束ねる重要なツールの使い方について、チームリーダーの役割と対比することで、経営者の役割も具体的に見えてきたのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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